型破り元皇女の里帰り7 ~水晶宮にて~
翌朝、皇后の招きを受けたマリアージェ達は、迎賓宮から馬車に乗って皇子方が住まわれる水晶宮を訪れた。
長旅の疲れもあったのだろう。子ども達は揃って寝坊をしてしまい、そのせいで当初の予定より訪問が大幅に遅れてしまった。
着いた時には皇帝とラダス卿夫妻を除く全員が水晶宮に揃っていて、広々とした二階の遊び場では十人近い子達が元気に遊んでいた。
トラモント家の子どもを見つけたアルフォンド達はすぐにでもそちらに駆け出そうとし、マリアージェは慌ててそれを止め、まずは皇后陛下と皇弟殿下に挨拶させた。
その後に紹介されたのが、マイラ皇妹殿下の母君であるセクトゥール側太妃である。
御年二十八歳。
神秘的な緑色の瞳を持つたおやかな女性で、ほっそりとしてどこか儚げな容姿をしておられた。
そのセクトゥール妃は抜けるような色白の面に柔らかな笑みを浮かべ、「遠路ようこそお越し下さいました」とマリアージェ達を労って下さった。
続いて、子ども達をシア嬢に紹介したところで、新しい遊び相手の到着を知った子ども達がわっと周りを取り囲んできたため、イエルとマリアージェは幼い殿下方に挨拶をさせていただく事にした。
最初に紹介されたのがレティアス皇太子で、淡い金髪と父譲りの琥珀色の瞳をした四歳の皇子殿下である。
非常に賢そうな顔立ちをされていて、目元の辺りが父君とよく似ていた。
その一つ下のアヴェア皇女は兄君よりも明るい金髪をしていて、瞳は同じ琥珀色だ。
一番下のフィオラディーテ皇女はこの十二月で二つになるらしく、皇后譲りの青い瞳をしていて、面立ちも三人の中では一番皇后に似ていた。
続いて紹介されたのが、マリアージェの異母弟妹である。
マイラ皇妹殿下は御年十一歳であられるようで、瞳は母君と同じ緑色だ。
その四つ下のロマリス皇弟殿下は茶色がかったライトグリーンの瞳をされていて、マイラ殿下と同じ鮮やかな金髪をされていた。
ロマリス殿下は幼い頃、育児放棄をされていたと聞いていたが、拝見する限り、鬱屈した陰りは見られない。
明るくはきはきとしたご気性が垣間見えた。
マリアージェの子らも殿下方に紹介させてもらい、一通りの挨拶が済むや、子ども達はあっという間に玩具のあるスペースに駆けて行った。
まるで台風一過である。
総勢十三人も子どもがいると、その姦しさは半端ない。
「男の子達はお父様によく似ていらっしゃるわね」
ヴィアが微笑みながら話しかけてきて、マリアージェは楽しそうに「ええ」と頷いた。
「長男のアルフォンドが一番似ておりますわ。顔立ちだけでなく、性格も夫にそっくりですの。
次男のステファノはとにかくやんちゃな子で、三男のジェイはステファノと正反対ですわ。大人しくて人見知りが激しいんです」
一番下のイリアーナはそんな兄三人から溺愛されて、要領よく甘え上手な子に育っている。
今もリリアセレナの長女アルジェンナにへちゃりとくっついて、専属の遊び相手になってもらっていた。
それぞれが元気よく散っていく中、ジェイだけはその賑やかさの中に入れずに、ちょっと離れたところでぽつんと立ち尽くしている。
大丈夫かしらとマリアージェが心配そうに眺めていたら、その様子に気付いたマイラが遊びの手を止めてジェイの方へ歩いて行った。
身を屈めて何事か優しく話しかけてやり、手を引いて皆のところに連れて行ってやる。
「マイラは年下の子の相手に慣れているから、見ていて安心だな」
セルティスの言葉に、「毎日殿下方と遊ばせて頂いていますから」とセクトゥール妃が笑う。
「叔母様と呼ばれているのが唯一の不満みたいですけれど、実際、叔母になるのですから仕方がありませんわね」
今もマイラとロマリスは、他の子全員から叔父叔母呼ばわりをされている。
マイラの次に年長なのは九つになるアルフォンドだが、マイラとアルフォンドは二歳しか違わないし、ロマリスに至っては自分より年上の甥が三人もいる。
上から見下ろされながら『叔父上』と呼ばれ、ちょっぴり嫌そうな顔をしていた。
さて、この場には皇族とその家族だけでなく、幼い殿下方の世話係をしている婦人らも控えていたため、結構な人数となっていた。
レティアス皇太子付きのビエッタ夫人、アヴェア皇女付きのエレイア夫人と、フィオラディーテ皇女付きのヴァレス夫人、そしてロマリス皇弟殿下の後見人のアルディス夫人である。
前者三人は公式乳母としてそれぞれの殿下方に仕えた後、現在はご養育係として殿下方の生活全般に関わっておられた。
皇族のご養育係や後見人に抜擢されるくらいだから、いずれも堂々たる大貴族の夫人ばかりだ。
「子ども達はしばらくはこのまま室内で遊ばせましょうね」
