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13魂








 互いの意見は一致したので、人工物がある赤錆色の空間目指して歩き始める。

 この足元では一部が抜けていても確認しようがないので、目的の場所まで魔術で砂の欠片をまいてみた。煉瓦などで新たに道を作ってもよかったが、出来る限り魔力は温存しておきたい。道を確認しながら、砂の上を歩く。


「俺が目覚めたとき、あんなに黒靄いなかったんだよ。いたのは一体だけで、それも凄く小さかった。そいつは跳ねるみたいに駆けて俺達の前を通り過ぎ、青の空間に辿り着くと同時に散った。その後わらわら出てきてあの惨事になった訳なんだけどな。でさ、普通あれだけわらわら出てきたら、青の方に逃げるだろ? さっき黒靄が散ったの見てるわけだし」

「そうですね」

「欠魂の生還者は少ないとお前は言った。つまり、他の誰かが選びそうな選択を選ばないほうが生存率が上がると思ったんだが、お前はどうして左なんだ?」

「欠けているのが魂でありそれを取り戻さなければならないのなら、それぞれの根元や起源の中にあるのではと。王城は恐らく王子の、混ざり合っている町並みは私が生まれた街ですから私のものでしょう」

「成程な。それにしちゃ、お互いやけに寂れてることで」

「私の中では一つの思い出以外興味のない事柄だからかも知れませんが、これに関しては皆同じである可能性を願いたいです。己の根元である世界が美しく日常の形でそこにあればこちらへ逃げ出す人間が増えると思われるので、必然的にこちらが間違いということになります」


 王子も途中で気付いたのだろう。私が最後まで言いきる前に「あー……」と曖昧な呻き声を上げた。

 何にせよ、行ってみるしかない。こちらが駄目なら戻ってくればいいのだ。戻ってこられなかったら、その時考えればいい。


「王子、申し訳ありませんでした」

「ん?」

「魔法での追撃が、こんなに早く行われるとは思っておりませんでした」


 欠魂は、魔物か魔物により力を譲渡された魔術師によって行われる。私は今回の件は魔術師によるものだと考えていた。追撃がなかった理由を、そこに見出したのだ。

 今回の欠魂、魔物であればもう一度魔法を繰り出したはずである。だが、襲撃者はそれをしなかった。その場のみではなく、魔物の力が最も増すといわれている夜になってもだ。それは何故か。出来なかったからだ。一般的に魔物の力を使用した魔術師には、凄まじい負担がかかると言われている。姿形を取り繕う魔術は山ほどあるが、それらは内面まで修復してくれるわけでない。魔力は極限まで削り取られ、本来体内に存在しない力を受け入れた身体は汚染してくる異物を排除しようと荒れ狂うだろう。だから、追撃があるにしてもまだしばしの猶予があると思っていた。

 それなのに、昨日の今日でこのざまだ。魔術師が恐ろしいほど優秀だったのか、魔物により力を譲渡された魔術師が一人ではなかったのか。何にせよ、私の読みが甘かった。


「いや、そりゃそうだろ。誰もこんな昨日の今日で欠魂がもう一回来るなんて思わないぞ。そもそも欠魂なんて巷じゃ怪談扱いの代物なんだから。それに前回俺は、硝子が砕けるような音を聞いたが今回それはなかった。意識は引っ張られたようだが、今以上の欠魂は防げたんじゃないのか?」

「それは、そうですが」

「だったらそれで充分だろ。そもそも、お前がいなきゃ最初の時点で詰んでいた。意識不明に陥った後に俺一人で黒靄に囲まれていたら終わりだったぞ」


 それはない。王子があの場を離れられず、あれらに囲まれてしまったのは意識が戻らない私を守っていたからだ。私がいなければ囲まれる前にあの場を離脱できていただろう。いくら、魔法や魔術は魔力を揺らすため魔術師に強く影響が出るといっても、不甲斐ないにも程がある。魔術師として三流以下だ。


