異母妹との出会い 3
「何も存じ上げずに、無神経な事をお聞きしました」
そう謝罪をしたマリアージェに、
「お気になさらないで」
とリリアセレナは晴れやかな顔で笑った。
「もうすべて過去の事ですもの。
それよりもマリ姉様の馴れ初めをお聞きしたいわ。
出会いはどういう風でしたの?
八つの時からずっと同じ邸宅でお過ごしになって、どうやって恋を育まれましたの?」
リリアセレナが興味津々で聞いてきて、「そうですわね」とマリアージェは出会った頃の当時に思いを馳せた。
あの時、マリアージェは八つになったばかりだったけれども、一目で新郎のイエルに心を奪われた。
単調な世界に鮮やかな色彩が落ちてきたあの稀有な瞬間を、自分は生涯忘れる事はないだろう。
その後は互いの恋バナで大いに盛り上がり、十日間の滞在を終えてスラン公国に帰る頃には、マリアージェとリリアセレナは幼い頃から一緒に育った姉妹のようにすっかり打ち解けていた。
七月にはリリアセレナ家族がプランツォ家を訪れるという約束を交わし、マリアージェ達は別れを惜しみながらアンテルノ邸を後にした。
さて、リリアセレナのところから帰ってほどなくしてマリアージェは猫を飼い始めた。
リリアセレナが飼っていた猫がとても可愛らしく、自分も同じように猫を愛でたいと思うようになったからである。
伝手を通じて取り寄せたのは真っ白い子猫で、瞳の色は柔らかなイエローだ。
ちっちゃな肉球はぷにぷにと柔らかく、一日中でも触っていられるが、余り構い過ぎると機嫌を損ねるので、そこはきちんと気を付けている。
甘えん坊のくせに、気が乗らないととことん飼い主を無視する気まぐれな猫で、反面、ややビビりなところもあった。
ある時、面白がって部屋の中を駆け回り、振り返った先に鏡の中の自分を見つけたその子は、その場で腰を抜かし、ぶわっと毛を逆立てていた。
一番激しかったのがしっぽであり、通常の二倍くらいの太さになったのにはマリアージェの方が驚いた。
その後、ちらりとマリアージェを見たその猫は、『私は驚いてなんかいませんよ』と言う顔で、つんと尻尾を立てて鏡の前を通り過ぎていたため、マリアージェは必死に笑いを堪える事になった。
ちょっぴりプライドが高く、繊細で愛らしいこの子猫にマリアージェはもう夢中だ。
「シロ」と名付け、時間を見つけては遊んでやっていたが、この名前を初めて聞いたイエルは何とも言えない顔で黙り込んだ。
「ええと、この子にはもっとこう、高貴な名前が似合うと思わない?」
「そう?」
雪や雲のように真っ白い猫だから、「シロ」。単純明快でとても分かりやすい。
マリアージェ的にはこれ以上の名前は思い浮かばなかった。
一番ぴったりくる名前だけど……と首を傾げていたら、
「うーん、まあ、君の猫だしね」
イエルはあっさりとそう答えを返し、プランツォ家の猫の名前は「シロ」で定着した。
さて、七月になると、トラモント卿夫妻が四人の子どもと一緒にスラン公国にやって来た。
リリアセレナには七つと五つになる男の子がいて、下の子二人は女の子である。
二か月ぶりに従兄妹と再会したプランツォ家の子ども達は大喜びで、男の子達は意気投合して庭を駆け回り、女の子は仲良く庭遊びやままごとなどをして遊ぶ事となった。
知識欲旺盛なユリフォスは養蜂場が見てみたいとイエルに頼み、二人は連れだって養蜂場のあるツープに出掛けていった。
だだっ広い草原に木製の巣箱が並んでいるだけの地味な光景だったが、蜂蜜の濾過機や蜜蝋を作る道具なども見せてもらい、ユリフォスは大いに満足したようだ。
マリアージェはリリアセレナと一緒に子ども達の部屋を覗き、ある時は庭園の一角に白いリネンを敷いてピクニック気分で姉妹だけのティータイムを楽しんだ。
