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21魂






「やあ、兄上。エリーニも、来てくれて嬉しいよ」


 己の為に空けられた道を当たり前に進んでくる第二王子は、今日も赤い。正直に言うが、色で判断している面も大いにあるので、赤以外を着られると誰だか分からなくなる。

 かつんと靴音を止め、私達の前に立った第二王子に、赤いマントがふわりと追いつく。




「やれやれ、今日は兄上のエルビス就任祝いになってしまったな」

「物珍しいから少し騒いでいるだけさ。お前の夜会を乗っ取れるほどの話題性はないよ」


 ひょいっと肩を竦めたオルトスに、第二王子は苦笑した。そして、通りのよい声をざわめきに隠すよう器用に沈める。


「兄上が王子としての任に就任してくれたから、母を止める口実を得られた。感謝するよ」


 オルトスは緩やかに笑みを浮かべた。それはきっと笑顔ではなかったけれど、美しく精錬された、王子の笑みだった。


 第二王子の強みは、彼自身の才もさることながら何より王妃の後ろ盾が大きい。だからこそ、一番の泣き所でもあったのだ。


 現在王位継承権の一、二を争う王弟派の言い分は、第二王子は一人で立つ力がない、である。


 オルトスが王子としての任を得ていない今までの現状であれば、王妃からの手出しは彼女個人のもので処理されてきた。しかし、オルトスが王子として立つのであれば、最下位とはいえ王位継承権を持つ王子への攻撃と見做される。彼女が擁立する第二王子を保護する為の攻撃と見做せるのだ。

 それは、王弟派へ絶好の口実を与えることに他ならない。第二王子は母親の守護がなければ、その地位に立てない軟弱物だとの誹りを受けるのだ。第二王子が年端もいかぬ幼子の時分ならばともかく、現状それは第二王子の足を引っ張るだろう。

 これ以降、王妃からの攻撃は全て王弟派への援護となり得る。王妃は、オルトスと第二王子の成長によって、選択を迫られることとなった。


 息子への愛か、王への恋か、だ。


 オルトスへの攻撃を続けるのであれば、愛する息子の離反さえ覚悟する必要がある。

 現状において唯一使える王妃への手札を、オルトスはここに来て初めて切った。





「お前の為に選んだわけではないから礼は必要ないよ」

「そうだろうね。イェラがついに口説き落としたかな? それとも――エリーニかな?」

「……さあてな」


 黒の意匠を身に纏う彼の姿は、まるで喪に服すようだ。厳かでいて、他の色を塗り潰す色。全てを凝縮し飲みこむ強さを秘めた色を纏い続けた人は、全てを覆ったあの白の夜、誰よりも優しかった。


「けれど、その二人が、真っ新に生まれ変わりたいと思えない理由なのは確かだ。お前がどういうつもりでエリーニを求めたかは知らないが、この二人だけは渡せないし、渡さない。……諦めてもらうよりない。この二人は、私が最後まで連れていく」


 私の頭から靴まで眺め下ろした第二王子の視線が、顔に戻ってきた。その瞳には大きな驚愕が映し出されていた。


「エリーニ、君、笑えたのか」


 成程。どうやら私は笑っているらしい。しかし、それも当然と言えるだろう。


「人間は、心が喜びに満ちると笑う生き物ですので」


 オルトスの死によって築かれた「幸せ」とやらに連れていってもらいたいわけで決してない。けれどこの人の未来へ連れていってもらえるのなら、こんなに嬉しいことはない。辿り着く先が地獄であったとしても、何の問題があるのか分からなかった。この人の未来を失う以上の苦痛がこの世にあるのだろうか。そもそも私達は地獄の出身だ。

 言葉も無く私を凝視していた第二王子は、ふっと全ての感情をしまい込んだ。こういう所は、オルトスも第二王子もよく似ていた。


「兄上、一度聞いてみたいと思っていたのだが、貴方は我が母を、王妃を恨んではいないのだろうか」


 虚を突かれたのか、オルトスは第二王子の前では珍しく、日頃イェラに見せているものと同じ顔になった。

 第二王子は静かに答えを待っている。僅かな沈黙が場を支配した。周囲は聞こえない会話に焦れ、取り巻く輪を縮めようとさざめき始める。彼らが互いの存在に背を押され、輪を縮めきる前に、オルトスは口を開いた。


