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2魂







 私の感覚としては、閉ざした目蓋を上げた時間しか経過していない。しかし、次に視界が開けた際、私の前には王子を背負った医者がいた。


「あ」

「あ?」

「ふぇあ?」


 私と、医者と、王子の声が重なる。


「あれ? 俺なんでイェラに背負われうわ動くな! びっくりするだろ!」


 王子を背負った医者が三歩下がっていく。私もとりあえず起き上がろうと身を動かす。しかし、医者がもう一歩下がると同時に意識がぶつりと途切れた。









「いやぁ、今日も義母上様は容赦がない。そのくせ隙もない。もう少し可愛げがあれば、どこかで糾弾できたのになぁ」

「お気に入りの人選でねじ込む割には、無能を寄越してくるわけでもなし。きちんと役職をこなせるお気に入りを持ってくるからな」

「でもまあ、糾弾できないまま王妃派一色に染まった現状にしては、少なくなった。一時期は三度の飯より暗殺者って状況だったからなぁ」

「一日六回来ていたからな」


 私の前に王子、王子の隣に王子の医師。

 以上、第一王子陣営である。少ない。歴代最小規模である。


「王妃は鬼畜だがお前は阿呆だ」

「おまっ、王子に向かって阿呆とはなんだ阿呆とは!」

「命を狙われてるのに一人で勝手に出歩く奴を阿呆以外のなんて表現しろと言うんだ、馬鹿野郎」

「馬鹿野郎って表現してるな! 俺だって気晴らししたい時くらいあるわ!」

「その結果魂散らしていれば世話ないな、あほんだら王子」

「あほんだら王子!?」


 若干の差違あれど、二人同時に意識を失い二人同時に目覚めるという状況を三度繰り返した私達は、四度目は試行せず王子が暮らしている建物の客間に場を移した。

 この客間、向かって右手には炊事場が見えているし、真っ正面にある窓の外には洗濯物が干されている。

 そこで、王子はこっぴどく怒られている。


「暗殺者に兎要求する頭が足りない王子で有名だが、お前の足りない頭はそこじゃない。全部だ」

「相当な悪口過ぎるだろ、それ」

「しかも今は魂も足りない。最低だな」

「最悪って言えよ! せめてな!」


 王子の臣下と呼べる人が一人しかいないとはいえ、護衛をつけずに城内をうろついていたのだ。怒らないわけにはいかないだろう。

 毎日一人で出歩く王子を見かけたが、その度この調子で怒られていたのだろうか。つまり、王子は全く懲りていないし改善するつもりもないらしい。医師の罵倒は妥当だ。


 王子が怒られている間、私は医師が淹れてくれたお茶に口をつけた。舌が味を理解する行為を放棄した。脳が痺れ、思考までをも放棄したがっている。


「まあいいさ。それで、報告は済んだか?」

「一応父上には報告済みだ。陛下には父上から伝えて頂いた」

「で?」

「いつも通りだ。ただし、城内で欠魂者が出たとなると混乱が予想される為、欠魂した事実は内密にせよとの仰せだ」

「いつも通り、生きるも死ぬも勝手にやれって事だな。いやぁ、本当に父上は自身の家族情勢に全く興味がおありではない。国家経営にはそれなりに意識を向けてくださっていることだけが救いだな。こんな継承権最下位の王子に、誰もやりたがらない領地を押し付けようとする程度には。あそこ統治に行ったら、明らかに王妃関係なく現地で殺されるだろ」


