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10魂







 私は魔術師としての才には恵まれなかった。魔術師の花形と呼ばれる一課に所属できる魔術師は、瞬間的な魔力調整に長けている。爆発的な魔力を放出し、それらを術として形成する能力がなければ、大がかりな魔術を使用など出来ない。

 一課と二課が魔術対決を行えば、一課の圧勝だろう。ただし、魔道具の使用が可能、またはルール無用であれば二課が有利となる。


 魔道具は、いい。魔術師当人の力がなくとも、魔術師当人がその場にいなくとも、力を発揮できる。私がいなくても、王子の助けになれるのだ。私が届かなくても、間に合わなくても、側に置いてはもらえなくなっても。

 今までも魔道具は使用してくれていたようだ。きっと心が伴わない道具だからこそ、王子は側に置いてくれたのだろう。人に希望を持たなくなっただけではなく、絶望を抱くようになった人だから、魔道具でなければ届かない。



 しばらく調整に集中していれば、作業自体はすぐに終わる。魔術師が相手ならばこれを完成形とすればいいのだが、使用者は王子だ。だから完成とせず、表には出していなかっただけなのである。

 試用段階でもいいから実験に協力したいと言ってきた人も多くいたが、面倒事が重なりそうだったので断った。協力者が欲しいなら基本的に二課内か、二課の伝手でどうにかするのが二課の常である。



 ぺたりと貼り付けた掌に魔力を篭めると、黒い塊がゆらりと引き寄せられた。そして、そのまま仕切りを越え、掌の上で浮かぶ。思考の海からいつの間にか帰還していた王子が、興味深げに塊を覗き込む。


「これが?」

「影型の護身具です」


 ぱっと手を離すと、落下を気にしてか王子が慌てて両手を差し出す。その手の上で一度跳ねた塊は、空中でぱちゃりと飛び散った。


「おい、壊れたぞ!?」

「いえ、影になっただけです」


 私の視線を追って、王子の視線も足元を辿る。そこには、先程まで失われていた王子の影が作り出されていた。驚いた王子が立ち位置を変える。それに従い、影も動き、形を変えてついていく。指の形もきちんとなぞり、影としての機能を果たしている。とりあえずはよしとしたものだろう。

 驚いた王子がばたばた踊っている姿をよそ目に、もう一個取り出した塊を自分の影にする。王子の物と同様に私の動きに合わせて動く様子を確認し、今度は魔力を送り込んで操作する。私の身長より高く、波のように膨れ上がった動きに、王子が凄まじい速度で後退りした。


「防御はこういった形で行われます。攻撃が行われた場合、自動的に防御します。場合によっては手足のように扱えるのですが、まだ王子が使用できる形態に持ち込めておらず、申し訳ないと思っております」

「それは俺の所為だろう。それに……魔術の才を持たない俺でも、いつか魔術師の真似事を出来る日が来るなら、楽しみに待ってるさ」


 けらけらと笑って紡がれたその言葉は、どこか寂しげな苦さを纏っていた。


 私が会ったことも見たこともない『王子の犠牲者』と呼ばれる人々がいる。

 姉のように慕った侍女。妹のようだった毒味係。父親のように彼を守った第一王子派。兄のように剣を教えた騎士。皆、失われた。彼の生存どころか、幸いを許さない王妃の手によって、皆。一人残らず。

 王子に魔術の才があった所で、彼らの死はどうにもならなかったはずだ。それでも、己が現在持ち得ない何かがあったのなら、もしもが叶ったのではないかと考えるのは人の常だ。王妃ご自慢の第二王子に魔術の才があるのなら、尚のこと。




「そう言えば……さっきお前の話を聞いていて思ったんだが、お前が、その、俺を、その」

「好きです、王子」

「お前の無表情を見ていると、言いづらさに照れている俺が馬鹿みたいだな……で、それなんだが、お前の経歴のどこに俺をそうなる要素が紛れ込んでいたんだ。俺の役に立ちたくて軍に入ったって言ってたけど、お前が軍に入ったのは学校を通常修了する前だったんだろ?」


 純粋に不思議だったのだろう。前半の照れと言いづらさをふんだんに押し出した様子からは一転し、幼い顔で首を傾げている。私は少し考えて、同じように首を傾けた。

 これは疑問ではない。自分の中で明確な答えを持っているが、答えないときどういう態度を取ればいいのか分からなかったのだ。王子以外の相手ならば相手をしなければ済むが、相手が王子となるとそんな態度誰が許そうが私だけは許せない。