ヴィアがビエッタ夫人に話しかけ、夫人は微笑みながら、「飽きるようならわたくしどもが庭園の方に連れ出しましょう」と申し出る。
傍らにいたアルディス夫人も賛同するように頷いた。
とはいえ、今のところ子ども達は玩具に夢中のようだ。
当分外に連れ出す必要はないだろう。
と、お人形で遊んでいたイリアーナがぱたぱたとこちらに駆けてきて、マリアージェの膝に抱きついて甘えてきた。
急に母が恋しくなったらしい。
「イリアーナ様はおいくつになられますの?」
エレイア夫人の問いに、イリアーナは元気よく「四つになりました!」と答える。
「マリ姉上によく似ているな」
セルティスがしみじみと言い、マリアージェはすました顔で答えた。
「わたくしが八割で、夫が二割といった感じですわね」
「似てるってどこが?」
首を傾げるセルティスに、
「濃い褐色の髪に、ブラウンの瞳をしているところです」
「ああ、なるほど。確かにそうだ」
それを聞いたイリアーナは嬉しそうに顔を輝かせ、「イリィはお父様とお揃い!」と言いながら、今度はイエルの方に駆けて行った。
アルディス夫人と話していたイエルに向かって大きく両手を伸ばし、抱き上げてくれた父親にひとしきり抱きついて甘えた後、再び従兄妹達の所へ駆け戻って行く。
「子どもって一年経つと見違えるほど大きくなりますわね」
そんなイリアーナを目で見送りながらしみじみとリリアセレナが呟いた。
「昨年の八月に会った時には、どこか言葉もたどたどしかったのに見違えるようですわ」
現在、大人達は数人ずつののグループに分かれ、立食形式で飲み物を楽しんでいるところだ。
普通なら手軽につまめるカナッペなどが供されるところだが、子ども達がそれを見つけると大騒ぎになるため、お菓子の類は運ばれなかった。
マリアージェはセルティスやリリアセレナ、エレイア夫人とグループを作り、セクトゥール夫人の傍にはシアやユリフォス、ビエッタ夫人がいる。残り三人はヴィアと会話を楽しんでいた。
「本当に子どもの成長は早く感じますわ。リリア様のところは一番上が八つだったかしら」
マリアージェの問いに、リリアセレナが「ええ」と頷く。
「長男のルカーノが八つで、次男のフェイマスが七つ、下の娘二人は五歳と三歳になりましたわ」
「一番下のご令嬢は確かジェシーとおっしゃいましたわね。まだ三つなのに言葉がとてもしっかりしていらっしゃいますわ」
エレイア夫人の言葉に、リリアセレナは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。
誕生日を過ぎた辺りから急に言葉が増えましたの。
最近は姉のアルジェンナと一日中何かを喋っていますわ」
「今、マイラと喋っているのがアルジェンナだね。目の辺りがトラモント卿とそっくりだ」
セルティスがしみじみとそう言い、
「トラモント卿にそっくりという事は、そのお父君のアンテルノ卿とも似ているという事ですわ」
マリアージェはリリアセレナと顔を見合わせて笑った。
「アンテルノ卿も目元のすっきりとしたハンサムでいらしたもの」
「そうなんだ。妹のジェシーはアルジェンナとは似ていないね。
ああ、母親似なんだ」
「そのようですわ」とリリアセレナが微笑んだ。
「瞳の色も同じ緑ですし、並んだら親子だとすぐにわかると夫から言われます」
子ども達は、仔犬がじゃれ合うようにそこら中を走り回っていたが、やがて自然に男の子と女の子のグループに分かれ、女の子達はおとなしく積み木で遊び始めた。
一歳と九か月のフィオラディーテ皇女はまだいろいろと不器用で、遊ぶ中で時々置いてきぼりにされていたが、年長のマイラがうまく輪の中に入れてやっているようだ。
「あら、フェイマスは子ども用のボードゲームに夢中のようね。うちのジェイを誘って二人で遊び始めましたわ」
マリアージェの言葉にリリアセレナはくすりと笑った。
「あの子は数遊びとかボードゲームが大好きなんです。
ルカーノは外遊びが好きな活発な子ですけど、フェイマスは正反対ですわ。
外に連れ出しても、気が付けば枝で地面に線を引いて、一人でボードゲームもどきをしている事もあるくらい。
夫も小さい頃同じような事をしていたみたいで、自分と同じ数術馬鹿になるんじゃないかって笑っています」
「そう言えばトラモント卿は、ガランティア王立修学院の数学部に進まれておりましたわね」
エレイア夫人が納得したように頷き、
「修学院は教育の最高峰と言われておりますけれども、入学試験のみならず、進級試験もかなり難解だと伺った事がありますわ」
「ああ。学位を取って卒業できるのはそれぞれの学部でせいぜい一人か二人だとか。
それ以外は皆、留年か退学になると噂に聞いている」
