アレス 1章-5
6日間連続投稿をします。
今回が5話目の投稿です。
6日目に累計PVが1,000を越えていれば、続きを書きたいと思います。
越えてなくても書くかもしれません。。。
「か、勝たせるたって、こんな展開じゃどうしようもないじゃないですか!」
アレスが鼻で笑うのが音声だけでも分かった。
やはり変声機を使っているようだが、それでも漂う陰湿さは子どもの頃からそういった性格の奴なのだろう。
「お嬢ちゃん」
「私はお嬢ちゃんじゃありません。なずなというちゃんとした名前があります!」
耳障りの悪い引き笑いがまた聞こえてくる。
「じゃあ、なずな。相手は今何点だ?」
「3点、3点3点、1点3点で13点ですよ。試合見てたんじゃないんですか?!」
「まあ、そう怒るなよ。じゃあ次だ。この2巡で相手は何点取った?」
なずなは記憶を辿りながら、佐藤が取った点数を数え始めた。
「あれ?1点ですかね…」
「くくく、そうだ。あれだけ強い佐藤が全然点数を取れていない、なぜだ?」
「そんなの決まってますよ。8番が2点球になってないからなじゃないでしょ?」
耳元でアレスが何かを啜るような音がした。
酒でも呑んでいるのかもしれない。本当にこんな人を信用してもいいのだろうか。
酒に溺れ、自分へ暴力を振るう父親の情景がふいにフラッシュバックした。
「おおお。分かってるじゃないか。そうだよなぁ、じゃあなんで8番球が1点球のままだと点が取れないんだ?」
「あなた素人ですか?!3点球は、真ん中のポールに当てないとそれ以上は点数が取れないんですよ。でも上がっちゃうとそのボールは除外されちゃうんで、一気にパーフェクトを決めない限り、相手が有利になっちゃうんですよ!そんなことも知らないんですか?!」
「そうだな。仮に2番球が上がると1番球と3番球が連番になる。1番球と3番球が一緒にいる限り、相手球は3番球恐れ続けなけりゃならないからな」
(分かりきったことを…!!早く上がってしまうと、次の巡からその番号が飛ばされて、相手が続けて2球打てるなんか、ゲートボールを知っている人からしたら初歩中の初歩なのに、アレスはなんでこんな無駄なことを…)
「佐藤からしたら、さぞ8番球を2点球にしたいだろうなぁ」
「そりゃそうですよ。点数がこれ以上取れないですからね。仮に1球でも間違って先に上がっちゃうとサッカーで1人が退場する以上にゲートボールの場合は不利になりますからね。そのボールは今後常にアウトボール状態と同じになっちゃうんですから」
アレスがまた何かを啜る音がした。
啜った後に気持ち良さそうに息を吐く音も聞こえてきた。
「じゃあ、佐藤はなんで8番球を2点球にできないんだ?」
「そ、それは…、私が2ゲート前を守っているからですよ!」
「おおお。いい線いってるじゃないか。ずーっと動かず1番球が2ゲート前のライン際にへばり付いているもんな。他に点も取らずに、ずーっと1番球そこにいるもんな」
ほどほどに嫌気が差してきたなずなは今でよりも大きな声で怒鳴っていた。
「さっきからなんなんですか!仕方ないじゃないですか!相手は精密機械とも呼ばれるあの佐藤さんですよ。動ける訳ないじゃないですか」
「それが良かったんだよ。なんとなくだったのかもしれないが1番球がそこにいたから、ここまで接戦ができてるんだ」
「ど、どういうことですか…?」
なずなの赤球が全てライン際に配置されている為、佐藤は狙うに狙えずただただ時間を潰すように白球全てをタッチし、再配置している。
「なずな、お前の赤球は何点だ?」
「全然変わってないですよ。1番球から5番球が1点で7が2点、9が0点です」
「よく9番球を残していたもんだ」
「うるさいですよ!」
7番が審判にコールされる。
「その7番どこにやる?」
「分かんないですよ。こういった負け試合はどこに動かそうが負けちゃいそうなんですよ。でも7は2点球だから3ゲートを通れる位置に…」
「9番球の受けに入れ」
なずなは悩みに悩み、9番球は未通過のまま残していた。
仮に9番球がゲートを通過することで、9番球はもう一度打つ権利が発生する。