「内緒です、王子」


 溶けるようにとろりと流れ落ちていく私の髪を、無意識なのだろうが王子が追っている。

 髪には手間と時間をかけている。服は襤褸切れでも纏っていればいいだろうが、髪だけは駄目だ。伸ばすならば綺麗に。洗髪剤も自分で調合している。丁寧に、美しく、手触りよく。おかげで、とろけるような髪だとの評価を多くから受ける髪になった。


「いつかあなたが知るか、私がお話しするかは分かりませんが、それまでは蜂蜜です王子」

「……蜂蜜みたいな髪で本日二度目の蜂蜜宣言とは恐れ入る」

「二課長に呼ばれたので、二課室に戻っていいですか?」

「話変わるの唐突すぎない?」


 王子の肩越し、作業机の上にある呼び出し用の魔術灯が点滅している。後五分応答しなければ、激しく音が鳴り始める代物だ。その後も一分ごとに鳴り響く仕様である。行き倒れ確認装置ともいう。


「お前達の常識に慣れるのは時間がかかりそうだ……うわっ、上着!? すまん、踏んだ!」

「私が敷きました。この部屋、クッションがありませんので」

「女の上着を犠牲に尻を守った極悪人に仕立て上げられるのは斬新な処刑方法だな」





 深々と冷える廊下へ出て、さっさと二課室に異動する。特別温かいわけではないが、廊下に比べれば暖房器具がついているのかと思うほど温度が違う部屋に踏み入れた途端、ローブをかけていた二課長が駆け寄ってきた。

 咄嗟に王子の身体が強張り、剣の柄に手をかけたのが見える。反射だったのだろう。すぐに手の位置は元に戻していたが、身体の緊張が解けていない。


 ふわふわと薄緑の癖毛を揺らしながら駆け寄ってきたのは、三十路に届いているのに未だ学生に間違われるミーネ・マイン二課長だ。

 二課の頭であり、空間魔術を完成させた、他国の歴史書であっても間違いなく名を残す男である。



「王子、お久しぶりですご機嫌麗しく! そしてエリーニ! 見てこれ!」


 二課長が両手でじゃんっと出してきた紙切れは、よく見たら王家の印が押された封筒だった。


「第二王子が主催する夜会の招待状だよ! あ、王子のもありますからね! なんと、第二王子直々に手渡してくださったんだよ!」


 確かに、二通ある封筒の内一枚には王子の名前が書いてある。それを二通とも抱きしめて、二課長はにこにこ嬉しそうだ。


「確かに一課は戦場に出ていたが、二課だって戦地にいなかっただけで働きは戦場でも大いに評価されている。それなのにずっと、一課はほとんど全員が招待されていて、二課は招待されず。これはあまりに不平等だ。ああ、不満だとも! 僕の二課は、とても素晴らしい人材の集まりだというのに!」


 二課長はむすりと不満を露わにした。この男、隙あらば引き籠もる二課の中にありながら、なんと外に出るのも人と交流するのも大好きという変わり者だったりする。


「やっぱり全員で出席するべきだと思うんだ!」

「やめてください死んでしまいます」


 先輩の一人が一息で言い切った。


「二課の皆は控えめで大人しいのに、それをいいことに他の課は王族の覚えを授かろうと二課を押し込め自分達が出席しようとするんだ……そんなの、悔しいじゃないか」


 二課長はしょんぼりと肩を落とす。それを見て、他の面子も気の毒そうに眉を下げた。


「俺達はそんなこと全然気にしてませんし、むしろ気楽で嬉しいくらいです。そりゃ、あんな欲望渦巻く世界を、いつも二課長一人に押し付けて申し訳ないと思っています。俺達も自分の予算くらい自分でもぎ取るべきだと思ってはいるんですが……」

「予算をもぎ取るのは二課長の仕事だし、みんな素晴らしい結果を出しすぎるから申請はすんなり通って面白いくらいだよ。それに皆で話して踊って、めちゃくちゃ楽しいよ? だから皆で行きたいんだよ。そうだ! 今度友達が舞踏会開くから、皆で行かないかい!?」

「やめてください死んでしまいます」


 全員から真顔が返った。

 二課長は我らとは人種が違う。それが二課所属魔術師達の総意である。我々が他者との交流で気力を削っていく種族であるなら、彼は回復していく種族なのだ。陰気集団、根暗集団、魔道具にしか興奮しない変態と名高い二課の頂点に立つとは思えぬ、晴れの日のような男だった。

 本来なら相容れぬ光と闇、それぞれの生態に即した生息地で生きていくべきである。だが、決して無理強いはしない人であり、容姿や生まれを貶すことは決してしない人であり、自分では理解できぬ生態を目の当たりにしても受け入れる上に補佐までしてくれる人であり、研究狂いとしては確かに同士である。

