ちょっとしたこぼれ話 ステファノの指しゃぶり
里帰り編で登場したステファノが可愛かったので、短いこぼれ話を書いてみました。
マリアージェの次男のステファノには困ったくせがある。
もうすぐ三つになるというのに、未だおしゃぶりが止まないのだ。
といっても赤子が口に咥えるようなおしゃぶりではない。ステファノは大人がちょっと目を離した隙に、自分の左親指をしゃぶってしまうのである。
一歳になる前の赤子が指を吸うのとは訳が違う。
ステファノはやんちゃな子であるため、元気よく外を走り回る。その時に池の中に手を突っ込む事もあれば、庭園を這う芋虫を指でつまんでいる事もある。
そんな子がしょっちゅう親指を口に突っ込むのだ。
いつか盛大に腹を下すか、下手をすれば変な病気に罹ってしまうかもしれない。
乳母は必死になってこの癖を止めせようとしたが、ステファノは乳母の言う事を素直に聞くようなタマではない。
困り切った乳母は、ステファノの母であるマリアージェにご注進に及ぶ事にした。
「何とか止めさせないといけないわね」
マリアージェはちょっと考え込み、即座に決断を下した。
「唐辛子をすりつぶして、その汁を指に塗っておきなさい」
「と、唐辛子ですか」
「ええ。庶民療法よ。これをすれば一発で直ると聞いた事があるわ」
「……畏まりました」
という事で、ステファノの左の親指には唐辛子の汁が塗りつけられた。
何にも考えていないステファノはその後、散々兄のアルフォンドと庭を駆け回り、そして何気なく左手の親指に吸い付いた。
「うぎゃん」
今まで味わった事のない痛みが脳天を貫き、ステファノは涙目になってペッと指を吐き出した。赤子の頃から吸い慣れていた左親指は、今日は何故か舌が痺れるほどに辛かった。
それを何回か繰り返され、ステファノはついに学習した。
左親指は吸ってはいけないものだ。
そう学習すればよかったのだが、大人の思惑通りにいかないのが子どもという生き物である。
ステファノは指に吸い付く前に唐辛子を洗い流すという技を覚えた。
水で丁寧に親指を洗い、そしてぱくんと口に咥える。
ある日、庭の泥水でせっせと手を洗い、そのまま親指を口に突っ込んだステファノを見て、マリアージェは絶句した。
ステファノが指しゃぶりを止める日は本当に来るのだろうか……とマリアージェは随分気を揉んだが、ほどなくその問題は解決した。
ある日、ステファノの弟のジェイが、ステファノの左親指にある丸いこぶのようなものを見つけて、不思議そうに聞いたからだ。
「兄たま、それ、なあに?」
知る人ぞ知る吸いダコである。長年指しゃぶりをしていると、のっぺりとしたこぶが指にできるのだが、それをすぐ下の弟から指摘されたステファノは子ども心に強烈に恥ずかしかったようだ。
ステファノは一晩悩み抜き、翌日、指しゃぶりを無事に卒業した。