「お前は、いい魔術師だよ。俺には勿体ない才能の持ち主だ」


 歩きながら、砂の道から下を覗き込んでいる王子が言った。私に視線を向けることなく、けれど言葉は確かに私へ向かっている。


「それでも俺はお前を信じない。悪いな。俺はお前を一生信じない。俺はイェラ以外で信じるのは一人だけなんだ。お前がどれだけ俺への好意を真実だと証明しても、この現象を齎した魔物を倒せたとしても、絶対に」

「はあ、別にそれは構わないのですが」

「構え、構おう、構ってくれ」


 荒れ狂う空から視線を外した青緑色の瞳が私を見た。口元は苦笑しているのに、瞳は柔らかな謝罪に細まっている。


「お前が悪いんじゃない。全部お前の所為じゃない。俺が弱虫だからだよ。だから、裏切られるのも死なせるのも耐えられないんだ。ごめんな。だから、駄目なんだ。俺は俺の弱さでお前を拒絶し続ける。お前が国で一番の魔術師になろうが、お前の言葉が真実だと認められようが、俺はお前が裏切ると思うし、殺されると信じ続ける。俺はそうじゃなければもう生きていけないんだ」


 どこからか風が吹き、砂の道を消し去ってしまう。残されたのは荒れ狂う天の海と、地の空。けれどもう、目的の場所は目の前だった。

 健在であれば圧倒されると形容されるであろう門がそびえ立っている。しかし、赤錆に塗れ、装飾は欠け、レースのような鉄柵が綻んでいれば、感じるものは圧倒よりも空虚な恐怖だろう。

 私と王子が門の前に立てば、門番もいないのに扉が開いていく。魔術の気配も感じない。枝から千切れた林檎が落ちるように、風の通り道にある葉が揺れるように、当たり前の現象がただそこにある。そんな自然さで門は開いた。

 中は迷路のようだった。赤錆に塗れた赤煉瓦が敷き詰められ、縦横無尽に伸びている。それも常識では考えられない場所に道を敷いて。

 二階の窓から煉瓦道が飛び出し、井戸の中へ続く。王城の大広間が剥き出しの状態で鎮座し、その中に民家が収まっている。大回廊の天井を煉瓦道が這い、点、点と、風呂が、寝室が、台所が置かれていた。王城の中に、みすぼらしい、明日の食事もままならない人々が暮らす掘っ立て小屋が混ざり込んでいる、



 とりあえずはあれを目指すしかないので、行ってみることにした。

 門は開かなかった。破壊も試みたが、私の魔術では傷一つつけられなかったのだ。入ったときは私達の身長を四人分足せばよかったはずの高さも、いつの間にか先が見えないほど伸びている。

 とりあえず門を進んだ先、今にも崩れそうな壁についている、明らかに壁より大きな豪奢な扉を開けてみることにした。魂(未定)が鎮座している部屋から伸びている赤煉瓦の道が、この扉の下に覗いているからだ。赤煉瓦の道は、あちこちを縫い、建物を貫いているので、確実にあの場へ続いているか確認は出来なかった。

 王子が蹴り開け、私が杖を向ける。灯りを射出し、中を照らす。妙に細かな細工が施された重たそうな椅子が転がっている中に、路地裏の奥でひっそり開かれているような屋台が混ざっている。ここにはかろうじて赤錆以外の色が存在するが、そのうち浸食されるのだろうと思うほど、建物内も赤錆が這っていた。


「何というか、ちぐはぐにも思えないのが面白いな。どんな物でも錆び付けば価値なんて等しいからな」


 重い椅子は蹴り飛ばし、触れるだけ壊れそうな屋台は剣の鞘で押しのけ、王子が進んでいく。道が荷で塞がれている場所もあり、思っていたより重労働になりそうだ。

 天井を歩き、壁を歩き、壁から生えた浴槽を避け、暖炉の中を潜り、真横に伸びる階段を渡る。橋のようになった階段の下を、ぞろぞろと黒い靄が通っていた。それらは隣の靄と混ざり合い、不意に人の形を成した。その拍子に、一斉に私達を指差して口らしき何かを裂いた。


「お前の所為だ」

「お前が殺した」

「どうしてお前が生きていて」

「お前が生まれてきたから」

「――を殺したお前が幸せになるなど許されるものか!」


 お前がお前がお前が。どうしてどうしてどうして。

 人殺しっ!

