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アレス  作者: 藤原・インスパイア・十四六
1/6

アレス 1章‐1

6日間連続投稿をします。

今回がその1話目の投稿です。


6日目に累計PVが1,000を越えていれば、続きを書きたいと思います。

越えてなくても書くかもしれません。。。

 こぽこぽこぽと使い古した銀のケトルが音を立てる。

 照明は明るすぎず、アンティーク家具の椅子や円卓が主張しすぎずに配置されている。

心を穏やかにするように考えられたのかもしれない。

 静まり返った店内で、ケトルの音だけが響き渡る。

 ヒロトはいつもその喫茶店で、マスターがこだわったコーヒーを1杯飲むのが至高のひと時だった。


 店内の静寂さを打ち消すように勢いよく扉が開けられる。

 70代程の高齢者が2人ずかずかと店内に入り、椅子を強引に引っ張り行儀悪く座る。


 「マスター、ホット2つ」


 マスターは嫌な顔ひとつせず、小さいがよく響く声で「かしこまりました」と呟いた。


 高齢者は、禁煙の文字も気にせずタバコに火を点け、グチグチと文句を撒き散らしている。

 マスターがヒロトを煙が回ってこない位置にさりげなく案内してくれた。

 ヒロトはマスターのこういった心遣いに喜びと尊敬の念を抱いている。

 高齢者たちの話題が変わったようだ。


 「面白いことねぇかな~」

 「面白いことか。そうだ教えてやろう。お前ゲートボールって知ってるか?」

 「ああ、昔じいちゃんばあちゃんがやってたやつだろ?」

 「あちゃー、そんなこと言ってると孫に笑われるぞ?ちょっと前から一気に人気スポーツの仲間入りをしたんだからな」


 ヒロトは、コーヒーカップに口を付けた。マスターの喫茶店で飲むコーヒーの美味しさはこのカップの口に触れた時の心地良さも相まって相乗効果を発揮しているのかもしれない。


 「たしかプロスポーツになったとか言ってたっけか」

 「そうそう、どえらい金持ちがプロリーグを作ったって言われてるがな。そんなことより、ゲートボールのスポーツくじが相当稼げるらしいんだ」

 

 ヒロトはコーヒーを飲み干した。

 一度深く息を吐き、コーヒーの香しい余韻を楽しんでから、レジへ向かった。


 「でもよ、スポーツのくじなんてのは強いチームが勝っちまう。賭けとして面白みに欠けるんじゃねぇのか?」

 「それが今ゲートボールには、弱いヤツを勝たせちまう勝負の化身がいるんだそうだ」

 「なんじゃそりゃ」


 会計時、マスターがヒロトに「今日も楽しんでいただけましたか?」と尋ね、ヒロトは笑顔で「ええ。また来ます」と答え、出入口へ歩いて行った。


 「そいつはどこにいるかも分からねぇ。ただそいつが現れるとさっきまで負けてたヤツが勝っちまう。賭けは大荒れさ」

 「そんな不正、よく協会も許してるな」

 「許してなんかないさ。だが、協会はそいつを捕まえられないのさ。その名もアレス。古代ギリシャ神話の勝負の神から取って、そいつはアレスと呼ばれている」


 ヒロトが扉を開け、喫茶店を後にする。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 平成の前の昭和という時代から残っていそうな古びたという言葉だけでは片づけきれないオンボロアパート。その前に黒いワンボックスカーが停車する。