「俺はあの方を許すつもりも、あの方に許されるつもりもない。だが、嫌いではないよ。陛下を慕いさえしなければ、もっと幸せに生きられた方だ」

「……どうやら私は、兄上への認識を改める必要がありそうだ」


 それは確かに必要だろう。悪意があろうがなかろうが、誰かを見下していい理由にはならない。オルトスを嘲っていい理由など、世界中のどこにもないのだ。万が一あったら、世界の果てまで追いかけて破壊する心づもりである。


「エリーニ。私は君を友人のように思っていたよ」


 そうなのか。私はそう思わなかった。

 そう思えば、オルトスが形容しがたい顔をしていた。私が何を考えているのか分かったのだろう。私は機微が分からない生き物だが、オルトスは魔術を使わず人の思考を読めてしまうのだ。凄い。尊敬する。好きだ。読めなくても好きだ。


「それに……君となら、楽しい人生が歩めそうだと思った心に偽りはないんだよ。今もね」


 そうなのか。私はそう思わなかった。

 そう思えば、第二王子が苦笑した。


「エルビスはいま非常に荒れている。しかし、重要な拠点でもある。どうか気をつけてくれ。次に会ったとき、君がどう変わっているのか、とても楽しみだ。では、今晩は楽しんでいってくれたまえ」


 いつも浮かべている笑みを貼り付けた第二王子が去っていけば、その道に合わせて人が流れていく。流れに逆らい、こちらにもぽつぽつと人が流れ始めた。




 オルトスは人々をそつなく捌いた。

 長らく公の場を退いていたとは思えない。公の場にいた時でさえ幼い時分で、手慣れる暇はなかったと思うが、やはりこの人は器用な人なのだろう。そこに努力がないとは言わない。けれど、努力だけでは補えないものは確かにあるのだ。

 ある程度会話をこなせば、会場全体の空気も落ちついてくる。会話を楽しむ者、軽食を嗜む者、輪から外れ一息つく者、誰かと連れ立ち静かに消えていく者、ダンスに興じる者、様々だ。

 オルトスの元へも、猛禽類のような視線が集まってくる以外は一応落ちつきを見せ始めた。穏やかに会話に興じていたオルトスも、ようやく途切れた人の合間を縫って喉を潤し、細く長い息を吐いた。




「流石に堪えるなぁ。やっぱり俺は外交向いてないわ」

「素敵でした」

「ああ、うん、どうも……」


 目線で呼び寄せた給仕に飲み終わったグラスを渡したオルトスは、ついでに私の分も引き取ってくれた。いつもなら空いた手はすぐにローブの下に入れる。二課はそういう人間が多い。

 手持ち無沙汰になった手の位置をどこに置けばいいのか悩むからという人もいれば、ローブの下で何かしらの作業をしている人もいる。会議中や集会中などは、ほとんど作業に費やされていた。それが分かっているから、合同会議中、一課長は二課のローブを捲って回る。起きているだけよしと思ってほしいというのが二課の言い分だった。


 しかし、今日は手を引っ込められない。オルトスが握ってしまったからだ。先程まで冷えたグラスを持っていた指先だけが冷たい手だ。魔術で冷やしたグラスは、握っていても中々温まらないのである。外はそろそろ白い息が目立つ温度になってきたが、会場内は暑いくらいなので飲み物は冷たい。


「次は様子見していた連中が流れてくるだろうが、もう少し頭を休めたいな。ダンスに付き合ってくれないか?」


 それも一つの手だろう。身体面での疲労は増すだろうが、話しかけられることはないので精神面での疲労は軽減される可能性は高い。


「了解しました」

「助かる。ところでお前、ダンスは踊れるのか?」


 少し、考える。


「二課の人間は、たった一人を除き総じてその手の技能を習得する才に見放されています。よってこのような場を取り繕う為の魔具の開発が進められております」

「なんてこった」

「ダンスが可能な二課隊員の動きを魔石に記録し、この影に埋め込みます。影と身体を連結させ、操り人形にする仕様です。新しい型が出る度に更新が必要であり、突発的な動きに対応できない欠点があります」