7番を9番が通過してくるであろう位置に置くことで、9番が7番をタッチすると、スパークの後に9番はまたもう一度打てる。
「なずな、その7番から反撃開始だ」
「……」
「何かを狙う訳じゃないが、その7番の位置が重要だ。理想は9番が1ゲートを通過してくるであろう位置より50cm2ゲート寄りの位置だ。よく狙え」
自分が9番を打つ時、どこまで通過するだろうか。なずなは一度イメージを作り、イメージとして浮かんだ位置より少し2ゲートより。
その場所を目がけて、7番を打ち出した。
佐藤の表情に明らかな変化があった。
「甲羅に籠っていた亀がやっと出てきたか」
コートの反対側にいてもなずなの耳に届くほど大きな声で佐藤が言葉を発した。
「亀は亀らしく引っ込んでれば良かったものを。捻り(ひねり)潰してやる」
なずなは後悔していた。まんまとアレスと名乗るこの不快な男の口車に乗せられて、動いてしまったことを。
動かなければ、当てられる心配も無かった。
「本当に大丈夫なんでしょうね」
「ああ、もう勝ちは見えている」
佐藤の8番は10番にタッチし、3ゲート前で10番の『スライド』をセットした。
「1番で『通過タッチ』を作ろうと考えてるんでしょ?」
「良く分かったじゃないか」
「でも、もう無駄ですよ。10番が2ゲート方向に向いています」
「まぁまぁ慌てるな。先の事は考えず、とりあえず9番は7番近くまで通過することだ」
釈然としないままではあったが、気持ちを切り替え、9番を難なく1ゲートを通過させる。
7番を打つ際にイメージしていた位置とほぼ同じ位置に9番を持ってこられたことに安堵した。
「なずな。7番で2ゲート方面にスライドしてくれよ」
「簡単に言いますね」
「できるだろ?お前はタッチのみを評価されているが、元ハスラーというだけあって、本来スライドが得意なはずだ」
(そう、自分はスライドタッチが好きだった。他球を擦るようにタッチして、自球をより優位な場所へ動かすことができるスライドタッチが好きなんだ)
ビリヤードでは白球を番号球に当てて、番号球を穴へ落とす。その際に白球を番号球の斜めに当て、角度を変化させることで、番号球をあらゆる方向へ持って行くことができる。
ゲートボールもビリヤード同様、タッチ後停止した位置から自球を再度打撃できる為、自球を他球へタッチする際にその角度を調整してタッチすることで、目指したい場所へより近付くことができる。
なずなは7番の右1/3程を狙った。持っている物は違ったが、まるでキューを構えているかのような錯覚に襲われた。
(打ち出す…。届け…!!)
9番は2ゲートの真正面、それも2m程の高位置までスライドで進んだ。
≪なんということでしょう!ここにきてなずな選手、好プレーを見せました!さて佐藤をどこまで追い詰めることができるか!?≫
「やるじゃないか。じゃあその7番は1番の方へ。ただし…」
「はい。分かりました。ふふ」
楽しんでいる自分がいることに戸惑いも感じつつ、アレスの指示に従っている自分がいた。
「おおおお、いいぞ。じゃあ、9番は…」
「ふふふ、アレスってやっぱり陰湿ですね」
「ヒヒヒ、よく言われるな」
なずなが9番を打った。
会場が悲鳴とも歓声とも思えない声の渦に包まれた。
≪ああっと!なんということでしょう!!なずな選手9番をミスショットです!9番はゲートの足に引っかかり、ゲートを越えることができませんでした。9番は未通過のままとなってしまいました!!≫
≪これは勿体ない。せっかく反撃ができそうだったのに…。ここまでですかね≫
≪さて、相手にミスが出ました。ここで我らが真打、佐藤10番がコールされます≫
なずなは顔を隠し、うずくまっている。
佐藤は自信に溢れた顔をさらに自信を漲らせ、鼻息を荒くしている。
「やっと勝負が決まった。自分から動き、自分で墓穴を掘ったか」
8番を使ったスライドは十分に2ゲート側へ移動できる角度である。
(ラインにへばり付いていた1番の近くにわざわざ7番を置き、的を増やし、9番まで浮いた位置に置き去りした。1番の通過タッチは警戒すべきだが、その前にこの10番で全て処理してやる)
ただ、何か違和感のようなものが身に纏うのを佐藤は抱いた。
