表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/22

20魂







 夜会とは夜からだ。だから、次の日も書類捌きに時間を費やす。

 何度も何度も、出す場所が変わるだけで同じ意味の書類に名を入れていく作業は面倒の一言だ。これが研究の一環なら同じ作業が何万回無意味になっても面倒とは思わない。

 仕方ない。二課なのだ。



 夕方を迎えるまで一時間を切ってようやく着替えに取りかかる。

 オルトスの寝室に籠もり、服を着ていく。治療中借りていた部屋割りがそのままとなり、何故か家主が客間で私がオルトスの寝室を部屋としてしまっている現状だ。いい加減返したいのだが、研究室への帰還許可が出ない。医者からも家主からもだ。


 金と青があしらわれた服を重ね、帯を締め、襟を止める。最後に真新しいローブを羽織れば着用完了である。肩と胸元の留め具に引っかけて止めるローブは、境目から両手が出せるようになっていた。これなら起動させた杖を持っていても問題ない。

 動きやすさが必要とはいえ、ある程度の見場は重視されなければならない。見場は大事である。何せ、軍部にさえ制服目当てに入隊してくる新人が一定層いるくらいだ。それに外から見て格好が良ければ、敵は怯み、味方の士気は上がる。見場は大事だ。

 見場の一環であろう。胸元には長い青の装飾が二本流れ、動く度に音を立てて揺れる。それらが絡まらないか確認し、適当に髪を結う。前髪はいつも通り三つ編みにして横へ流し、いつも緩く編んでいる後ろ髪はいつもより若干丁寧に三つ編みにする。左右に二課を象徴する銀色の羽根飾りをつける。以上だ。


 鏡を見つめ、問題ないかもう一度確認していると、家の中が騒がしくなった。

 どうやらイェラが到着したらしい。久しぶりに履く固い踵を鳴らしながら扉を開けた途端、オルトスの大声が飛び込んできた。



「お前なに考えてるんだ! 絶対に駄目だって、何年も前に結論づけただろ!」

「それこそ今更な上に、あれはお前が勝手に決めただけで僕は納得していない」

「俺が死んだらどうするんだ!」

「安心しろ。お前の墓は僕が開業する医院の庭だ」

「費用面と場所の心配してるんじゃないわ!」


 扉を開けてすぐ飛び込んできたのは、言い争うオルトスとイェラの姿だった。言い争うと言っても、オルトスが一人で怒っているだけだ。

 全身黒を纏った男が二人立っている。一人がオルトスで、一人がイェラだ。


「お前は宰相の一人息子だろう!」

「お前が死ななければいい話であり、僕がお前を死なせなければいい話だ。全員死んだなら皆仲良く喪服で丁度いい。地獄で弔いあえばいいさ」


 オルトスの声を払うように黒のローブを揺らしたイェラと目が合った。オルトスの肩越しに私の姿を認めたイェラは、肩を竦める。


「そう怒鳴るなよ。お前の可愛い雪兎が脅えるぞ」

「怒鳴らせてるのはお前だが怖がらせたなら悪かっ――………………は?」


 振り向いたオルトスの呆けた声を最後に、音が消えた。




 家の中がしんっと静まりかえっている。オルトスの肩越しに見えるイェラの身を包むのは、上から下まで私と同じ意匠。

 姿形、色、全て同じの、黒の陣営だ。


 呆然としているのに強固な視線が、私を頭の上から爪先まで撫でていく。靴まで見つめ切った後、再び顔に戻る。口と同じほど戦慄いている両手は、中途半端な位置で止まっていた。


「言っただろう。僕とエリーニはお前より気が合うんだ」

「オルトス、好きです」


 人を食った笑みを浮かべるイェラに、反応を返せたのは私だけだ。イェラに渡した合鍵で確認してもらった礼服により、初めて袖を通した黒の服はぴったりであった。











「嫌だぞ、俺は行かないからな。お前達を連れては行かないからな!」

「別にお前が行かなくても、僕とエリーニは手を繋いで堂々と入場するぞ。……別にお前いらないな。帰っていいぞ。邪魔だ」

「どういうことなの!」

「見ろ、僕とエリーニは髪型も揃いだ。こういうときは統一感があると映えるからな」


 耳の横、一房細く編まれた三つ編みを摘まみ上げたイェラに、私も無言で自身の前髪を指差し、後ろ髪を持ち上げた。


「仲間はずれはよくないと思うんだ!」

「オルトスが髪を切るからです」

「…………一瞬仕方ないなと思いかけたが、よく考えたら揃いにする誘いすらなかったよな? この長さでも編めるだろう!?」

「さあ、参りましょう」

「どうして俺の周り、俺の意見全く聞かない奴ばかりなの?」


 三つ編みのお揃いはともかく、それ以外はオルトスが私達の意見を聞かず却下すると分かっていたからだ。頑固で言うことを聞かないのはお互い様である。



 入場の鐘が鳴り響き、大きな扉が開いていく。一組一組、入る度になる鐘の音だ。もうほとんどの参加者は入場済みである。なぜならもう始まっているからだ。

 第二王子に阿る人間が集まった夜会だ。全身を統一する人間は少ないが、赤を取り入れている人間がほとんどだった。遅れて入ってきた組へは、一応視線を向けるものの、よっぽどの相手でなければ群がってくることはない。遅れて入場した組も、会の雰囲気を乱さぬよう入場後は静かに輪へと入り込む。


 しかし、私達が入場すると同時に、会場の空気は止まった。


 雰囲気が乱れるどころの話ではない。音楽ですらも乱れた。音楽が慌てた駆け足で足並み揃えていく間も、参加者達は動かなかった。押し出されて転がり出てくるのではと思うほど力の入った目が、私達を凝視している。

