異母妹との出会い 1
少し話が遡りますが、マリアージェが皇后ヴィアから家族会の手紙をもらった頃のお話です。
手紙を機に異母妹と会ってみたいと思うようになり、実際に会いに行ってからのあれこれを三話にしてみました。
最後のおまけ話で、皇家の事情にもちょっと触れたいと思います。
異母妹のリリアセレナに会ってみよう。
マリアージェがそんな事を思いついたのは、故国アンシェーゼ皇国の皇后陛下からの手紙がきっかけだった。
同じ離宮で育ちながら、一度も顔を合わせる事なく、そのまま離れ離れとなった一つ下の妹。
同じセクルト連邦の隣国マティス公国に嫁いでいる事は知っていたけれど、全く交流のない相手であったので、連絡を取ろうと考えた事は今まで一度もなかった。
けれど今頃は、その妹のところにも自分と同じように皇后陛下からの文が届いている筈だ。
「ねえ、イエル様。わたくし、マティスに嫁いだ異母妹に連絡を取ってみようかと思いますの」
俄に見も知らぬ妹の事が気にかかり始め、そわそわとそんな事を口にしたマリアージェに、イエルは笑顔で頷いた。
「そう言えば、君の妹はマティス公国のフォン・アンテルノ家に嫁いでいるんだったね。
血の繋がりはないが、アルンスト伯母上の遠い親戚にあたると聞いた事があるよ」
「え。そうだったのですか?」
マリアージェは本気で驚いた。
「遠い親戚って、どのくらい遠い関係なのでしょうか」
「うーん。確か伯母上の甥の奥方の、その兄君の奥方の……ええと、弟? じゃなくて兄君が……何だったかな?」
ぶっちゃけほとんど他人である。
「まあ、取り敢えずアルンスト伯母様のご親戚に当たる方ならば、わたくし達も親戚同士だと考えて間違いありませんわね」
マリアージェがそう言い切ると、
「……そうだろうね、きっと、うん。多分」
とイエルは首を傾げながらも同意した。
「では、まずはその伝手で文を出す事に致しますわ。
いきなりアンシェーゼ皇家の家族と交流を持つよりも、まずは隣国に暮らす妹との関係改善が大事ですもの」
という事で、マリアージェは翌日には文を認め、それを親族経由でマティス公国のアンテルノ家へ届けてもらう事にした。
いきなり姉を名乗る人間から連絡が来て不審に思われはしないかしらとマリアージェは密かに気を揉んだが、どうやらリリアセレナはこの突然の便りを歓迎してくれたようである。
すぐに返事を寄越してくれ、以来二人は親しく文を取り交わすようになった。
このリリアセレナは、七つでマティス公国の旧家、アンテルノ家に嫁いでいる。
夫のユリフォスとは十二歳違いで、現在は夫やその両親と一緒に暮らし、四人の子にも恵まれていると聞いた。
ここで一言付け加えれば、リリアセレナの現在の肩書はトラモント卿夫人だ。
旧家であるアンテルノ家は複数の貴族位を有しており、夫のユリフォスが家を継ぐと決まった時、トラモント卿の名が渡されたのだ。
文をやり取りする内に二人の姉妹はすっかり打ち解け、三か月後にはトラモント卿の招きを受け、家族六人でマティス公国を訪れる事になった。
スラン公国の公都からマティス公国のアンテルノ家の邸宅までは、馬車で凡そ二日半だ。
六人家族に乳母と侍女を足した計八名が二台の馬車に分かれて乗り、身の回りの品やお土産などを積んでの大移動となった。
五月の空は晴れ渡り、馬車の窓から吹き込む風が心地良い。
初めての旅に子ども達は大はしゃぎで、マリアージェもまた、初めて足を踏み入れるマティス公国の景色に目を奪われた。
スラン公国ではアイボリーの石灰岩を家壁に使っているため、すっきりと落ち着いた風景になっているが、国境を越えてまず目に飛び込んできたのは柔らかな黄褐色の石壁だった。
屋根には独特の色合いを持つ朱色の瓦が使われているようだが、一つ一つの建物が高いために沿道からは見えない。
