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型破り元皇女の里帰り17 ~四人の姉妹~


 十九年ぶりの里帰りはたくさんの出会いと喜びをマリアージェにもたらせた。


 夜会の翌日には夫や子ども達とミダスの街を馬車で観光し、午後は末妹のマイラを含めた姉妹四人でサロンでのお茶を楽しんだ。


 シアが教えてくれたフランベのパフォーマンスは最高だった。

 カットされたフルーツの上に炎を纏ったリキュールが目の前で注がれ、圧巻のパフォーマンスに誰もが言葉を失った。

 リキュールの香が仄かに感じられるフルーツも申し分なく、その趣向にすっかり魅せられたマリアージェは、今度はイエルを誘ってもう一度こちらに来ようと密かに心に決めた。

 

 姉妹四人でのおしゃべりはとても楽しかった。

 四人の中で一番位が高いのは側妃殿下を母に持つマイラ殿下で、まだデビュタント前とはいえ皇妹として広く周知されている。

 マイラが余計な注目を浴びないようにと、皇后は衝立のある特別席を用意して下さり、そこで四人は心置きなく姉妹の会話を楽しんだ。


 父帝のパレシスには子どもが七人いて、髪は皆金髪だが、瞳の色は異なっている。

 アレク帝と第三皇妹のセディア、第二皇弟のセルティスは父譲りの琥珀色を瞳に宿しており、マリアージェは澄んだ湖水のような青、残る三人は神秘的な緑の瞳だ。


 とはいえ、同じ緑でも三人の瞳の色は微妙に違い、リリアセレナがやや青みがかった緑色であるのに対し、末弟のロマリスは茶色が混じったようなグリーンをしている。

 純粋なライトグリーンの瞳を持つのは末妹のマイラだけで、美しく澄んだ緑瞳グリーンアイは極上の翠玉エメラルドを思わせた。


 そのマイラは、サロンを訪れるという事で少しでも大人っぽく見せたかったのだろう。

 豊かな金髪を緩く結い上げて唇に薄く紅を引き、シックな装いのドレスを身に纏っていた。


 母君のセクトゥール妃は繊細な感性を持つ大人しやかで儚げな女性だが、マイラ殿下はちょっぴりおしゃまな感じで、とにかく愛らしい。

 人懐っこい性格で、父を知らぬ陰りというものを全く感じさせなかった。


 恋に恋する年頃であられるためか、マリアージェやリリアセレナの恋物語をやたらと聞きたがり、年の離れた夫の気持ちをどうやって惹きつけたのかという点を特に詳しく聞きたがった。


 男性に自分を意識させる仕草や手管について語らせれば、この皇宮で自分の右に出る者はいないとマリアージェは自負している。……あくまでマリアージェ視点ではあるが。

 年の離れた妹にいろいろ教えて上げたかったが、誰が聞き耳を立てているかわからないサロンでそれを伝授するのはいささか躊躇われる。

 なので、別の日に水晶宮でお教えしますわねとマイラと約束した。


 横でそれを聞いていたリリアセレナが、「まさか、あれを教えるおつもりなの?」と慌てたように聞いてきたから、「初級編か、せいぜい中級編までですわよ」とこそっと返しておいた。