 さっきまでぐずり嘆き喚いていたオルトスは、既に感情全てをしまい込んでいた。扉が開いていくと同時に、感情全てが消え失せ、いつも浮かべていたへらへらと流れるような笑みですら見られない。

 炎と魔術灯が混ざり合った会場内は、日が落ちた後でも明るい。昼間よりも余程だ。虹が、星が、陽光が。全て混ざり合っているような奇妙な明るさに満ちている。

 そんな中で、黒を影にせず光としてまっすぐに立つオルトスは、恐ろしいほど美しい。

 何よりも早く正常を取り繕った音楽に支えられ、人々は徐々に正気を取り戻す。失われていた喧噪が蘇り、静寂が遠のく。



「第一王子が公の場に出てくるとは珍しい……」

「エルビスを与えられたとの噂は本当だったようですな。しかし、死ににいくようなものよ」

「死んでこいということでしょう。陛下も酷な命を為さるものだ」

「しかしあの方がまだ王子として立つ気があったとは。余生を生きているようなものと思っていたが」


 ずらりと並ぶ料理は、参加者達の邪魔にならぬよう壁際に集まっている。


「イェラ卿が、黒をお召しに?」

「ルリック家が第一王子に下ると!?」

「まさか! イェラ卿は優秀な方ですのに変わり者でいらっしゃるので……」

「結局、第一王子を見捨てられなかったのでしょう。あの方はお優しすぎるのです」


 料理までは厚く重なった人の壁を泳いでいかなければならないだろう。


「……待て。イェラ卿の隣にいるのは誰だ?」

「――エリーニ・ラーニオン!?」

「エリーニ・ラーニオンだと!?」


 先にイェラが作った軽食を食べてきたので、あれを目指す必要がなくて助かった。


「第二王子に下るのではなかったのか!?」

「王弟殿下ではありませんの!?」

「王妃様の子飼いだとばかりっ」

「第一王女が熱心に勧誘していたと聞いていたが……」

「第五王子手ずからの贈物を受け取ったはずでは?」


 しかし、オルトスが食べたいのなら話は別だ。何か食べたい物はあるだろうか。


「それよりも、イェラ卿だけでなくエリーニ・ラーニオンまで王都から出すのか!?」

「あれを失えばセレノーンの損失になるぞ!? 雷雨はどうするんだ!」

「ラーニオンは独り身だろう? 資産と権利の譲渡先を作らせておくべきではないのかね」

「誰かを宛がおうとはしたが、どれも弾かれたと聞くぞ」

「それよりも脳保存の魔術を二課に開発させるべきだろう。あの小娘ならば、意思がないほうが扱いやすかろう」


 飲み物はまだいいと思うが、手持ち無沙汰になるのなら持っていたほうがいいだろう。


「しかし……あの三人が並ぶと」

「見慣れぬ並びだからもあるだろうが……」

「目立ちますこと……」


 オルトスへ視線を向ければ、何とも形容しがたい顔をしていた。

 どうしたのだろう。怒りを堪えているような、くすぐったさを堪えているような。とにかく何かを堪えていた。唇が若干曲がっているので近くで見れば分かる。

 私とイェラの視線を受け、オルトスは小さく咳払いをした。拳で隠した口元を、困ったように開く。


「あまりいい感情ではないんだろうが、存外気分がいいな」


 どうやら笑うのを堪えているらしい。しかし本当に困っているのだろう。隠しきれない困惑がはみ出している。ふんっと洟を鳴らしたのはイェラだった。


「この程度で満足するな、大馬鹿者。それに偶然にも顔のいいのが揃ったんだ。顔だって才能だ。生かす練習をしろ。これから益々必要になるぞ。お前は堂々と侍らせる練習、エリーニは顔を使う練習だ。才能は財産だ。財は使えるから意味を持つんだ」

「エリーニは引き際見極めるどころか引かなそうだから、今はまだ却下だ。ところで、フィレン手ずから何をもらったって?」

「蓑虫です。蓑虫を採取した現場に偶然通りかかりました。正確には、その後お茶会の予定があった第五王子の手から蓑虫を処分させたかった侍女の策略と判断しました」

「あー……フィレンは虫が好きだからな」


 フィレン第五王子は御年六つにお成りだ。私の王子は御年十八にお成りなわけだが、十九の誕生日は本人を前にして祝っても許されるだろうか。


「……全く、どうしてくれるんだ。お前達の所為で、客観的にも俺の心情的にも、もう引き返せなくなったじゃないか。お前達の優秀なおつむを墓守で終わらせたら、俺はセレノーンに重大な損害を与えた大罪人だぞ」

「ははは、ざまあみろ」

「ざまあみろ!?」

「さて、王妃へ配慮しつつルリックに阿りたい連中の手腕を拝見してくるか。――楽しみだ」

「うーわー、悪人面ぁ……」

「今まで鳴りを潜めて我慢してやったんだ。これくらいは鬱憤を晴らさせろ」


 ローブを払い、ざわめきを切り裂かんばかりに靴音を高らかに響かせたイェラの姿はあっという間に見えなくなった。様子を窺いながらも、オルトスに直接話しかけるより対処の仕様があると判断した人々がそちらへと流れたからだ。衣擦れとざわめきがイェラを包むように流れていく様は、水面に油を一滴落とした光景に似ている。


「さて、と。イェラだけに任せるわけにもいかないからな。俺も少しは頑張るか」


 イェラへ流れた分多少見通しがよくなった視界が割れる。人の波がさざめいたのだ。ならばこちらにも油があるのだ。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