「つい最近の話である事実に驚きを禁じ得ない……」

「唯一ダンスが可能な二課長は、踊りすぎて疲労骨折しました」

「酷い話だ……」

「皆が一丸となって作業に取り組んでいる為、とても楽しいとはしゃいでいました」

「酷い話だ!」

「ちなみに二課長は男性担当部分しか担っておりませんので、女性担当部分は何の情報もありません」


 ダンスの輪へ向かっていたオルトスがぐるりと振り向いた。


「つまり」

「私は一切踊れません」

「よーし、長いローブと俺達の体格差に感謝しよう」


 曲の切れ目で輪に交ざったオルトスは、私の腰と重なった手に力を篭めた。本来手は軽く重ねるだけなのだが、しっかり握られている。


「全部俺が振り回すから、お前は自立に必要な分以外の体重は全部俺に預けろ。後はひたすら慣れろ。基本的には同じ動きの繰り返しだ。音楽に合わせて単調な動作を繰り返す作業になる。いくぞ」



 音楽に合わせてオルトスが動く。オルトスが動けば私も動く。足は床についている時間より浮いている時間が多いのではないかと思うほど、私は何もしてない。これでは精神面でも休息にならないのではないかと心配になった。

 しかし、不思議なことにオルトスは楽しそうだ。


「疲れませんか?」

「流石に、この短時間でお前程度の軽さを振り回しても疲れないぞ。お前、俺のダンス練習相手誰だと思ってるんだ。イェラだぞ。ちなみにあいつの練習相手も俺だから、俺達はどっちの担当も踊れる……悲しいな」

「成程。ダンスはイェラに習えるということですね」

「俺に習うという発想はないのか」

「初めて思いつきました」


 オルトスの手を煩わせるという発想がなかった。くるくる回る視界に入る女性陣の動きを把握しようと努めていると、不意に動きが変わった。腰に回されている手に力が籠もったのだ。更に密着した身体は、若干動きづらい。


「踊っている相手に集中」

「はい」


 ダンスにおける暗黙の規則というものだろう。今まで軒並み断ってきたから全く知らない。知識の範囲外だったが、これからはそうもいかないのだろうか。


「俺とのダンスでお前は踊れると思われたら厄介だな。恐らくこの後から誘われ始めるだろうが、適当に理由をつけて全部断れ」

「はい。黒を纏った人間以外とは踊らないと」

「…………黒髪が名乗りを上げたらどうするんだ?」

「考えていませんでしたが、そこまで限定している私に対しあえて踊ろうと食い下がる人がいるとは思えません」


 今までもそんな人間はいなかった。基本的に研究室から出なかったし、出席が必須な集まりは会議や集会などがほとんどだったので、ダンス自体がない場合も多かったが。

 ダンスがある場合も、断れば皆すぐに引いた。その代わりなのか話は長かった。耳の遠い人間も多く、肩や腰を抱いて近くで話したがり、煙草の臭いが移るので困った。実験で匂いの変化が分かりづらくなるからだ。

 そんなことを、オルトスに問われるままつらつらと話す。踊りながら話すと途切れ途切れになるので、何度か話を打ち切ろうとしたが、その度にオルトスが促すのでつい続けてしまった。





 音楽が再びなだらかになる。曲の切れ目になれば、先程まで踊っていた組は、ダンスを終了する組と継続する組に分かれていく。オルトスと私は終了した。

 オルトスは疲れていないだろうかと思ったが、息も切れていないし平気のようだ。


 ダンスの輪から外れ、遠巻きに見ていた人々の足がこちらを向いたのを見て取ったのか、オルトスは向かっていた方向を変更した。どこへ行くのだろうかととりあえずついていけば、通りすがりの給仕から飲み物二つを浚い、カーテンの裏へと移動した。ここは小部屋になっており、休憩所として使用されている。普通はあらぬ誤解を避ける為、出入りの際は男女が重ならないよう気をつけるそうだが、面倒なしきたりだと思う。

 カーテンは下半分が開いていれば空いている合図となる。オルトスは擦り抜けざまに紐を引っ張り、カーテンを落とした。

 壁沿いにコの字型に置かれている長椅子には誰もいない。長椅子の前にある小さなテーブルに飲み物を置いたオルトスは、どっかり長椅子に座った。ほぼ倒れ込んでいる勢いだ。うつ伏せに近い状態である。その体勢のまま、長椅子がばしばし叩かれた。どうやらそこに座れという意味らしい。