 黙々とお茶を飲んでいると、けらけら笑った王子が自身の分に口をつけ、盛大に噴き出した。


「まっず!? 何だこれ毒薬か!? お前よくこんなの平然と飲んでいるな!? 味覚が死んでいるのか!?」

「いま死にましたのでお構いなく」

「そうか! ご愁傷様! おいイェラ! 何だこれは! お前、普段の面倒くさいくらい几帳面に淹れた繊細な茶はどうした!」


 口元を拭きながら怒鳴る王子を、イェラ・ルリック18歳が無表情で見つめ返す。薄青の髪に金の瞳。彼は宰相の長男でありながら、医の道に殴り込んだ変わり者だ。

 イェラ・ルリックは、さっきまで辛辣に王子を罵っていた口をせっかく閉じていたのに、王子はそれを開いてしまった。


「何度言われても一人でうろつくのを止めず、その挙げ句欠魂した大馬鹿者につける薬はないから飲め」

「これ薬だったのかよ! というか、何の薬だ? 欠魂に効く薬なんかあったか?」

「魂修正薬臨床実験の結果はどうだ。気付いたことがあれば全て詳細に伝えろ」

「王子で試す奴があるか――! そして効果はない! まずいだけだわ、大馬鹿者!」


 やっぱりそうだったのか。

 飲みきったカップを机に置く。王子が信じられない者を見る目で私を見た。別に美味しいとは思っていないので、そんなに驚愕しなくてもいいと思うのだ。


 欠魂により意識不明に陥った患者を目覚めさせたことで有名な植物の味がしていたので、とりあえず飲んでみたが残念ながら効果はなさそうである。

 視線を落とした先には、窓から差し込む光によって生み出された家具の影が映っていた。それらに交ざって、イェラ・ルリックの影も生えている。

 だが、私と王子の影はない。

 ばたばた手を振り回し、ぎゃいぎゃい怒っている王子の姿は床に写し取られず、また鏡にも映っていない。残念ながら窓硝子にも、恐らくはお茶の表面にもだ。

 王子を無視した私とイェラ・ルリックの視線が影を探し、そして王子に戻る。


「駄目だな」

「駄目ですね」

「何で? 何で初対面のお前らが一致団結して俺に駄目出しするの? ねえ何で?」


 別に王子が駄目なのではなく、魂修正薬の効果がなかったことに対しての反応だが、イェラ・ルリックは王子の言を訂正しない。仕方がないので私が訂正する。


「薬の効果がなかったことを確かめているだけで、王子に対して駄目出ししたわけではありません」

「そ、そうか」

「しかし、王子に駄目出ししたわけではなくても、王子が駄目でないとは言っておりません」

「どうしてお前、回避できたはずの傷をつけるの……?」


 黙りこくった私達に、王子は泣き出しそうな顔になった。


「そもそも、欠魂とは何だ! 誰か詳しく説明しろ!」


 結局ほとんど口をつけなかったカップをテーブルに叩きつけた王子は、イェラ・ルリックを見た。


「欠魂により意識不明に陥った後が僕の出番だ」


 両手を挙げて肩を竦めたイェラ・ルリックから私へ視線が移った。イェラ・ルリックは魔術の才もあるとは聞くが、それでも魔術師ではないので確かに門外漢だろう。そして王子は魔術の才が皆無だ。

 この場で魔術師が私だけである以上、私が説明するのが筋であろう。


「欠魂。欠魂とは魔族及び魔物が使用またはそれらに力を譲渡された魔術師が構成した魔法により、魂が欠ける現象を指す。(魔族及び魔物の定義については59頁を参照。以下「魔物」という)魔物が気紛れに行う場合もあるが、主に人間の依頼によって行われる為、魔術師を介したものが多い。魔法によって引き起こされる現象を指す。魔術により魂が欠けた事例は現段階(本著は星暦681年出版)では確認されていない。(魔法と魔術の違いについては96頁を参照)肉体に損傷は見られず、魂だけが欠けた状態。魂が全壊した場合対象は即死し、その場合は全損魂と記される。全損魂に至らなかった場合を欠魂と呼ぶ。欠魂した存在は、対象者が意識不明に陥る以外、肉体に変化は訪れない。肉体は緩やかに死へと向かい、対象者が覚醒しなかった場合、衰弱死する場合が一般的である。病や事故による意識不明者との区別は、対象者の影によって判断する。欠魂者は影を失う為、何らかの方法により影の確認を行う。影確認に使用する灯りは、太陽光、月光、炎、魔術灯など何でもよい。生が薄くなった事による影の消失と考えられているが、確証は得られていない。ごく稀に生還を果たす存在も確認されているが、年齢・性別・職業・生育環境・体質など、身体・環境、様々な面において共通点はなく、現在に至っても生還の方法は解明されていない。欠魂した対象者に対し、外部から行える治療は現段階では存在しない。対象者が何らかの条件を満たした場合のみ生還していると見られるが、生還条件にも共通点は見つかっていない。現段階では欠魂の呪いを受ければ、それらを回避する術はない。※欠魂によって死亡した遺体処理の仕方:312頁。以上です」