「ですから夫のユリフォスも勿論、退学組ですわ」
セルティスの言葉に、リリアセレナがすました顔でそう答えた。
学位取得をこれほど難しくさせているのは、王立修学院の学位取得者にガランティアが一代限りの爵位を授与しているためだ。
出自ですべてが決まる身分制度社会においてはこれは画期的な制度であり、そのため他国からも修学院を志す優秀な人材は後を絶たなかった。
ユリフォスが最終学年まで在籍し、学位試験を受ける事ができただけでも相当な快挙と言えるだろう。
「フェイマスが大きくなって修学院に入学したいと言い出したら、トラモント卿は喜ばれそうですわね。
修学院はとても楽しかったと、今も折に触れて話されていますから」
マリアージェがそう言うと、リリアセレナは「ええ」と口元に笑みを浮かべた。
「あれほど楽しい学生生活はなかったそうですわ。
今回も修学院で知り合ったアンシェーゼ貴族のところにお邪魔させて頂く予定ですの。
何でもアンシェーゼには修学院を退学した者達で作ったフクロウ会という集まりがあるようで、そこに招待されているのですって」
「フクロウ会? 何故、フクロウですの?」
エレイア夫人が不思議そうに首を傾げるへ、
「フクロウは知識の象徴とされているからだそうですわ」
リリアセレナは楽しそうに説明した。
「ああ、それでフクロウ会なのですね……。これ以上ない命名ですわ」
「ええ。夫も感心しておりました。
夫も修学院出身の者達と時々集まっていますけれど、集まりに名前を付けるなんて考えもつかなかったそうですから」
そんな風に親同士が盛り上がっていた頃、男の子達の間ではちょっとした問題が持ち上がっていた。
プランツォ家とトラモント家の子らは名前が長い子を愛称で呼び合っていて、例えばアルフォンドならば『アル』、ステファノは『ステ』と呼ばれている。
ルカーノは『ルカ』だし、フェイマスは『フェイ』だ。
それに比べて『レティアス殿下』という呼び名は長すぎるとステファノが文句をつけたのだ。
「だって面倒くさいだろ?」
ステファノの声はよく通り、マリアージェは思わずぎょっと次男の方を見た。
元々やんちゃな子で、思っている事をずばずばと口にしちゃうタイプだ。
その上タイミングが悪い事に、スランを発つ数日前、マリアージェは母から教わった庶民言葉を、話のついでに子ども達にいろいろと教えてやっていた。
これは絶対に何かしでかす気がする。
マリアージェが密かに冷や汗をかいていると、仁王立ちしたステファノは周囲の子ども達の注目を集めながら皇太子に向かって堂々と言い放った。
「一々レティアス殿下って呼ぶの、長ったらしくて手間だしさ。
レティアス殿下はもうレティ殿下でいいんじゃね?」
「いいんじゃね?」
驚いた子ども達(ただし、プランツォ家の子どもは除く)の声が見事にハモった。
「……いいんじゃねって何?」
首を傾げるロマリスに、
「かっちょいい言い方だろ?」とステファノは得意そうに鼻の下を人差し指でこすった。
「まあ、悪くないよな」
ルカーノがそう続けて、
「うん。確かにレティ殿下の方が呼びやすい。それでいいんじゃね?」
瞬く間に子ども達の間に浸透していく庶民言葉だった。
「いや、いいんじゃね、はいいんだけどさ。
レティ殿下って何だよ。そこで切ったらおかしいだろ?」
反論するロマリスの隣で、叔父上頑張れ! というように、四つのレティアスがロマリスのシャツの裾をぎゅっと握り締めた。
どうやらレティ殿下という呼び方は気に食わなかったらしい。
「レティ殿下じゃだめかなぁ」
ステファノは不思議そうに言い、
「じゃあ、レ殿下?」
「一文字かよ!?」
思わずロマリスが突っ込んだ。
「だって、長いと面倒くさいし」
バッサリと切り捨てられたレティアスはぎゅっと唇を引き結んだ。
「め、めんどくさくなんてないもん!」
ここでようやくレティアスが言い返したが、半分涙目になっている。
名前を面倒くさいと言われて大いに傷付いたようだ。
「いやいや、呼ばれる側の問題じゃない。呼ぶ方が面倒くさいんだ。
殿下は、レティ殿下とレ殿下とどっちがいい?」
容赦のない二択を四歳の皇子に突き付けるステファノに、マリアージェは青ざめた。
未来の皇帝陛下に向かってなんて事を……!
マリアージェは仲裁に入ろうとそちらに足を向けたが、
「マリ姉上、落ち着いて」
セルティスが笑いながらそれを止めた。
「このくらいの言い合いは普通だろ?
別に手を出してる訳じゃないし、子ども同士で解決させるべきだ。
それにどっちかと言えば、向こうの方が気になるんだけど」
セルティスが目で指した先には皇女アヴェアとリリアセレナの娘ジェシーがいて、二人で積み木を積み上げて遊んでいた。