なぜ、ミナはオカルトサークルを訪ねるのか?
わたしは大学の廊下をミナさんと歩いていた。盗まれたデータの入った記憶装置を探すといってもいったいどこから手をつければいいのか見当すらつかなかった。犯人が幽霊ともなればなおさらである。指紋や足跡のような痕跡が残っているわけでもないのだからこれはもう完全犯罪ではないのだろうか。
「ミナさん」
「はい」
「これからどうしますか?」
「どうしましょう?」
ミナさんは一緒に探して欲しいと言ったが、どうやって探すかまでは考えていなかったようだ。
眼鏡をかけていて知的な雰囲気をまとってはいるが、意外と抜けている人であることにうすうすと気づき始めるわたしであった。
わたしはとにかく何でも質問しようと思った。そうしているうちに何か手掛かりが見えてくるかもしれないと考えたからである。
「えーっと、その盗まれた記憶装置ってどんなものなんですか?」
「カエルです」
「カエル?」
「はい、正確にはカエルのキーホルダーのような見た目をしているのですけど、決められた回数と間隔でお腹を押してあげると口から端子が飛び出してきます」
「へー、可愛いですね」
「そうなのです。ミーラ教授、カエルが好きなのですよ」
わたしは教授室に置かれていたカエルのスピーカーを思い出していた。前の世界でもよく見た緑色のアマガエルだった。鼻先から目を通過し、お腹までのびる黒いライン。白いお腹は少しぷっくりとしている。キーホルダーのカエルもそんな感じなんだろうか。
ふと幽霊がカエルのキーホルダーを盗む姿を思い浮かべて想像する。盗まれたそれは周りからどう見えるのだろうか。幽霊が人の目に見えないのであれば、盗んだものは宙に浮いて見えるのだろうか。
「幽霊にものが盗まれるときってどんな風に見えるんですか?」
「記録されている映像を確認する限り、物はその場で消えます」
「消える?パッと?」
「パッ!です」
ミナさんは手を広げて消えるさまを表現する。盗まれたものがその場で消えるのであれば、追跡のしようもない。
やはりデータを見つけ出すのは不可能な気がして気がしてきました。
顎に手を当てながら考えていると、隣のミナさんがそわそわとし始めた。
「どうかしました?」
「すみません、リンさん。おトイレに行ってもいいでしょうか?」
「ああ、どうぞ」
ミナさんは小走りでトイレに入っていった。おそらくわたしに気を使って我慢していたのだろう。
わたしは壁にもたれてミナさんが戻ってくるのを待っていた。すると窓から外を眺める黒髪の女の人が視界に入った。窓際にたたずむその人はどこか悲しげで寂しそうだった。
わたしは少し心配になった。
あれ、大丈夫でしょうか?まさか飛び降りたりしませんよね。
わたしは勇気を振り絞り、声をかけてみることにした。
「あの…」
その人はこちらを見ると驚いたように数歩退いた。そしてわたしのことをじっと見つめる。
「急に声をかけてすみません。なんだか窓から飛び降りそうな感じだったから心配でつい」
「飛び降りたりしない。あなた誰?」
「わたし?わたしは有希リンと言います。ベン博士のところでモルモ…じゃなくて、うーん、いろいろ研究のお手伝いをしています」
「…」
黒髪の少女はぼーっとわたしを眺めていた。
「その、名前とかきいてもいいですか?」
「エイナ」
「エイナって名前なんですね!ところでエイナさん」
「エイナ、でいい」
「ほんとですか!なんか呼び捨てだと友だちみたいですね!異世界に来て初めて友達ができた感じがします。それじゃあエイナ!」
「ん?」
エイナは首を横に傾けた。腰辺りまである長い黒髪がサラサラと傾けた方向に流れる。とても大切に手入れをしていることがうかがえる。
「この辺りでカエルのキーホルダーとか見ませんでした?」
「カエル?」
「はい、カエルです」
「…それ、大事なもの?」
「とーっても大事なものです」
「……」
エイナは黙って首を左右交互に傾けた。2往復した後、ポツリっと言った。
「知ってるかも」
「ほんとですか!?」
「どこで見ましたか?」
「…ムクアラ」
「ムクアラ?」
ムクアラとは何でしょうか?
聞いたことのない単語だった。この大学にある施設の名前とかだろうか?
「えっとムクアラって」
わたしが質問しようとするとそれを遮るようにエイナは話し始めた。
「ねぇ、あなたもしかして異世界から、来た?」
「え?」
その時、後ろからミナさんの声が聞こえた。
「すみません、お待たせしました。あれ、誰かと話していました?いませんでした?」
「あ、ミナさん、紹介します。こちら…」
わたしがエイナさんを紹介しようと振り向くと、さっきまでエイナがいたはずのその場所には誰もいなかった。
「あれ?」
「どうかしましたか?」
「いや、さっきまでいたんですけど、人見知りなんですかね?どっか行っちゃいました」
「そうですか」
「それよりも!」
わたしはミナさんの肩をがっしりとを掴んだ。
ミナさんはびっくりしたようにきゅっと肩をあげた。
「データ見つかるかもしれません!」
「それ、本当ですか!」
「さっきカエルのキーホルダーを見たかもって人に会って、ムクアラって知ってますか?」
わたしがそういうと、ミナさんはあからさまに肩を落としてがっかりとしていた。
「どうして嬉しそうじゃないんですか?」
「リンさん、それ、からかわれています」
「からかわれてる?」
「ムクアラと言うのは、このカレッジに伝わる四大不思議のひとつで、隠された部屋と言われているものです」
「四大不思議、隠された部屋…ですか」
「はい。その部屋では毎晩、人をバラバラにして悪魔の儀式が行われているそうです。ちなみにフラトリィカレッジに住む幽霊も四大不思議のひとつです」
「でも幽霊がいるかもしれないっていうなら、その部屋もあるかも」
「うー、確かにそうですが、あったところで探しようがないんですよね」
「まあ、そうなりますよね」
はぁ、とミナさんはため息をついた。あきらめたのかとわたしは一瞬思ったがそうではないらしい。
「こうなったら最後の手段です。フラトリィカレッジに住む幽霊、ムクアラの部屋となるといよいよあそこに頼るしかなさそうです」
「あそこってどこですか?」
「このカレッジでもっとも厄介者扱いされているサークルがありまして、その名を」
「その名を?」
「オカルトサークル、“エイナ”」
そのサークルはさっき聞いたばかりの人の名前を冠していた。これは偶然の一致か、もしくはひょっとしたらエイナがそこの部長だったりするのではないかとわたしは考えた。
オカルトサークル。確かにこの手の話には強そうなイメージではあるが、本当に頼って大丈夫だろうか。若干の不安を覚えたが、現状、他にできることがないのも事実であった。ダメもとで頼るのも悪くはないだろう。
わたしたちは東にある、サークル棟と呼ばれる建物に向かった。
サークル棟は今にも倒壊するのではないかと思うほど傾いており、建物内は薄暗かった。廊下には様々な物が置かれており、この世界のスポーツで使うのかどうかわからないが、赤い手の平に収まるくらいのボールが積み上げられていたり、文字がかすれてしまいもはや読めない本が散乱したりしていた。
サークル名のかかれた木の板がかけられている扉をいくつも過ぎていくと、一番奥にある部屋に到着した。部屋の前に立つと、ミナさんがこちらを向いて無言で頷いた。
どうやらここがオカルトサークルらしい。そこから放たれる陰鬱なオーラにわたしは嫌な予感を抱かざるを得なかった。