 それが、二課の総意であった。

 相対的にはいい人。その前提があるから、光と闇はそれなりにうまくやっている。しかし、基本的に光と闇どちらも変化しないので平行線のままだ。



「もらうぞ」


 二課長の手から自分の分の封筒を引き抜いた王子は、無造作に封蝋を外した。


「確かにクレイの字だが……クレイがねぇ。俺に何の用だか」

「いつもは断わりの返信を出すのですが、王子が出席なさるのでしたら招待してもらえて助かりました。どうされますか?」


 ばっと王子が私を見下ろす。動きから一拍遅れた金糸が光を透かせながら揺れる。私の研究室なんかより余程、この光景の方が美しい。けれど王子は自身の髪だから、世界を覆うようなこの金色を見られないのだろう。世界で一番美しいのに。


「待てお前、いつもって言えるほどクレイの招待を受けてるのか?」

「受けたことは一度としてございません」


 そんな時間があるのなら雷雨作成で滞っていた他の開発を進めたかったのだ。何か言いたげに開いた唇を、結局閉ざした王子に二課長が寄っていく。


「聞いてくださいよ、王子。エリーニは第二王子から求婚を受けたんですよ!」

「――は?」

「それなのに一拍も置かず『嫌です』ですよ!? あれは惨かった……」


 さっき閉ざされた唇が呆れを纏って開かれる。王子が言葉を飲みこまず発するのであれば嬉しいが、別に私に形容しがたい視線を向けてほしいわけではない。私だって曲がりなりにも人間なので、好きな人には笑っていてほしいと願っている。ただし、自分ですら笑わせられない人間には過ぎたる願いだと分かっていた。


「お前……嫌ですって……結婚しとけばとりあえずは安泰だったろうに、断ったら王妃に恨まれなかったか? いや、王妃に反対されていたのか?」

「王妃は、企みはともかくセレノーンを勝利に導いた雷雨を甚く気に入っておりました。それと、私が調合した洗髪剤にも興味を持っておられました」


 王子が反応しなくなった。起動を待っていたが再起動する様子が見えないので、とりあえず場所を移動しようと決める。二課長に退室を告げた。

 王子がどうするか決めていないので、一応招待状は回収しておく。王子に招待状が届いたことをイェラ・ルリックに伝える必要があるはずだ。王子もそうだろうが、王子以上に私のことを信用していないであろうイェラ・ルリックに対し、王子の指示があるわけではない事柄まで秘密にするつもりはない。王子が内緒にしてほしいというのなら、王子の方が大切なので当然王子の言が優先される。



 王子の手を引き、二課室を出る。出る際は予備動作を必要としない。ただ歩を進めるだけで、私達は長い地下通路を歩いていた。荷で狭くなった通路で足をぶつけない程度には意識を割いているようだが、王子はまだ呆然としていた。


「お前それ、どう考えても王妃のお気に入りだろ。どうして断ったんだよ、お前……その状況で事故とはいえ俺につくと、王妃の怒り倍増するぞ」


 そうかもしれないが、どうでもいい。


「私は王子が好きですので。第二王子と結婚するより王子と欠魂する方が私には価値ある幸福です」

「……お前、それ…………大分特殊な感性だぞ」

「誰からの評価を得られずとも、私は私の感性にとてつもない価値を感じています。私の生の全てを、今も昔もこれからも、一生を懸けても何ら後悔しないほどに。王子、あなたの望みを教えてください。何があっても叶えます。王子、あなたの苦痛を教えてください。何があっても排除します。私は恐らく一般的な人間と同じ思考回路を習得していません。ですが、あなたが笑ってくだされば幸せを感じます。あなたの未来が幸福であれば、この世はなべてこともなし。王子、あなたが好きです。私自身があなたの幸いにはなれずとも、あなたの幸いを心から願っております」

「うわぁ……」


 王子は両手で自身をかき抱き、後ずさる。あからさまに引いていた。恐怖を抱かれようと思う感情に違いはないので別に構わないが、四歩は守ってもらいたい。


「あーもー、どうでもいいからさっさと歩け。ほら。俺はお前に引いたから、背後を取らせず後ろを歩きます。ほらほらほら、さっさと行く」

「分かりました」


 詰め所に向かって歩いている現状、背後は二課室へ向かう正規の通路のみ。先には二課室しかないので、襲われる心配もないだろう。だから王子に背を向けて歩き始める。

 安堵のような溜息が聞こえる少し前、振り向く間際に見た王子の耳は赤かった。この人、気恥ずかしいと耳が赤くなる。斜め下から見上げるとよく分かるが、聞かれないので教えていない。教えたほうがいいだろうか。








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