型破り元皇女の里帰り11 ~お茶会にて~
その後、アレクがテラスの方へ顔を見せ、皆で会食の間に移動した。
昼餐後は男性陣と女性陣に分かれ、アレク達はボードゲームを楽しむために場所を移り、女性達は皇后宮に招かれてお茶を楽しむ事となった。
ただしセクトゥール妃だけは茶会への出席を辞退された。
聞くところによると、ここ最近体調を崩していらっしゃるようで、昼餐後は翠玉宮に戻られて午睡をされるらしい。
何か滋養のつくものを運ばせましょうと、皇后が声をかけておられた。
さて、マリアージェやリリアセレナ家族は皇宮に九泊する予定だが、出立の日は朝餐後に皇宮を発つようになるため、こちらでのんびり過ごせるのは今日を含めた八日である。
この日はお茶会の後、迎賓宮に戻り、母セルデフィアの訪問を待つ予定となっていた。
セルデフィアはこの日の夕刻に到着し、迎賓宮に一泊する。
本来なら、貴人が泊まる迎賓宮に商人を宿泊させるなどあり得ないが、皇后は母娘が十分に再会を喜び合えるようと、居室の一つをセルデフィアのために用意してくれた。
セルデフィアは翌昼過ぎまでマリアージェ家族と時間を過ごした後、皇宮を辞する事となる。
母を見送った後は、休む間もなく皇宮主催の晩餐会に向けての支度にとりかからなくてはならない。
この晩餐会はアンシェーゼ国内の主だった貴族らを集めた盛大なもので、マリアージェ達はここで皇帝の異母妹として正式に披露される予定だ。
生まれて以来ずっと離宮に放置され、そのまま他国へと出された自分が、よもや十九年の時を経てこのような華々しい場をもうけてもらえるなど、夢にも思った事がなかった。
こうした機会をもうけてくれた兄帝に対しては、ただ感謝しかない。
さて、予定が立て込んでいるのはこの晩餐会までで、他の催事と言えば、滞在六日目に予定されている狩りと、最後の夜の家族晩餐会くらいである。
それ以外は自由に予定を立てていいと皇后から事前に言われていた。
十日間の滞在をどう楽しもうと、マリアージェはうきうきと考えを巡らせる。
子ども達は好きな時に水晶宮を訪れていいと言われているから、ほぼ毎日、従兄妹達と遊ぶようになるだろう。
セルティス殿下やマイラ殿下、ロマリス殿下も自分の宮殿に来て欲しいと言っているようなので、日替わりで殿下方の宮殿にお邪魔するようになるかもしれない。
時には家族六人で庭園散策をするも良し、夫と二人で歌劇場のサロンを訪れるのも楽しそうだ。
せっかくの機会なので姉妹で交流の時間もとりたいし、個人的には母が話してくれていた掌広場の硬貨投げをこの目で見たかった。
が、それを実行するには一つ大きな問題があった。
確かそこは、庶民の集いの場所だと聞いている。
馬車でその場所につけてもらう事は可能だが、貴族夫人であるマリアージェがそこを訪れれば、悪目立ちしてあまり楽しめないのではないだろうか。
という事で、どうすればいいのかをマリアージェは経験者に尋ねてみる事にした。
「掌広場に行かれるのでしたら変装が必要ですわ」
問われたヴィアは人差し指を顎に当て、いたずらっぽく微笑んだ。
「そうですわね。
マリ様は立ち居振る舞いがお美しいから、普通の平民では無理があるでしょう。
裕福な商家の若奥様風なんて如何?」
「商家の若奥様風?」
思わぬ提案に、マリアージェは目を丸くした。
「ええ。変装用の衣装はご心配なさらないで。こちらでいくつか用意させますから。
ドレスは踝丈のものにして、編み込みのブーツを合わせるとよろしいわ。髪は勿論、きっちり結い上げてね。
ああ、楽しみですこと。わたくし、そういうのが得意ですのよ。
出かける日は是非、皇后宮にお寄りになって。
わたくしが監修をして、こっそりと外に出して差し上げるわ」
めちゃくちゃノリノリである。
一方のマリアージェも、庶民風に髪を結い上げ、短めのドレスに編み込みのブーツを履いた自分の姿を想像して、胸を高鳴らせた。
「何て素敵なんでしょう……!
