レイマス家の血筋は天下無敵?
イエルとマリアージェの長男アルフォンドにまつわる、とても短いこぼれ話です。
「何てかわいいのかしら」
フィナン卿夫人ナディアが覗き込む先には、一人の赤子がすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
アルフォンド・プランツォ。
ナディアにとっては義甥に当たるイエル・プランツォの子どもである。
「うちの子も一か月の頃はこんな顔をしていたわ。とても懐かしいわ」
細い目にへちゃりと横に広がった鼻。
生まれたばかりの赤子は大体、のっぺりと押し潰されたような顔をしているが、生後一か月ともなればだんだん顔に個性が出てくるのが普通である。
けれどアルフォンドの場合、生まれた頃とほとんど顔立ちが変わっていなかった。
「ひいお祖父様のレイマス卿そっくりね。この子の父親もうちの夫も同じ系列の顔だけど、どうやらこの子もレイマス家の血筋をしっかりと受け継いだみたい」
「ええ」
楽しそうに首肯するのは、イエルの妻であり、アルフォンドの母でもあるマリアージェである。
「レイマス家の血筋って本当に侮れませんわよね。レイマスのお祖父様を初めてイエル様に紹介された時の驚きは今も忘れられませんわ。旧家の血筋、おそるべし! と思いましたもの」
話題にされている赤子は、まるで返事をするように急にうくんと声を上げ、眠ったまま口をちゅぱちゅぱさせ始めた。
「あらまあ。おっぱいを飲んでいる夢でも見ているのかしら」
まるまるとして血色の良いアルフォンドは、ひ弱とは無縁の健康優良児だ。
乳母の乳房に元気よく吸い付いて好きなだけ乳を貪り、腹が膨れると寝落ちする。
そのまま寝かせると、げっぷと一緒に乳が喉に上がってきて吐き戻す場合があるので、しばらくとんとんと背中をさすられて、無事にげぽぉっと吐けばそれでよし、出なければ空気を飲み込んでいないと判断されて、またベッドに寝かせられる。
飲んで寝て飲んで……を繰り返し、実に平和な生活だ。
「レイマス家のこの顔立ちを引き継いだという事は、将来は安泰ですよ」
ナディアから自信満々にそう言いきられ、マリアージェは「そうなのですか?」と目をぱちくりさせた。
「うちの夫や息子などは自分を醜男だと思っているようですが、この顔立ちに可愛げを感じる女性は本気でハマるものです。貴女だってそうでしょう?」
問われたマリアージェは迷いなく頷いた。八つでスランに嫁いで来たマリアージェの初恋は夫のイエルであり、その事を知らぬ親族はいない。
「そう言えば、ナディア伯母様は大恋愛をしてフィナンの伯父様と結婚されましたのよね」
元々ナディアはある名門貴族家の跡取り娘であったのに、レイマス家を継ぐ予定のフィナン卿と相思相愛になり、紆余曲折あった末に結ばれた。
フィナン卿はあの容姿で、一方のナディアは目鼻立ちのはっきりした圧巻の美女である。しかも双方共に家を背負って立つ身で、嫡男と跡取り娘との許されざる恋などと当時は散々騒がれたと聞いているが、結局、嫁ぐ予定だったナディアの妹が家督を継ぐ事で話がおさまり、無事二人の結婚が許されたと聞いていた。
因みにナディアの家の婿に収まったのは、妹の婚約者であった令息だ。家督を七つ下の弟に譲る事で、問題の解決を図ったようである。
それを考えれば、レイマス家特有のこの顔立ちはある意味最強なのかもしれないと、秘かに心に呟くマリアージェだった。
お読み下さってありがとうございました。また、先日「仮初め寵妃のプライド」にレビューを頂き、ありがとうございました。この場を借りてお礼を申し上げます。