 黒のキャップ帽を深々と被り、運転席の座席を後ろへずらし足を放り出す。

 ヒロトの手には、女の子の写真とプロフィールが載った資料が。


 アパートの2階から資料にあった女の子が階段を降りてくる。

 ヒロトはキャップ帽のツバを少しあげ、資料を丸めて車内のゴミ箱に捨てた。

 女の子はあたりをキョロキョロとしている。


 「なずなさんですね?」


 首を傾げる女の子。ヒロトの異様さに怯えているようにも見える。


 「あ、あなたは?」


 ヒロトは帽子を脱ぎ、「すみません」と断ってから続けた。


 「私はいつもの運転手の代行でして」

 「こ、困ります!今日は大事な試合なのに…」


 うつむくなずな。ちらっとヒロトを見上げる。


 「それに、なんだか怪しそうだし…」

 「ははは、手厳しい…」


 他に移動手段もない為、仕方なく車に乗り込むなずな。

 バックミラーに映るなずなの表情は明らかに曇っている。

 視点を逸らすと、なずなが住んでいるおんぼろアパートが見えた。


 「庶民的な所に住んでるんですね」


 なずなが顔を上げ、首を傾げる。


 「いや、プロって結構稼げるんじゃないのかなと思いまして」

 「あ、ああご存知だったんですね。私のこと」

 「まあ、ネットでもよく見ますよ。それにしてもゲートボールがこんな人気になるとは…」


 バックミラー越しのなずなは左手首を擦るような仕草をしている。


 「その年でプロって、すごいですね。まだ高校生でしょ」

 「ゲートボールが上手かったからじゃないんですよ。私みたいな女の子のプレイヤーは所謂(いわゆる)客寄せパンダで、その価値が無くなったら即効引退させられます…」

 「でもタッチは上手いって聞きますよ?ほらネットにも書いてある」


 なずなが力なく笑う。本来はこんな子ではないのであろう。暗さが板についているとは思えない、そんな印象が残る。


 「ゲートボールはプレーの技術だけじゃ勝てないんですよ…」


 空気が気まずくなったので、ヒロトは無言で運転を続けた。


 「今日、私の引退試合なんです」

 「え?まだシーズン途中だったような…」

 「いえ、今日負けたら、私の最下位は確定したも同然です。そうなれば、この世界で私が生きていく場所はなくなります。」


 ヒロトが返答に困っていた所で車は会場に到着した。

 係の人に誘導され、駐車した。

 なずなもそれから何も言わなかったので、ヒロトはドアを開けた。なずなが降りながら

 

 「私の引退試合見て行って下さいよ」


 そう言い、会場の関係者入口に向かっていった。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 ドーム状の競技場にゲートボール用のコートが3面だけ貼られている。

 2面は別の試合の選手の練習用コートで1面だけが試合で使用される。

 プロ化するまでは競技場に10面から12面程張って、大会をしていたが、プロスポーツとなってからは、将棋や囲碁のように一試合一試合を大事にし、見せるスポーツとして発展していった。

 その他にも他のスポーツとの違いが見られる。

 観客は通常、会場の観客席から見るものだが、ゲートボールの場合、金を少し多く支払えば、コートの近くから試合が観覧できるようになっていた。

 ただ、選手や関係者しか通れないスペースも確保されており、防犯面も強化されており、易々と関係者スペースへ観客が立ち入ることはできない構造となっている。

 こういったシステムにも多額の資金が投入されており、ゲートボールのプロ化にどれだけの金額と投じられたか、その片鱗が伺えるようにも思える。


 なずながユニホームに着替え、スティックを持って出てくると、男性ファンやマスコミが詰め寄ってきた。

 他の選手が練習をしている最中、なずなはファン対応やインタビューに時間を()かれている。

 彼女の困惑した表情を他所に、ファンとのツーショット写真会が急遽開かれ出した。


 ボーっとなずなの状況を見ていたヒロトの横に、身体の大きな黒いスーツを着た男が現れた。

 屈強な身体つきの男がヒロトにガムを渡してきた。ヒロトがガムを1粒受け取ると、男はすぅっとその場を去った。


 ファンとの交流タイムを終わらせ、やっと解放された彼女は、そそくさと控室へと消えていった。

 なずなの今日の対応が悪かったようで、ファンが関係者に「なんだよあの態度」と文句を言っている。


 「崖っぷちのくせしやがって、下手に出てりゃ…」


 そんな言葉が耳には入ってきたが、ヒロトはフラフラと歩き出す。

 ファンの半数以上はこれから始まる試合を見ずに帰るようだった。



 ヒロトが行先もなく、会場内を散策していると、大きな声が聞こえてきた。

 

 「山羊島さん!ここには押かけてこないで下さいって何度言えば…!!」

 「いつになったら、貸した金を返すんだ?!」

 「明日になったら返します。だからこういうことは止めて下さい…」


 山羊島と呼ばれた男が疑うような目つきでなずなを見てから、口元だけで笑う。


 「しかしな、ここん所負け続けてるようなじぇねえか」

 「それは…」

 「ハスラーだった頃はもっと勝ってたのにな」


 なずなが左手を庇うような素振りをする。


 「その怪我のせいで、お前はハスラーとしては使い物にならねぇ。考えりゃもう来年で18だ。いっそのこと身体を売る方が簡単に稼げるだろ?ああ?」


 山羊島が顎で舎弟にタブレットを持ってこさせた。


 「ゲートボーラーがそっちの業界へ初転身!画になるじゃねぇか。そうそう、あと親父からも話があるそうだぞ。ほれ」

 「え?」


 山羊島がタブレットをなずなに見えるようにしてかざす。


 「なずなあ!馬鹿野郎!!てめぇの親父が頑張って稼ごうとして作った借金なんだ! 売れるモンはなんでも売って早く金を作りやがれ!この親不幸モンが!!」


 山羊島が持ったタブレットがプルプルと震えている。山羊島は笑いを堪えているようだ。


 「自分が博打でスッて作った借金のくせによ。なずなお前の親父さすがだな!人として腐りきってやがる」


 山羊島が背を向け「明日には返せよ」と言い、その場を後にした。

 うずくまる。声が漏れないようにしながら、なずなは泣いていた。

 

 「なんで?!なんで私ばっかり…」


 ヒロトはガムの包み紙を広げ、一度何かを確認してから、噛んでいたガムを包みゴミ箱に捨てた。


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