わたくし、そういう格好を一度してみたかったんですの。是非願い致しますわ」
声を弾ませるマリアージェに、
「マリ姉様、わたくしも一緒に行っては駄目ですか?」
リリアセレナが上目遣いにお願いしてきた。
「皇后陛下から掌広場のお話を伺って、とても気になっていましたの。
でも一人で出かけるような勇気はなくて諦めていたのですけど……」
「まあ! 一緒に行って下さるならこんなに嬉しい事はありませんわ。
夫は余り興味がない風で、無理やり付きあわせるのも申し訳ないと思っておりまして」
「良かった! じゃあ、女性同士でのお忍びになりますわね」
意気投合して笑い合う二人に、下の妹のセディアがおずおずと口を挟んできた。
「あの……、わたくしもご一緒しては駄目でしょうか。
お忍びでどこかに出かけるなんて一度もした事がないんです。
叶うなら、わたくしもしてみたいですわ」
「勿論ですとも!」
「ええ。是非ご一緒に」
マリアージェとリリアセレナが口々に了承し、セディアはぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!」
「外出時には、人目につかぬ形で街中に騎士を配置しておきますから安心なさってね」と、ヴィアが言葉を添える。
「掌広場に着いてからだけど、多少事情を知る者がいないと楽しめないかしらね……」
ヴィアはちょっと考え込んだ後、何を思いついたようにシアの方を振り向いた。
「ねえ、シア。貴女は確か、硬貨投げをやった事があるのよね。
貴女ならお三方の事情も良く知っているから安心だわ。
三人が楽しめるように案内して差し上げて」
「わたくしが?」
シアは驚いたようにヴィアを見た。
「ええ。マリ様達は街歩きをなさった事がないから、戸惑う事も多いでしょう。
護衛役の騎士は一人つけますけど、その者に案内させるより、貴女にお願いしたいわ」
「かしこまりました」
シアは軽く頭を下げた後、「陛下、ありがとうございます」と嬉しそうに礼を言った。
「わたくしがお願いしたのに、どうしてあなたがお礼を言うの?」
「侍女としてお仕え申し上げていた頃、もう一度街歩きがしたいと零してしまった事がありましたもの。
陛下はそれを覚えていて下さったのでしょう?
わたくし、あんな風に自由に街を散策する事は二度とないと思っていたのですけど、その機会を与えられるなんてこれほど嬉しい事はありませんわ」
その言葉に、マリアージェは首を傾げた。
「あの……、シア様はミダスの街をよく歩かれていたのですか?」
問われたシアは「はい」と微笑んだ。
「わたくしはセクルト地方東部の生まれで、年に何度か皇都ミダスを訪れておりましたの。
ミダスの郊外に別邸がありましたが、その邸宅に商家の者を呼ぶのではなく、わたくし自身が店舗に足を運んでおりました。
馴染みの店もありましたし、あの辺りにはいく分明るいと思いますわ」
「お店で買い物をされていたのですか」
セディアが不思議そうに口を挟んだ。
「わたくしはした事がありませんわ。
嫁いでからも、欲しいものがあれば家に商人を招いてもらっていましたから」
セディア様が嫁いだラダス家は名門中の名門だから、夫人自らが店を訪れる事はないだろう。
かく言うマリアージェも、邸宅に商人を呼ぶ派である。
旧家の嫡男の妻となったリリアセレナもおそらくそうである筈だ。
「お店で買い物というものを、一度やってみたいですわね」
リリアセレナが目を輝かせ、マリアージェも大きく頷いた。
「シア様。わたくし達が訪れてもおかしくないような店はありますでしょうか」
「商家の若奥様として店を訪れるのですよね」
マリアージェの問いにシアはちょっと考え込み、
「帽子屋や小物を扱う店は如何でしょう。いくつかご紹介できると思いますわ」
「では決まりですわね」
セディアが嬉しそうに言い、皆の笑顔が一斉に弾けた。
ひとしきり街歩きの話題で盛り上がった後、皇后が何かを思い出したように小さくあっと声を上げた。