 天井に張り付いた大窓から、壁から生えた本棚が、床に敷き詰められた絵画から、数える気が失せる数の人型が叫んでいる。


「大体同じ言葉の繰り返しですね。対象者がこれまでの人生でかけられた言葉を集めているのでしょうか」

「対象者が自分で思っていることかもな」

「それはあり得ません。同じ意味を伴った言葉ですが、恐らくは王子へ向けられていると思われる物は多種多様な声がしておりますが、私に対しこの意味を持った言葉を発しているのは父の声だけです。それに、父の声が大きすぎて聞こえにくいですが、あの辺り……そうです、その集団ですね」


 私が指差した、天井を覆う厚手の絨毯から生えた井戸の周りにいる靄は、内部が裏返りそうなほど口を開けて叫んでいる。


「あの程度のこと俺にも出来る」

「贔屓だ」

「あいつばかりが優遇されて」

「あの歳であんな開発が出来るわけがない」

「きっと誰かの研究を盗んだんだ」

「身体を売ったんだ」

「顔だけはいいから誰かに擦り寄ったんだ」

「あいつがわたしの男を取ったのよ!」

「大した実力もない癖に、顔がいいからすぐ男に媚び売って。いいよな、身体で評価を取れる女は」


 父の声が大きすぎて聞き取りにくいが、こちらも大体同じ内容が叫ばれている。私はこれらの内容を自分で思ってはいない。実際、何を言っているのかほとんど分からなかった。誰かに媚びを売ってうまく作用しない調合が成功するなら幾らでもするが、そんな非現実的なことは起こりようもなく、そうであれば時間の無駄だ。そもそも媚びとはどうすれば売れるのだろう。販売許可はどこに取るのか、商品基準はどこにあるのか私は知らない。調べるほどの興味もない。

 王子は何だか拍子抜けした顔をしていた。


「どう聞いてもただの誹謗中傷だな。付き合いの浅い俺でさえ、人違いしてませんかと聞きたくなる言葉ばかりで、逆に安心してきたぞ」

「そもそも私は、父の言い分も疑問に思っております」


 私にとっては聞き慣れた、しかし随分遠くなった男の声が泥を掻き混ぜるような音で告げる。


「俺からあいつを奪ったお前を、俺は絶対に許さない。認めない。お前を幸せになどさせるものか。生まれてきたことを後悔しろ。許すものか。絶対に、許さない。呪われろ、死ね、地獄に堕ちろ。何があっても、徹底してお前を不幸のどん底に突き落としてやる」


 王子は不愉快そうに眉を寄せる。


「当たり前だろ。こんな言い分を正しいと思ってるなら異常だぞ」

「正誤の問題もそうなのですが、どちらかといえば父は関係がないか、同罪ではないかと思うのです」

「また何か言い出した」

「そもそも母が私を身籠もったのは父と母が性交を行った結果です。そこに私の意思は存在しません。つまり、まず私という存在が発生した責任は父と母に派生するものと思われます。仲睦まじい写真が残されていたことから二人同意の上だったと思われますので、やはり責任は父と母両者にあるかと」