 断る理由もないので座った。すると、腕の隙間からじっとりとした視線が私を見上げる。


「…………色々、色々言いたいことはある。が!」


 がばりと起き上がったオルトスに驚く。自然伸びた背筋の上を、動きに合わせた髪が滑り落ちていった。


「通常触らせていい箇所はなし! 握手時掌のみ! ダンス時掌と腰のみ! 復唱!」

「通常触らせていい箇所はなし。握手時掌のみ。ダンス時掌と腰のみ。復唱」

「復唱はいらん!」


 私も言った後に気が付いたが、勢いに飲まれてつい全部を復唱してしまったのだ。

 私が驚いている状況を察したのか、オルトスは持ってきた飲み物の一つを私へ突き出し、もう一つを一気に飲み干す。

 私が飲んでいる間に長く深い溜息を吐き、背もたれに体重を預けた。壁に描かれた紋様を余さず見ようとしているかの如く、天井まで仰いでいる。


「お前、エルビス行く前に説教だからな……無防備が過ぎるだろう」

「暗殺への危険性が薄かったもので」

「そうじゃない……そうじゃあない……」


 仰いでいた顔は、今度は両手で覆われて俯いてしまった。


「駄目だ……お前を見ていると死んでいる場合じゃないと心底思う……お前を置いては死ねないぞ……」

「何故その結論に至ったかは理解できませんが、至った結論は大変喜ばしいです」

「お前よく、よく無事で……いや待て、もしかして無事じゃなかった!?」


 落ち込んだり青くなったり、忙しい人だ。具合が悪いわけではなさそうだから、そこは安心する。元気なら何よりだ。


「おい! 全部、全部吐け! お前の認識じゃなくあったこと全部だ!」


 折れていない方の肩を掴んで揺さぶってくるオルトスの力が強く、視界ががくがく揺れる。ダンス時も今も、魔道具で補助しているとはいえ負傷箇所には全く負荷をかけないので凄い。 しかし視界は大惨事だ。カーテンが激しく揺れたのはだからかと思ったが、続いて聞こえてきた声に揺れが原因ではないと知った。


「いつまで休んでるんだ! 僕一人じゃ流石に限界があるぞ!」

「イェラ!」

「あ?」

「こいつ無防備が過ぎて質の悪い男共の格好の餌食だぞ!? そもそも情操教育がされてない! 無闇に触られてる自覚が一切ない!」


 何故か泣き出しそうな顔になったオルトスに、機嫌悪そうに聞いていたイェラは少し考えた。


「お前が触ったのか? だったら責任取れよ。結婚おめでとう」

「俺だったらこんなに嘆くかっ……いや嘆くな…………それはともかく、知らん男共だ!」

「……成程。後で説教と講義だ。とりあえず、オルトスと僕以外に触られそうになれば避けろ。それで基本的に事足りる。お前の普段の言動と立場なら、その程度の無礼は納得と共に許される。以上、さっさと出てこい!」


 首根っこ摘まんで休憩室から叩き出された。全体的によく分からなかったが、要約すればオルトスとイェラ以外と踊らなければいいのだろう。それは願ったりだ。ダンスは得意ではない。しかし、オルトスと踊るのは楽しかった。負担を全て担わせてしまったのは申し訳ないので、後でされるらしい説教と講義の後にダンスの授業を入れてはもらえないだろうか。


 その後、夜会から退出する最後まで、私の隣には必ずオルトスかイェラがいた。


 後々の話し合いで、特に問題はなく無事だったとの結論が出たと思うのだが、そもそも何が問題か分からないと言った途端、王都出立まで講義と説教が続いた。

 私の話が長いとオルトスは何度も言っていたが、オルトスとイェラも相当である。








 王城を出る用意をし、オルトスとダンスの練習をし、説教をされ講義を受け、影を調整し、委託できる研究は委託し、ひょっこり現れては連行されていくキンディ・ゲファーを見送り。

 くるくるくるくる目まぐるしく変わるのは、視界か環境か。



 その日は雪が降っていた。今日は王城を出発する日なのだが、見事に初雪である。イェラはうんざりした顔をしていたが、オルトスは何だか機嫌がよさそうだ。


「何せ俺の味方は、雪の精に氷の精だ。これは当然の結果だろ」

「僕は別に名乗っていない」

「私もです」


 人は自分に興味を持たない相手に、冬に関する称号をつけたがる生き物のようだ。


「俺は冬が好きだからいいんだよ!」

「別に僕だって冬は嫌いじゃないぞ。何せ、僕の友達が生きて帰ってきた季節だからな」

「私もオルトスに会えた季節ですので好きです」

「…………お前達の、その、無表情で人を喜ばせるの、何なの?」


 まだ積もるほどの雪ではない。空気を彩り、寒さを添えるだけのささやかな雪だ。

 けれどエルビスでは既に積もっていると聞く。こんな時期の移動はよっぽどでないと推奨されない。危険度もそうだが、純粋に億劫だからだ。

 私達の馬車は一台のみ。荷は別で送られている。そちらは盛大に護衛がついているが、こちらは私達のみであった。護衛の話もあったが、まずその護衛を信用できる段階にないので仕様がないのだ。荷は私の研究物もあり、失えばその責任を問われるらしくかなり厳重な警備がついたので安心している。こちらは生きていればいいので何とかなるだろう。