 さすがに、リリアセレナに教えたような上級編、応用編を、十一歳の皇女様に伝授する気はない。

 マリアージェだって、その辺の匙加減さじかげんはちゃんとわかっているのだ。


 恋物語でひとしきり盛り上がった後は、自然、亡き父帝の話になった。


「マイラ様はパレシス帝と会われた事は?」

 そう尋ねたリリアセレナに、マイラは「生前は一度もありません」と首を振った。

「亡くなったと聞いて母と最後の挨拶に伺いましたけれど、お姿を見たのはそれが最初で最後です」


「わたくしも同じようなものですわ」と、セディアも頷きながら言葉を足した。

「嫁ぐ前に一度だけお会いしましたが、緊張していたせいか何も覚えておりませんの」


「わたくしはとても不愉快な言葉をかけられた事を覚えていますわね」

 マリアージェは当時の事を思い出し、幾分うんざりと首を振った。


 よりによってあの鳥頭パレシスは、これから他国に嫁ぐ僅かな七つの娘に向かって、『せいぜい国のために役立て』と言葉をかけてきたのだ。

 今、思い出しただけでも腹が立つ。


「わたくしは何と言葉をかけられたのかしら。

 みすぼらしいとか貧相だとか、確かそんな類の言葉をかけられた覚えはあるのですけれど」

 リリアセレナは軽く首を捻り、

「当時は傷付きましたけれど、今となっては笑い話のようなものですわ」と締め括った。


「わたくしにとって父とは、わたくしを守り、育ててくれたアンテルノの父だけ。

 かの方の事は父とも思っておりません。

 アンシェーゼにも全くいい思い出がありませんでしたから、皇后陛下から里帰りを誘われた時も、どうお断りしようかとそればかり考えていたほどですの」


「え。そうなのですか」と驚くセディアに、

「そしたらマリ姉様がわたくしに文を下さって……」


 リリアセレナが楽しそうにマリアージェの方を見つめてきたため、マリアージェは苦笑しながらその続きを引き取った。


「同じセクルト連邦に嫁いだ者同士、これを機に姉妹で仲良くしたいと思いましたの。

 それですぐにリリア様に連絡を取って、三か月後には遊びに行かせていただきましたわ」


「姉妹で家を行き来できるって素敵ですわね」

 マイラが声を弾ませた。


「わたくしは父帝が亡くなって初めて、自分に兄妹がいると知ったんです。

 保護されたロフマン騎士団の要塞で初めてヴィア姉様にお会いしたのですが、家族と言えば母しか知らなかったわたくしに、これからは姉と呼ぶようにと言って下さって……。

 あの時はとても嬉しかった」


「あら、兄妹の中で最初に会われたのはヴィア皇后でしたの?」

 そう尋ねたマリアージェに、マイラは「ええ」と頷いた。


「他国に嫁がれた姉君には会わせてあげられないけれど、兄君にはいずれ会わせて上げましょうね。そうヴィア姉様がおっしゃって、アレク兄様やセルティス兄様をわたくしに紹介して下さいましたの。

