3魂
「何なのお前! 一人早口言葉大会開催してるの!? ぶっちぎりで優勝だよおめでとう!」
「ありがとうございます」
「褒めとらんわ!」
何なんだ。
「会話って知ってる!? ねえ、会話! 会話ってね、自分だけが喋るんじゃなくて相手の言葉を聞き、尚且つ自分の言葉も理解してもらわないと成り立たないの! 俺も相当な自覚あるけど、お前あんまりじゃない!?」
真っ赤になった額を構わず嘆きながら怒るという器用な芸当をやってのけた王子に視線すら向けず、イェラ・ルリックは顎の下に当てていた自分の手を外して私を見た。
「成程。その仮定を採用するなら魂とは物質ではないかもしれないが存在として確立されたものになる。お前達の間で欠片がやりとりされているのなら、他者の魂を活用することも可能であり、また保持することも出来る、と……ならば、欠けた魂の大元は何処にいった?」
「削れた部分が自然消滅するのであれば、私は王子と魂を分け合えるはずがありませんし……襲撃者が、保持している……?」
「そう考えるのが妥当ではないか? 希望的観測も大いに籠もっているが」
「成程」
それならば、魂を回収することも可能ではないだろうか。
欠けて損なわれた部分が自然消滅するなら、私と王子が同期するわけがないのだ。だったら、イェラ・ルリックの立てた仮説の通り、私と王子の欠けた魂がどこかにあるはずだ。あの場にはなかった。そうでなければ、私と王子は四歩以上離れても倒れたりしない。
ならば、どこにいった。勝手に消えないのであれば誰かに回収されたと見る方が自然だ。そしてその誰かは、襲撃者であると考えるのが真っ当だろう。あの場に人影はなかった。けれど襲撃があった以上、襲撃者がいたと考える方が妥当だ。
「どうして当事者の王子放置で、初対面のお前達が仲良しなの……?」
黙りこくって考えていると、何だか寂しげな声が聞こえた。視線を向けると、王子はそれまでのやかましさなどなかったかのように、雪降る夜の静けさを纏い、寂しげに微笑んでいる。
「いいさ。誰も俺に期待なんてしないし、興味なんて持たないって分かってるから……」
「王妃は王子に興味おありですよ」
「あれ殺意。興味違う」
片言でぶんぶん首を振る王子が次第に騒々しくなってきた。元気になって何よりだ。
「では、方針としましては、王子を襲撃した犯人を強襲すると共に欠けた魂を回収という流れで宜しいでしょうか」
「どうしてお前が仕切ってるの……? そして初対面だったことも忘れる勢いで馴染んでるなお前ら……俺、王子なんだけどね?」
「存じておりますが」
「だよね。存じていてその態度なんだよね……」
魔術二課にこれ以外の態度を期待しないほうがいい。残念なことに、私はまだマシなほうだ。基本的に全員、興味がないものに意識を割かない。会話にならないことのほうが多かった。
「では、私はこれより王子と行動を共にするという認識で宜しいでしょうか」
「それ以外無いよなぁ……どうしたもんか」
「肉体性能は標準以下ですので剣にはなれませんが、杖と盾にはなれますのでどうぞご自由にお使いください。そして、本日の寝床は王子の寝室で宜しいでしょうか。寝込みを襲わないと、私の寝食が煩わしく思うほど興味がある事柄に対して限定の知識欲と探究心に誓います」
「もうどこから突っ込めばいいかは分からんが、とりあえずお前は女としても人間としても最悪だってことはよく分かったからな!?」
王子だ王子だと分かり切ったことを繰り返し主張するので、正妃や婚約者のいない御身を狙われる恐怖を感じているのだろうかと思った。だから大丈夫だと宣誓したのに、涙目で詰られた。何故だろう。
突然全幅の信頼を置けとは言わないが、四歩離れたら意識不明に陥る現状で、部屋を分けて眠るのは命に関わるので出来れば我慢して頂きたい。壁に張り付いて眠りたいなら話は別だが、寝返りを打ったら昏睡する状態である。
「じゃあ、さっき飲んだクリサンセマムに誓います」
片手を上げて再度宣誓すれば、ぴくりと目蓋で反応したのはイェラ・ルリックが先だった。王子は一度パチリと瞬きした目を見開き、一拍を措いてから反応を見せる。
「お前、何飲んで……」
「お茶に入っておりましたので」
「イェラ! 俺は使用許可していないぞ!」
眉を吊り上がらせた王子の怒声に、イェラ・ルリックはちらりと視線を向けただけだった。
成程、独断か。けれど独断だろうが王子の指示だろうがどうでもいいし、間違った判断とも思わない。
クリサンセマムは花の名前だ。
花の成分を魔術で精製し、自白剤として用いることが多い。魔術で取り出さないと自白剤としては使用できないのに、民間では浮気を問いただそうと花びらを煮詰める使用が後を絶たないらしい。不味いだけだから止めたほうがいいと思う。
「私が刺客の可能性がある以上、自白剤の使用は当然かと」
距離を与えれば王子の意識が失われるとはいえ、確証がない段階から客間へ入れた判断は危うさを孕んでいる。王子の味方が少なすぎて他にどうしようもなかったのだろうが、私が刺客だったらどうするのだろう。王子は剣の腕が立つが、暗殺対象者が受けて立っていいものか。
「ですが、正直申し上げて王子を殺しても得られる物が何もなく」