 一切口を挟まなかった王子が、ぽかりと開けていた口をようやく閉じた。


「………………………………お前、頭いいんだな」

「頭がよければ教科書を丸暗記するなどといった蛮行を犯すはずがないではありませんか」

「それもそう……なのか? お前、よく分からん奴だな」

「私は大変分かりやすい人間だと自負しておりますが」

「お前、自分の認識を改めたほうがいいぞ」


 そうだろうか。

 首を傾げていると、王子は絹糸のような金髪を容赦なくがしがし掻き回している。髪が傷みそうだ。


「あー……つまり、何だ。俺達はそのごく稀な生還者になるってことか?」

「いいえ」

「いいえ!?」


 そんなに目を剥くと、転がり落ちそうで心配だ。目は生きていく上でとても大切な器官だから大事にした方がいい。


「この場合の生還者とは、欠魂と同時に昏睡状態に陥った対象者が意識を取り戻した場合に使います。我々は、少なくとも欠魂時には意識を失ってはおりません。よって、欠魂者ではありますが生還者ではないという、前例のない事態となります。欠魂を研究している魔術師達にとっては喉から手が出るほど欲しい事例なので、解剖される恐れがあります。魂まで」

「そこまで捌かなくていいだろ!?」

「研究対象が魂なのに、そこを捌かなくてどうするんですか」


 現状、欠魂という現象自体に不明な点が多いので、断定できる事は少ない。間違いなく捌かれることくらいしか分からなかった。


「……じゃあ、一応聞くが、お前は俺を助けてくれたんだな? 敵じゃない、な?」

「王子を殺しても私の手が汚れるだけで何の得もありません」

「いや違うわ! 俺の心を的確に抉ってくるこの無情さ! お前絶対敵だわ! そもそも、お前はどうしてあそこにいたんだ! あそこは曲がりなりにも俺に与えられた区画だぞ! 弟妹達と比べたら草原と蜘蛛の巣ほどの差があるが、俺の貴重な陣地なんだぞ!」


 不法侵入だ、侵入者だ刺客だと、ぎゃんぎゃんわめく王子をじっと見つめる。すると、居心地が悪かったのか、語尾はしおしおと萎んでいった。


「王子」

「な、なんだ!」


 びくっとしつつもかろうじてふんぞり返ったところに根性を見た。いじめたつもりはないが、何故か勝手にいじめられていく王子から視線を外さず続ける。


「私が通っていた通路はかろうじて王子の宮殿より外れておりますし、あの道の先には魔術二課の倉庫がございます」

「何だそれ。俺は知らないぞ。……それとな、気を遣ってもらって有り難いが、俺の与えられた区画はそこいらの貴族の敷地どころか屋敷より小さいし、建物に至っては小屋に近い。まあ、今いるから分かるだろうがな! 残念ながら、この部屋の隣が寝室だよ!」

「二課の倉庫は、主に爆発物及び毒物の実験を行う際に使用されております」

「お前やっぱり刺客だろ!? 分かった! あれだ! あの青い屋根の倉庫! 夜中に不自然な光が点滅していて妙だと思っていたんだよ! 調べても国軍の所持物としか出なかったから詳細は分からなかったが、あれお前らか!」


 実験には万全を尽くしているが、安全面には万全を期さない研究馬鹿達のせいで、魔術二課はそういった実験を行う際は本来与えられている軍部から出て、遙か離れた倉庫まで歩いて行かなければならなかった。