 ヴィア姉様はその後、遠くに静養に行かれて、文を出す事も禁じられてしまいましたけど、代わりに二人の兄様方がわたくしを気にかけて下さるようになりました。


 なので母は今でも、ヴィア皇后に感謝しておりますわ。

 もし兄様方に引き合わせていただけていなかったら、わたくしは今も母と二人きりで、誰からも忘れられたまま碧玉宮に暮らしていたでしょうから」


 マリアージェはセクトゥール妃の家系図を記憶から引っ張り出した。

 セクトゥール妃の生家はミダスの北に領地を持つアダモス家で、家格自体は悪くない。

 だからこそ、皇帝のお手付きとなってすぐに側妃に立妃されたのだ。


 ただしセクトゥール妃を盛り立てるほど、家の勢いはなかったのだろう。

 それにマイラ殿下が三つの時までは、皇后トーラが存命していた。

 離宮に捨て置かれた愛妾に対してさえ、息のかかった侍女を配して嫌がらせを行ったトーラ皇后だ。

 側妃の称号を賜ったセクトゥール妃に何も手を出さなかった筈がない。


 セクトゥール妃がもし男児を産んだのであれば、懇意になりたがる貴族も出てきたかもしれないが、生まれたのは皇位継承権を持たない皇女殿下だった。

 貴族らにとって旨味は一切なく、そのせいでセクトゥール妃は生家からも切り捨てられたのかもしれないと、マリアージェはぼんやりと心に呟いた。


「マイラ殿下とは事情が違いますけれど、わたくしも同じようにシーズで孤立しておりましたわ」

 控えめにそう口を開いたのは、第三皇妹のセディアだった。


「嫁いで数年後に母を亡くし、頼る相手もおらず、このまま朽ち果てるしかないと思っていたのですけれど、兄帝と縁を繋ぐ事ができ、無事に故国に戻る事ができましたの」


 セディアは八つの時にシーズの貴族に嫁したが、婚家の義父母から虐げられて監禁同様の生活を送っていたらしい。

 故国を離れて十年以上が経ったある日、たまたま兄帝の側近がシーズを訪れたと知り、伝手を辿って窮状を知らせたと聞いていた。


「そう言えば、助けを求められたのは今のご夫君であるラダス卿と伺っていますけれど、どうやって繋ぎを取られましたの?

 セディア様はわたくしと同じ離宮育ちで、アンシェーゼ貴族に知り合いはいなかったと思うのですけれど」


 そう尋ねたリリアセレナに、

「夫が滞在していた館に勤めていた侍女が、たまたまわたくしの侍女の知り合いでしたの。

 それで直接文を手渡してもらったのですわ」


「ラダス卿は驚かれませんでしたか?」


「驚いたというか、文の差出人の名を見ても、咄嗟に誰の事かわからなかったそうです。

 思い当たった時には思わず椅子からずり落ちそうになったと言っておりましたわ」


「あらまあ」

 マリアージェとしては苦笑いするしかないが、故国では自分達の存在はほぼなかった事にされていた。

 ラダス卿が名前を思い出しただけでも大したものだと言えるかもしれない。


「ここだけの話、あの時点でもしアレク帝がヴィア妃を皇后に迎えていなければ、自分はその文を握り潰していただろうと、夫は後でわたくしに打ち明けてくれました。

 勿論、アレク帝には後で報告した筈ですが、それでも結果は変わらなかっただろうと」


「……それは、セディア様が苦しい立場にあると知って尚、放っておかれたという意味でしょうか」

 リリアセレナが気遣わしげに問い掛けるのへ、セディアは「無理もありませんわ」と柔らかく瞳を伏せた。


「ご存じの通り、わたくしの母は平民で皇妹としての価値はほぼありませんでした。

 十年以上も前に他国に嫁いだ顔も見知らぬ皇妹がたまたま不遇の人生を送っていたからといって、皇帝がわざわざ手を差し伸べる必要などなかったのです。

 それに当時わたくしはシーズで複雑な立場に置かれていて、アンシェーゼが下手に口を挟めば、シーズ王の不興を買いかねない状況にありましたの」


「国益を損ねてまで助ける意味などない。……そう判断されただろうという事ですね」


 マリアージェは吐息混じりに呟いた。


 統治者は国の利を一番に考える。

 そうやって切り捨てられる方は堪ったものではないが、小を捨てて大に就く事は皇帝としては決して間違った判断ではなかった。


「当時、陛下にとってわたくしは他人も同然でした。

 わたくしもずっと、自分に家族はいないと思い込んでおりました。

 でも、末弟のロマリスが罪を許されて皇族に復帰したと噂で伝え聞いて……、一縷の望みを抱いてしまったのです。

 罪を犯した異母弟が許されたのであれば、わたくしも救ってもらえるのではないかと」


 それで勇気を出して助けを求めたのかと、マリアージェはようやくセディアの行動を理解した。


「わたくしの窮状を知ったアレク帝はすぐに動いて下さいました。

 必ず助けるという言葉をいただいてどんなに嬉しかったか、言葉に表す事はできません」


 セディアは僅かに涙ぐみ、それを恥じるようにそっと指の先で涙を払った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 考えてみれば当たり前だけど、リリアが故郷に抱いていた感情が…。里帰りで変わったようなのが救いです。マリアージェは兄妹が揃った影の立役者だったんですね。 [気になる点] 上級編、応用編…確か…
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