「マリ様、リリア様、セディア様。
これはお三方にお願いなのですけれど、迎賓宮に滞在されている間に、一度マイラをミダスのサロンに誘ってやっていただけないかしら。
会った事もない甥や姪が来ると聞いてマイラは勿論大喜びしていたのだけど、マイラ以外の女の子は五歳より下の子ばかりで、一緒に遊ぶには少し年が離れているの」
「そう言えばそうですわね」
マリアージェは頷いた。
男の子はマリアージェの嫡男アルフォンドを筆頭に九歳から四歳までの子が七人いて、大体年齢が揃っている。
けれど女の子の方は、マイラ殿下だけが最年長の十一歳だ。
普段から年下の子の相手に慣れているのか、よく面倒を見ておられたが、十一歳と言えば確かに大人の仲間入りもしたい年頃である。
「わたくしは構いません。
というよりも、こちらからお願いしたいくらいですわ」
リリアセレナがそう言えば、セディアもまた、「是非ともご一緒したいですわ」と同意する。
「では、決まりですわね。ああ、とても楽しみですこと」
マリアージェはそう言った後、ふとある事に気付いてヴィアに尋ねてみた。
「硬貨投げにマイラ殿下を誘わなくても大丈夫なのですか?」
「ええ。そちらは心配なさらないで」
ヴィアはにっこりと微笑んだ。
「マイラとロマリスは、今度セルティスが連れて行ってやる予定なの。
セルティスが張り切って予定を立てていたから、あの子に任せるつもりよ」
「マイラ殿下やロマリス殿下は大喜びされるでしょうね」
リリアセレナが楽しそうに言い、その様子を心に思い描いてマリアージェは思わず笑みを弾けさせた。
「もしかすると、レティアス殿下やアヴェア殿下も、いずれ掌広場に行くようになるのかしら」
そう呟いた後、むしろ行かないという選択肢の方があり得ないとマリアージェは思い直した。
何と言ってもこの皇后陛下の御子様なのだ。
「きっと行かれますわね」
返事を待つまでもなく、さっさと自分で結論付けたマリアージェに、シアが楽しそうに言葉を重ねた。
「その時はきっと叔父上のロマリス殿下が連れて行って下さるでしょう」
「わたくしもそんな気がするわ」
ヴィアが晴れやかな顔で同意した。
「ところで先ほどの話ですけれど、陛下お勧めのサロンはあるのでしょうか?」
リリアセレナがそう尋ねかけ、ヴィアは「そうね」と少し考え込んだ。
「庭園内に滝が作られたサロンを訪れた事があって、そこは景色が美しかったわ。
他に行ったところといえば、西方の異国風サロンとハープ演奏が聴けるサロンくらい。
セディアはどこかいい所を知っている?」
「そうですわね。
珍しいサロンと言えば、フェンネ劇場のサロンでしょうか。
マイラ殿下から伺った話では、可愛らしさを重視した少女向けのサロンのようですわ。
テーブルや椅子や壁紙などがすべてピンク色で統一されていて、フリルたっぷりのカーテンやクッションも配されているのだとか。
ああ。後、ちょっとしたパフォーマンスを見せてくれるサロンもあるようです」
「フランベを見せてくれるサロンの事ですね」
シアが楽しそうに口を挟んだ。
「フランベ?」とリリアセレナが首を傾げ、
「ごめんなさい。フランベとは何かしら」
「高濃度のお酒を降りかけて火をつける調理法ですわ。
そこのサロンでは、運んできたデザートに目の前でフランベを見せてくれるのです。
金属製の小さな柄杓でリキュールをかけてくれる時に火をつけるので、まるで炎が降りるように見えますの」
「先日セルティスが貴女を誘って行ったサロンね」
ヴィアがいたずらっぽく言い、「はい」とシアは仄かに頬を染めた。
「炎が降りるようだなんて……。その様子をわたくしも見てみたいですわ」
マリアージェが声を弾ませると、リリアセレナも「わたくしもそこがいいですわ」と賛同する。
「セディアもそれでいいかしら」
ヴィアの言葉に、セディアも嬉しそうに頷いた。
「では、日にちが決まったらそちらの席を手配しましょうね」
ヴィアが明るい笑顔でそうまとめた。
「マイラもきっと喜ぶわ」