プロローグ
スローペース更新になるかと思います。のんびりとお付き合い頂けたら幸いです。
昔、こんなシーンの童話を読んだのを思い出した。
どこまでも続くかのような穴の中は取り留めもない物で溢れ眼前を過ぎていく。
見慣れた家具や道路標識やらに混ざって粗父母に見せてもらった昔に使われていたらしい道具なども見える。日本の物だけではなく、中には海外のアンティークのようなものもあった。
すぐ近くに見えるそれらは何故か手を避けるようにして触れられない。
首を回して周りを見ても壁のようなものはなく、ただひたすら空間が広がっているようだった。
壁があったところで為す術もないのは認めざるをえないのでとっくに諦めていた。
これは現実か、それとも自分の走馬灯だろうか……。
今も彼女の落下は止まらない。落ちたはずの頭上の穴はとっくに光が見えなくなっている。
かといって地面が近づいてくる気配は一向にない。そんなに深い穴には見えなかったのだが、あの有名な”アリス”だってこんなに長い穴を落ちなかっただろう。と彼女はため息をつくしかなかった。
空気抵抗に抗わず空中で大の字になり様々なものが通り過ぎていくのを眺める。
ふと無音の世界に何か聞こえた気がして、穴があったほうへ再度目を向けるとやはり何かが聞こえる。耳を済ませても不明瞭で眉を寄せているとそれは徐々に形になって彼女の耳に届いた。
「だから前と足元はよく見ろって言ってるだろ!!」
こんな状況で聞こえたのは幼い頃から聞き飽きたお説教。
目を見開いてその方向を見つめていると、人影が現れた。自分を追って落ちてきたのかと考えてそれも彼らしい、と真一文字だった口が少しだけ緩む。
「こんな時までお説教しないでよー!」
「こんな時だから尚更するんだろーが!!」
まるでその辺の道端ででもしているかのようなノリでやりとりを交わし始める。
「落っこちた後に言われてもどうしようもできないもん!」
「普段から気をつけてないから、こんなことになったの反省してないな!?」
「終わりよければ全てよし!でしょー!」
「今の俺らの”終わり”は落下死だろうが!それのどこが良しなんだ!」
そう言われて流石に返す言葉がない。口をとがらせて彼女は唸る。
そんな口喧嘩の間に二人の距離はお互いの全身が確認できるほどに縮まっていた。
一つ息を吐いた彼はやれやれといった感じで手を伸ばす。一瞬の後に同じく自分へと伸ばされた手を掴もうとするが、お互いが落下しているせいで何度かすれ違いを繰り返してようやくその手を捉えた。
――刹那。
二人の意識は急速に遠のいていく。
ただ捉えた手はそのままに――――