「あ、はい」

「私が明確な意思を持って母を殺害、また事故であれ私の行動が母を死に至らしめたのであれば、責任は私にあると思われます。しかし、出産が行われるまで私という個はこの世に存在していない括りとなります。犯人不在のまま殺人が行われるのは不可能です。そして出産とは、半ば反射であると考えます。それでも私に責任があるというのならば、この件に父は関係が無くなります。どんな出産であれ、出産という行為は母子の死亡率が非常に高くなります。その危険性を承知の上で出産を決めたのは母です。ならばこの場合の責任は母にあると思われます。堕胎という選択肢もありましたが、母はこれを選ばなかった。産むのは母。生まれるのは私。産むと決め、実行したのが母。その行為で生まれたのが私であり、結果として死亡したのが母。この結果に罪状をつけたければ、私と母が訴えを起こさなければならないものと考えます。母が私を訴えるか、私が母を訴えるか、そこに父は関係がありません。関係があると言うのであれば、自分が孕ませたにもかかわらず、母が死に至るまでの過程で何も助けになれず、また手を打たなかった父にも責任が派生すると思われます。よって私だけに罪があるという父の言い分には疑問が残ります」

「うん、そうね。それと長い」


 階段の先に、一つの人型が立っていた。先程までそこには何もいなかったのに、いつ現れたのだろう。瞬き一つの間に現れた人型は、こちらを指さし怒鳴り続けている。それに影響を受けたのか偶然なのかは分からないが、その他全ての人影もそれに合わせて叫ぶ。

 人殺し人殺し人殺し人殺しお前が死ねシ値死ね死ねシね死ねシネネ死ね死ねシ死ね死根シ

 ぶつりと音が途切れた。私達の先にいた人型を、王子が切り捨てたからだ。あっさりと散っていく塵の末路を見ることなく剣を仕舞い、王子は私を振り向いた。


「あのさ、俺さ」

「はい」

「こいつらが欠魂した対象者への怨嗟や恨み辛みの代弁者、または対象者の罪を糾弾する存在とすら思ったわけだ」

「私は全く思いませんでした」

「うんそうね。お前のどう聞いても冤罪だもんね。お前の性格はともかくね」


 王子の目が死んだ。


「まあそういうわけだから、こんな場所に一人で放り出され尚且つ生還を果たした少数は凄いなとか、俺はやっぱり死んだほうがいいよなとか色々思ってた訳なのに、お前の謎考察聞いてたらどうでもよくなったのどうしてくれるんだ……」

「失礼ながら、私は王子に同情します」


 私を向いている王子にとっては背後となる壁からふらりと現れた人型が、一瞬で切り捨てられた。いつ抜いたかも見えなかった。これまでもあっさり切り捨てているように見えたが、今のは本当に、息をするより自然で、そして冷たい鋭さで人型を散らせる。


「――へぇ」


 剣を鞘に収めず、ゆっくりと振り向いた王子は笑っていた。


「私は生まれてこの方、愛されたことも、愛されたいと願ったこともありません。そんな私が、あなたへ向けるこの思いは本当に恋や愛と定義された感情なのか、私には分かりません。分かりませんが、調べられる限りの事例や事象と照らし合わせた結果、そう定義づけられるものだと結論づけたのでこのように表現しています。ですので、こんな私に好意を抱かれた王子は本当に可哀想だと思います」

「毎度毎度、返事どころかどういう気持ちになればいいか分からない台詞を無表情で唐突に告白するのやめような!?」

「どの台詞に王子がそのように感じる要素があったのか私には理解できませんので、お手数ですがその気配を感じた場合お知らせ頂けると助かります」

「そういうとこ……」


 王子は片手で瞳を覆い、深く項垂れながら天井から落ちてきた人型を切り伏せた。その様子はとても素敵だと思うし、見事だと感じるし、血流がよくなって体温が上がる気配があるので、やはり恋だと思うのだが、どうなのだろう。どういう感情を恋と定義するのか明確に数値化されれば分かりやすくていいと思うのだ。

 それを告げれば、王子は最後まで黙って聞いてくれた。途中で停止されなかったのでこれらは問題ない内容だったと思うのだが、王子は両手で顔を覆い、蹲ってしまったのでよく分からない。

 髪の隙間から見えた耳の先は、周囲を覆う赤錆色より鮮やかな赤を纏っていた。









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