「王子、俺、王子! あるだろ!? 曲がりなりにも王子を殺すんだからな!? ほら、依頼者の王妃から何かしらの優遇を得られるとか! 金とか! あの方は、務めを果たした者にはきちんと恩賞を与えるからな。生粋の貴族らしく、働きに応じた報酬は見誤ることはないはずだ。だから莫大な報酬と、何でも望みが叶う。ほら、俺を殺す価値があるじゃないか!」
暗殺依頼者が王妃であると断言された。イェラ・ルリックも突っ込まないし、私も突っ込まない。
だって現状、何の権限もなく、名ばかりの王子の名でさえ怪しくなるほど残念な状態の王子を殺して得する人間は皆無である。
次代の王候補は第二王子と王弟の二強だ。第一王子を殺して得する人間は、本当にびっくりするほど皆無なのだが、王妃だけは王子を殺せばすっきりする利点がある。すっきりするだけで、特に何かが有利になるわけではない。だがすっきりする。
それだけの為に長年嫌がらせをされ続け、命を狙われ続ける王子は、不運界の星だ。
「いくつか特許を取得しておりますし、研究費もそれなりに潤沢ですので資金面において不足はございません。国軍に所属しているおかげで研究設備も整っておりますし、優遇措置を執ってもらいたい面も思いつきません。よって、王子暗殺は不足のない現状に隠さなければならない罪状を背負うだけで、得どころか損しかありません。王子暗殺犯の名称は、はっきり言って邪魔ですし、不快ですし、やっぱり邪魔です」
「そこまで言う……?」
王子はがっくりと項垂れた。疲れたのだろう。確かに、ここまで王子は怒鳴るか項垂れるかのどちらかだ。それは疲れるだろう。疲労困憊した人間に追い打ちをかけるのも何なので、王子には触れずイェラ・ルリックへ意識を戻す。
「クリサンセマムを用いても別段差し出せる情報が無いのですが、信頼頂くことは可能でしょうか」
金色の瞳がじっと私を見つめている。信頼できないならそれでもいいが、それならその旨を最初に伝えてもらったほうが動きやすい。
一応信が置かれている場合と、全く置かれていない場合では、同じ行動を起こすにしてもやはり違う。前段階をおかないと殺されるのであればちゃんと前段階をおくが、そうでないなら無駄だから省く。それだけなので、確認は取っておきたかった。
しかし、イェラ・ルリックは無言のまま口を開かない。開いたのは、机に突っ伏し、頬を潰している王子だった。
「イェラ、お前の妥協案であるクリサンセマムをこいつは黙って飲んだ。で、お前は何を飲むんだ?」
舌打ちと共に、イェラ・ルリックは立ち上がった。そして、王子の向こう臑を思いっきり蹴飛ばす。
「いっ――!?」
「死にたがりにつける薬はないな。僕は僕の伝手で探るから、お前はお前で勝手にしろ。じゃあな、ぼけなす」
「ぼけなす!? それと死にたがりがこの魔窟でこの歳まで生きてられるかいったぁ!」
二発目を受けた臑を抱えて悶え苦しむ王子を無視して、イェラ・ルリックは大股で部屋から出て行った。
その儚げな容姿と色合いから雪の精と呼ばれているらしいが、中々口が悪く暴力的な妖精だ。本人が名乗ったわけではないので、思っていた印象と違うと文句をつけた人間は冷たい視線で嘲笑されるらしい。そうして何かに目覚めた人間もいるらしいが、どうでもいい話である。
一通り悶えきった王子は、しかし顔を上げず机に突っ伏したままだ。ぐったりと動かなくなった。どうしたものかと思っていると、ごそごそと顔の位置だけ変えて私を見上げる。
「どうしたもんかなぁ」
「何がでしょうか」
剣だこのある、けれど細く長い指が一本伸ばされ、私を指す。
「俺といると、お前殺されるぞ?」
「そうですか」
「そうですかってお前……イェラは、父親が宰相で国王の右腕だから手を出されないだけで、他の奴だと殺されるか、冤罪ふっかけられて投獄されるか、よくて王都追放だ。お前だけじゃなくて家族もだぞ」
すっと表情が消えた王子の顔を見て、即座に答える。
「家族はおりません」
「そうか……だが、友達もだぞ」
「友人もおりません」
「そ、そうか。あの……恋人、とか?」
「いると思われますか」
「…………すまん。思わん。だが、同僚達にも危害が及ぶやも………………流石にないな」
自分で言って自分で答えを得た王子の言葉に頷く。いくら王が止めず権力絶大な王妃といえど、国軍の課に手出しすることは難しい。それも、現在の魔術二課に対してなら尚のこと。
当代の魔術二課は、魔術の歴史を何頁も進めた当たり年と称されるほどの魔術師が揃っている。特に二課長は、魔法の領域だと言われていた空間魔術にまで手が届いたのだから当然だ。
「……ところでお前、王妃が手を出せないような後ろ盾持ってるか?」
「使えるかは分かりませんし、使いたくもありませんし、使えても何処まで抑止力になるか疑問ですが、一応ございます」
何だそんなことかとほっとする。変に躊躇ってから口を開いたので身構えてしまった。
私がいると疎ましいから衰弱死を選ぶと言われたらどうしようかと思った。
「ん――……その後ろ盾、俺が聞いても大丈夫か? だったら聞いておきたいんだが」
「はあ、第二王子です」
「………………なんて?」
「クレイ・リンソス・セレノーン第二王子です」
のっそり王子が起き上がる。ぼさぼさになった髪の隙間から、透き通った青緑色の瞳が私を見つめた。