(何か、何かが変だ。何かが。ふん、まあいい。総合優勝に向けて今までになく胸の鼓動が早くなっているだけだろう)
なずなは肩を上げながら、依然として顔を伏せている。
佐藤が打撃モーションに入り、10番を打ちだした。
10番は予想通り、2ゲートとポールの間の2ゲート寄りの位置にまで進んだ。
10番の進んだ一に満足し、視線を上げると、顔を伏せていたはずのなずなが嗤っていた。
(わ、嗤っている…だと…)
10番の8番をスパークする為に10番の位置まで行くと、なずなの笑みの理由が分かった。
「10番をどこも狙えない…」
≪こ、これはなんとうことでしょう!偶然が起きました!10番から9番を狙おうとしても2ゲートの足が邪魔で狙うことができません!そして、1番と7番は2球並んでいるものの10番から見れば2球が重なっており、1球にしか見えません!≫
≪佐藤の10番の位置から7番までは5m程はあります。この位置からラインスレスレのボールへのタッチを狙うのは無謀とも言えるでしょう≫
(ボールが重なることの優位性もなく、距離が近いはずの9番もタッチ不可能な位置)
≪偶然が、いや奇跡が!神様そして仏様がなずな選手の味方をしました!≫
(いや、これ偶然じゃない。狙っていた!なずなは俺がスライドで来る位置を予め想定し、そして俺を誘き出した…)
なずなが嗤いながら、何か口を動かしている。
作戦を考える上で何かを呟く選手はいるが、なずなの口の動きはそれとは違い、誰かと話しているようだ。
(確かなずなは元ハスラー。ボールを打ち出す強さ、そして角度。俺が打ち出すであろう場所が容易に予想できたということなのか…!!)
「ふふふ。佐藤さんは腕がピカイチだから、分かり易かったですよ。タッチした反動で8番がアウトボールになっちゃったら、意味がないので、アウトボールにならないギリギリの強さ、そして2ゲート前まで移動できる最高の角度」
(な、何を言っている…?)
「私じゃ、出来ないようなプレーでもできちゃう佐藤さんなら、きっと最高の打撃でここまで来ると確信したんです」
(俺は罠に嵌められたのか…?)
「ふふふ。でも本当こんなに上手く嵌ってくれるなんて。こんなの考えた人は相当意地が悪いですよね。おっと、いけない」
佐藤が何かに気付いた。
「アレスか…!」
なずなはアイドル選手特有の可愛い笑顔を見せながら、首を傾げてみせた。
「審判!この試合、アレスが介入しているぞ!こんな試合は無効だ!無効試合だ!」
主審が面倒臭そうに手を横に振った。
「そんなことは良いから、早く打ちなさい。10秒ルールで打撃権を無効としますよ」
佐藤はスティックを地面に叩きつけた。
「アレスだ。アレスがいる!くそ、こうなったらあの7番と1番まとめてアウトボールにしてくれる!」
佐藤はスパークの態勢に入り、8番を1番、7番に向けて打ち出したが2球の横を過ぎて行った。
副審の「8番アウトボール」というコールが聞こえた。
≪ああっとこれは勿体ない。佐藤、動揺しているのでしょうか!せっかくの8番を2点球にする機会を台無しにし、1番7番の2球へのかけ球としてしまいました!≫
佐藤は自球の10番をも使い、1番7番を狙った。いつもと違い、上体がフラフラと揺れている。
≪佐藤は相当動揺していますね。これでは当たるものも当たりません≫
「玉砕覚悟!残念だったなアレス!お前には絶対負けん!」
10番を打ち出した。距離感はちょうどよく当たれば、10番も残る程のボールコントロール。
≪なんということでしょう!佐藤の10番は7番に軽く触れはしましたが、そのままアウトボールとなってしまいました!タッチをしても自球もしくは他球がアウトボールとなればタッチは成立しません≫
≪この期に及んで欲張りすぎたんじゃないですかね。強く打っていれば、7番もしくは1番をタッチした反動でアウトボールにすることができたかもしれなかったのですが≫
会場が混沌とした空気となった。
依然、佐藤が叫んでいる。
「アレスー!アレスはどこだー!くそー!!」
佐藤が係員に腕を掴まれ、コートの外に出された。
主審から1番がコールされた。
「なずな。決めるぞ!」
「ふふふ、はい!」