ただ黄みがかった石壁は柔らかな風情を醸し出し、街全体に温もりが満ちているように感じられた。
馬車がマティスの公都に入れば街の色は再び変わり、柔らかかった雰囲気はぐっと引き締まった。
建物の石壁には青みがかったグレーの石材が使われ、街道沿いには堂々たる外観の老舗の店が立ち並ぶ。
柱やアーチ部分に濃い青灰色の石材を配した瀟洒な教会が姿を見せるようになり、特に大公家の洗礼堂の脇に立つ七階建ての鐘塔は、華やかな彫刻でマリアージェ達の目を引いた。
そうした街の様子を楽しみながら更に道を進めば、鬱蒼と生い茂る木々に周囲を囲まれた大邸宅が見えてきた。
どうやらあれがアンテルノ家の本宅であるようだ。
エントランスで馬車から降り立ったマリアージェ達は、大勢の使用人達に出迎えられた。
ほどなくしてトラモント卿夫妻が姿を現したが、ご夫君のユリフォス・ジュードは、上背のあるすらりとした体躯の男性だった。
柔らかな薄茶色の髪をしていて、眼差しには知性がきらめいている。
その妻であるリリアセレナは夫君よりも頭一つ分背が低く、ほっそりとして儚げな容姿をしていた。
姉妹だけれど全然似てないわねと、マリアージェは心の中で小さく呟いた。
マリアージェは目鼻立ちのはっきりとした華やかな顔立ちを褒められるが、リリアセレナはその真逆である。
神秘的な碧色の瞳をしていて、子犬のような人懐こさを感じさせるのに、一方でどこか近づき難い雰囲気を醸し出していた。
マリアージェよりも一つ下の二十四歳の筈だが、小柄な体躯と相まって年よりもかなり幼く見える。
予め聞いていなければ、七歳を筆頭に子どもが四人もいるなどとは到底信じられなかっただろう。
リリアセレナはマリアージェの子ども一人一人を優しく抱きしめた後、用意させていた居室にすぐに案内させた。
それからごく自然な所作でマリアージェに腕を絡めてきて、自ら応接間へと案内してくれた。
「礼儀も知らない妹だとお思いにならないで下さいませね。
もうずっと、来て下さるのを楽しみにしていたのですもの」
リリアセレナの腕はひんやりと滑らかで、桜色の唇からは白い歯が零れている。
その可憐さにマリアージェは思わず胸がきゅんとなった。
「こんなかわいい妹を嫌いになるなんてあり得ませんわ。
わたくしこそ、リリアセレナ様にお会いできて本当に嬉しく思いますわ」
「わたくしの事はどうぞリリアとお呼びになって」
リリアセレナは嬉しそうにそう言い、「両親や夫からはそう呼ばれているんです」とにっこり微笑んだ。
初対面の人間がこんな風に馴れ馴れしい態度をとってきたら、普通は嫌だと感じるだろうが、ことリリアセレナに対してはそういう感情が湧き起こらなかった。
一見、無造作に距離を詰めてきているように見えるが、相手への配慮や敬意がそこにはあり、リリアセレナはそこら辺のさじ加減を良く弁えている。
波長が合う事を敏感に勘づいて、するりとマリアージェの心の中に入り込んできた感じだ。
「では、リリア様。わたくしの事は、マリでよろしいですわ。
親しい友人はわたくしの事をそう呼んでおりますの」
そう答えながら、不思議な子だとマリアージェは心に呟いた。
快活さと繊細さを併せ持ち、あどけなさの中にもどこか言い知れぬ哀しみがある。
そうした二面性こそがリリアセレナの魅力なのかもしれなかったが、このアンバラスさは何なのだろうとマリアージェは内心首を傾げた。
「マリ姉様」
ふわふわとした甘い声でリリアセレナが自分を呼んできて、マリアージェは口元を綻ばせた。
どちらにせよ、こんな風に愛らしく名を呼んでくる妹を嫌いになれる人間などいはしない。
十二月二十七日に、「アンシェーゼ皇家物語4 禁じられた恋の果てに」が発売される事になりました。ヴィヴィアとロベルトの物語を主軸にして、リリアセレナとユリフォスの恋物語へ繋がっていきます。カバーイラストは、今まで同様、Ciel先生です。