一寸先は森の中
「…ぃ、おい。起きろって」
男の声と頬への軽い刺激に横たわっていた彼女の意識が戻り始める。
うっすらと目を開けると意識がなくなった時とは真逆の明るさに思わず眉をしかめるが、何度かまばたきを繰り返してその明るさに慣れると澄んだ青空をバックに覗き込む人物。
「……釦也」
名前を呼ばれた方は安堵したように表情を和らげた。
「沙霧、どっか身体痛いところないか?」
聞かれて身体を起こすと頭がグラついた。ふわふわとした感覚が抜けるのを待って改めてざっと見回したり腕を動かしてみせてから、特に怪我はないらしいと返す。
「釦也は…って先に起きてたんだし大丈夫そうだね」
「まぁな。お互い動けないような怪我がなくてなによりなんだけどな…」
テンション低めに行った釦也は視線を沙霧から辺りへと向けて後ろ頭を乱暴にかいた。
そこで初めて気付いた風景にぽかんと口を開けて再度釦也へと向き直る。
自分が横たわっていたのは、小さな広場のような場所でその周りを囲んでいるのは近所にあれば間違いなく散歩コースになるであろう所々で陽が差し込む森だった。
「何で森?」
「俺も知りてぇよ」
「あたしが開いてたマンホールに落っこちちゃって…てっきり下水に落ちると思ったんだけどなぁ。釦也も落ちたのにはちょっと驚いたけどね!」
「アレで下水に落ちるわけないだろ…。つか、俺は"落ちた”んじゃなくて"飛び込んだ"んだよ!お前と一緒にすんな」
今やどうでもいい点を訂正しつつ立ち上がると身体についた土や葉を払う。次いで彼女も立ち上がらせてからふと、足元に目をやると座り込んでいた場所は土に大半が覆われていたが質感が違うものも見え隠れしていた。
「何か敷いてある」
足で軽く土をどけていくとその下からオフホワイトの石が現れる。
2人で見える範囲を広げると石畳というよりは、1枚の大きな岩を均した床のようなものらしかった。ちらほらと模様らしきものも彫られている様子から以前は何かに使われていたのかもしれない。
「人が住んでたのかな?」
「にしちゃ、壁やら柱の残骸がない。住居じゃなさそうだ」
揃って現状に悩んでいると、バッと釦也が森の方へ顔を向ける。
少し間があった後に彼が睨む方向からガサガサと音が近づいてきた。
「沙霧、後ろに」
低い一言に頷いた沙霧は静かに彼の背後に移動し同じ場所に目を凝らした。正体はまだわからないが
さらに近づいてくる音を前に釦也が短く「ふっ」と息を吐き、半歩踏み出し身構える。
― ここに詳しい人だといいんだけどな ―
注意は音の方向のまま、希望を思い浮かべながらも最悪の事態にも備える。
明らかに意思をもって向かってきているそれは影になっている茂みで一旦止まったかと思うと勢いよく影が飛び出してきた。
「「 !? 」」
思わず沙霧を制しつつ後ろに下がると、目標がなくなったその場所に勢いよく飛び出した塊が大きく弧を描いて眼前に落ちる。
着地の衝撃で広がった液状のものは水のようにだが違うのだろう。やや半透明にも見える。広がったまま地面に染み込んでいくでもなく、細かく震えると起き上がるように盛り上がると大きな一つの塊に戻った。
ようやく現れた音の主は例えて言うのなら―
「スライムじゃん!!」