「結局王妃は最後まで出てこなかったな」

「まあな。あの方にとっての俺は、王城に存在すべきではない身分卑しいゴミだ。わざわざゴミ処理に自身が出てきはしないだろう。だからこそ、あの方は王妃なんだ」


 その言には矛盾がある。自分で言っていて、オルトスも分かっているのだろう。出自だけで判断する人ならば、第二王子の交友関係にも口出しをしていたはずだ。何せ、目的は知らないが、私という人間に求婚したのだ。けれど彼女はそれを咎めはしなかった。彼が私の元へ話をしに来ていた時も、何一つとして邪魔をせず、尚且つ私と会話をして見せたのだ。


 私は王を見たことがある。確か、雷雨披露の場だっただろうか。

 王は、オルトスによく似ていた。若い頃の肖像画はオルトスとそっくりだ。


 自分が嫁いだ好いた人とそっくりな子どもを他の女が生んだ事実は、王妃の人生にどんな雪を降らせたのだろう。私を生んで命に雪を降らせた母は何を思ったのだろう。



 白い息を吐き、王城を見上げる。

 考えても詮無きことだ。答えなんて私の中から出てくるはずはない。かといって、オルトスの元を離れ、問いに行きたいほど意味を持つものでもない。


 オルトスを見れば、同じように王城を見上げていた。けれど、その瞳はゆっくり閉ざされた。何かを閉じ込めるように閉ざされた目蓋の上に雪が降る。何物も区別せず全てを覆い尽くす雪は、かならず終わりを呼ぶ。季節であったり、命であったり。様々だ。

 けれど、ゆっくり目蓋を開いたオルトスは笑っていた。


「行こうか」


 私達にとって、この季節はどこまでも始まりでしかないのだ。

 人生に雪を降らせ続けられた人は、どこまでも温かで柔らかな色の髪を揺らし、それ以上に優しい瞳をして私達を振り向く。


「さて、エルビスの地獄はどんなもんだろうな。ここ以上の根性を見せてくれるなら笑うぞ」

「駄目そうなら雪に紛れて逃げ出せばいいさ。真っ新な地獄もきっと悪くない」

「そうか……そうだな」


 絶え間なく降り注ぐ雪を受けながら、オルトスはどこまでも楽しそうだ。


「こんなに身軽になれるなら、魂が欠けるのも悪くない」

「悪いわ、ぼけなす」

「悪いです」

「お前達仲良しだなぁ」


 欠魂の事実自体は許し難い。許し難いのだが。

 目を細めてオルトスを見るイェラは、それ以上何かを言うことはなかった。結局の所、私もイェラも、オルトスが楽しそうなら何でもいいのだろう。だから、この人が私達を連れていくと決めてくれたいま、恐ろしいものは何もなかった。

 私達の前に広がるのは真っ新な地獄だ。一から始めることは叶わず、望まず。続く生はどこまでも気難しい。

 それでもこの人が笑うなら、きっと地獄も悪くない。そもそも、私達の生は大抵が地獄で構成されてきた。各々の地獄を生き抜いた上で、オルトスを主軸に三人で集った。

 だからこれはきっと、形容するならば幸福と呼ばれる何かだと、思うのだ。













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― 新着の感想 ―
[良い点] 好きすぎて定期的に読み返しています。 もう10回以上読んだのに、回想シーンでは毎回号泣します。 お話はもちろんですが、文章の構成がとても好きです。 第二章、もし可能性がありましたらお待ちし…
[良い点] シリアスなシーンには胸を揺さぶられ言葉が出ませんでした。そしてコミカルがシーンはオルトス王子達の三人の掛け合いがとても面白くさらさらと読み進めていけました。 素敵な作品を何度も生み出してく…
[良い点] とても好みの作品で、夢中で読みました! 密かに2章が始まらないかなぁなんて思ってますο(*´˘`*)ο
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