公都で人気の菓子店から一口サイズのビスキュイを取り寄せて、二人で一つ一つを品評する。
子ども時代にできなかった事を取り戻すように、二人で顔を寄せ合っておしゃべりに興じ、何でもない事でくすくすと笑い合った。
晩餐の後は、四人でカードゲームも楽しんだ。
一度ほど、イエルがユリフォスを誘ってボードゲームをした事もあったのだが、数手先に広がる盤面すべてを瞬時に思い描けるユリフォスには到底歯が立たなかったようだ。
「太刀打ちできるレベルではないな」
イエルはあっさりと兜を脱いだが、その実力が並外れている事を知って、ある余興を思いついたようだ。
翌日、プランツォ家で開かれた夜会で、イエルは面白い趣向をユリフォスのために用意した。
それはユリフォス一人に対し、三人が同時にボードゲームを挑むというもので、今までにない試みに招待客らは大いに沸き立った。
腕に覚えのある貴族らが我先にと名乗りを上げ、前代未聞のゲームに周囲は固唾を呑んでその様子を見守る事となった。
同時に複数人というのはユリフォスにとっては初めての経験だったが、焦りはなかった。
要はそれぞれの相手に対し、最良の一手を打っていく繰り返しであるからだ。
冷静に盤面状況を読み取り、長考する事なく淡々と駒を進めていき、ユリフォスはほどなく三人全員を投了に追い込んだ。
場は大いに盛り上がり、これをきっかけにユリフォス・トラモントの名はスランの社交界に知れ渡ったようである。
翌日からは、ユリフォスとの対局を求める貴族からの招待状がプランツォ家に舞い込むようになり、イエルはその応対に大わらわとなった。
一方のユリフォスは、このような対戦を思いついたイエルに心底感服したらしい。
マティスに持ち帰るいい土産話になったと大層喜び、滞在を十二分に楽しんだリリアセレナ共々《ともども》何度も礼を言い、名残惜しそうにマティスへと帰って行った。
その後、九月にはアンシェーゼ皇国の家族会でリリアセレナ夫妻と再会する予定でいたが、生憎それは実現しなかった。
思いがけず、リリアセレナの妊娠が発覚したからである。
おめでたであれば、長旅など以ての外だ。
トラモント卿とリリアセレナからはそれぞれ詫びの手紙が届けられたが、そこは気にするところではない。
皇后陛下からも体を一番に厭うようにと文が届けられ、家族会は一年延期となった。
その翌年の春あたりから、アンシェーゼ皇家には次々と慶事がもたらされる事となった。
まず、アンシェーゼの重臣、ラダス卿に降嫁していた第三皇妹セディアが男児を産み落とし、翌月にはトラモント卿夫人リリアセレナが五番目の子どもを出産した。
そして、二か月後に発表されたのが皇弟セルティスの婚約である。
相手の女性の家格は低く、皇族妃となれるような血筋では到底なかったが、国内から反発の声が上がる事はなかった。
その女性――オルテンシア嬢は軍食の改善に尽力し、皇家直属の三大騎士団から絶対的な支持を得ていたからだ。
功績を重く見た皇后陛下によって侍女の一人に抜擢され、皇宮で仕えるうちに皇弟に見初められて名門貴族の養女となり、この度の慶事へと繋がった。
名もない下級貴族から皇弟妃へ。
まさに、庶民に人気の出世物語『捨て野良の下剋上』を地で行っている。
母様以上の玉の輿だわとマリアージェはしみじみと感服し、どのような女性なのだろうと大いに興味をそそられた。
一方、マティス公国に暮らすリリアセレナの産後の肥立ちは良好で、夏前には体調も完全に戻ったらしい。
当初の予定通り、秋にはアンシェーゼを訪問したいという旨がトラモント家から皇家に伝えられた。