 第一王子の居住区域のすぐ傍に配置されたのは、勿論王妃の采配だ。



 一般人が魔術師として想像する姿は、花形である一課だ。

 式典で派手な魔術を使用し、戦場で攻防魔術を駆使し戦う。何においても前面で輝かしい戦績を上げてくるのが魔術師であるのだが、二課は少し違う。公の場に出てくることは滅多にない。魔術の研究、杖や魔道具の修理、新薬・新術・新魔道具の開発なども行っている。何でもやるが、主体は研究と開発だ。

 ちなみに安全面に万全を期さない研究馬鹿とは、魔術二課員全員を指す。


「王子」

「な、なんだ。弁明があるなら言ってみろ」

「正確には昼も光っておりましたが、目立たなかっただけです。防音魔術壁を張っておりましたので音はしなかったでしょうが、一日中、それこそ四六時中暴発の嵐です」

「もうやだこいつ!」


 わっと嘆いた王子を励ます者は誰もいない。イェラ・ルリックは、雪の精と称される顔に苛立ちを隠しもせず乗せている。そして、いつの間にか王子がじっとり私を睨んでいた。


「……俺は魔術二課を、人付き合いが苦手で引っ込み思案な、気の弱い大人しい連中と把握していたんだが……何か認識に違いがあるような気がしてならないぞ」


 聞くべきか聞かざるべきか。そんな葛藤がありありと見て取れる王子の問いに、同僚達の顔を思い浮かべる。言うべきか言わざるべきか。まあいいや言おう。


「大人しく気の弱い者もおりますが、正確には、人付き合いに難がありすぎて他ではどうしようもなかった魔術師か、人に全く興味がない魔術師か、人としてどうしようもない魔術師で構成されております」

「こんな所にいられるかっ、俺は帰らせてもらう!」

「王子、私から四歩離れたら意識を失いますよ」

「どうしてそんなことにっ!」


 両手で顔を覆って泣き崩れた王子が机に突っ伏す前に、イェラ・ルリックがさっと茶器を下げた。手慣れた様子に二人の付き合いの長さと、王子の普段の様子が覗える。



 それはともかく、私と王子はいま、それなりに大変な危機に瀕していた。

 二人の距離が四歩離れたら両者意識を失うのだ。不便この上ない事態である。どうしてこんなことにと王子が嘆く気持ちも頷けた。


「恐らくですが、王子を襲撃した犯人の目的が王子の全損魂であれ欠魂であれ、対象は王子一人だったはずです。歴史上二人以上が一度に欠魂した事例もありませんしかし王子に攻撃が着弾する直前に私という異物が混ざり込んだ結果中途半端に欠魂したのではないかと私達の影がない以上欠魂は決定的ですが私達の意識ははっきりしていますしかし四歩距離を取れば意識を失う近づけば目覚めるそれを踏まえた上で仮説を立てますが魂とは万全な状態を少しでも損なえば意識に不調を来たすのではなく量なのではないでしょうかある一定の分量を超えて欠けた場合にのみ我々が欠魂と呼んでいる現象が現れるその分量さえ満たしていれば魂が損壊していても意識は機能するまた欠魂の魔法も一定量の魂を削り取る術だと仮定すれば同時に二人以上欠魂した事例が存在しないのも頷けます私達が意識不明に陥っていない理由は二人で欠魂による損傷を分散させたからだと思われますそして私達は欠魂した際に砕けた魂の破片を互いに取り込んでしまったのかもしれませんその為限界寸前で保たれた魂が離れることで限界を超えてしまうのではないかとならば私達は現在一人分の魂を二人で分け合っている状態です二人揃ってようやく意識を保てる分量の魂しか残っていないのでしょうどこまでを一人とするのか定義は分かりませんが一人と判断される領域から出た場合魂が足らなくなり強制的に意識が混濁するのだと思われます」

「句読点っ――!」


 絶叫しながら王子が再び机と仲良くなる。今度は固く握った両拳を机に叩きつけるだけでは飽き足らず、額まで机に着弾した。










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[一言] はじめまして、こんにちはのミントちゃんも研究馬鹿なのか、まだ就職していないだけなのか。 戦争描写も書かれていなくて時系列が分からないけど、これから分かるかな?楽しみ。
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