下町の神様
ウェルスにあって、下町にないものはたくさんある。逆は少ない。
少し話をさせてくれ。数年前ウェルスのイカレタ金持ちの老人が死んだ。イカれてるって言葉に個人的な悪意はない。ウェルスのやつらは揃いも揃ってみんなイカれてるっていうのがおれの持論だ。
とにかくそいつは死んだ。そいつは生前からバカみたいなサイズのピラミッドを作っていて、お祭りやら儀式やらのあとそこにミイラ処理をされ埋葬された。
問題はそのあとだ。そのピラミッドを囲うように下町の子供たちのための墓地が作られた。18歳以下の身寄りのない子供たちがピラミッドを守るような形で埋葬されてることになる。子供達の遺体は青銅の剣を握らされていたという噂だ。
おれは幸いなことに、それがどういう目的なのか、意図なのか、まったくわからない。
だがこれだけは言える。ウェルスの奴らの悪趣味はおぞましいものだと。
おれには、こい以上物事を理解する器官はもちあわせていない。
もしおたくがヘンテコな理論でウェルスの連中をかばおうとすうなら、頼むからおれの前でやらないでくれ。
あんたが下町の人間なら、同族をいじめないでくれ。
もしあんたがウェルスの人間なら、、、いやウェルスの人間はたわ言なんて必要としていない。
電話が鳴った。
「こちらタカハシ探偵事務所」
「ああ、タカハシさんか、頼みたいことがあるんだ。」
「そういうのを商売にしてるんですがね。」
「ああ、わかってる。そっちにいって話してもいいだろうか?」
「大丈夫ですよ。お待ちしております。」
おれは電話を切った。
五分後におれの事務所のソファに1人の男が座っていた。40代中盤、短髪で目がギョロ目、肌は脂ぎっていた。名前はイケダと言った。
「娘を探してほしいんだ」イケダは言った。
「人探しですね。警察にはもういきました?」
「もちろんいった。だが、警察は事件性のない家出だといって探してくれないんだ。」
「つまりあなたは事件性があると思っているのですか?」
「そうじゃない。家出だと思う。心当たりもあるしな。だがだからといって事件性がまったくないわけじゃないだろ?」
「言ってる意味はわかりますよ。」おれは小さくため息をついた。
「とにかく娘を探して欲しいんだ。」イケダは気づいていなかった。
「見つけたあと、どうしますか?」
「娘の現状を把握したあと、決める。」
「娘さんと交渉を希望しますか?」
「タカハシさんの裁量で決めてくれ。」イケダは言った。
人探しは割のいい仕事だ。小娘のマインドトラックほど簡単なものはない。18歳、学校中退、3ヶ月前に父親との口論のあと行方不明、父親は比較的裕福。
ウェルスと下町とのちゅうど中間地点に小規模なスラムがある。
なぜこの場所にあるのかというのは、ウェルス側から人道的支援が、下町からドロップアウト達がちょうどこの地点で重なるというだけの話だ。
ウェルス側のサポートに関わらず、なかなかスラムはなくならなかった。ウェルスが本気で取り組めばスラムはなくなるという人がいるが、どうみてもスラムの根源は下町にあった。
なのでスラムは大きくはならないが、小さくもならず、制御されたブラックホールのように存在していた。
そこの1角にある古い2回建てのコンクリートマンションの残骸の一室にイケダの娘は住んでいた。そんなに悪い場所じゃない。下町のシングルマザーたちも似たようなところに住んでいる。
おれは仕事帰りの娘に近づくと、こういう者だが、といって探偵であることを証明する書類を見せた。
「警察じゃないのね。」娘は言った。
「警察のほうがよかったか?」
「まさか」娘は笑った。
娘の部屋は微かな生活感以外ほとんどなにもなかった。
「ようやく慣れてきたんだけどね。」
「たいしたもんだ。普通はいろんなことにもっと時間がかかる。」
「女は自立するのが得意なのよ。飽きっぽいってだけで。」
「お父さんのところに戻るつもりはないのか?」おれは一応聞いた。
「あたしがそうしたいなら、そうしてるわ。」
「一応聞いただけだ。人間は自分がどうしたいのか、人に聞かれるまでわからないときがある。特にこどもの場合は。」
「あたしはもう大人よ。」
「ああ、わかってる。」おれはいった。女の18っていうのは、誰がなんといえども大人だ。
「あなたは探偵でしょ?売りたい情報があるの。」
「どんなものかによる。」
「ウェルスに住んでる人間のことよ。」
「わかった。なるべくフェアな金額をだそう。」
「いいわ。今私は勤めている食品工場のある役員とすごく親しいの。言ってる意味わかるわよね?その人はウェルスの人間となにか危ない取引をしているみたいなの。詳しく調べたら面白いんじゃない?」
おれはその男の住所と名前をメモして、女の夕食代をおいた。
「女はみんな生まれつきスパイなの」女は小さい声で言った。
男は下町の洒落たマンションに住んでいた。下町の高級住宅地にあった。だが所詮は下町なので、ウェルスと比べるとなにもかもが格が違った。ウェルスの街並みをみたことのある人間なら、こういう下町の高級マンションなんて下品な模造品にしか見えないだろう。もし、その人間に本物を見極める感性があれば、ということだが。
男は30代半ばほど、いつも小奇麗な格好をして、精力的に見えた。つまりよくいる下町の金持ちだ。そこそこ頭もいいのだろう。だがウェルスの人間のようなカリスマはなかった。
ウェルスの人間とは明らかに違う。洋服の選び方、歩き方、目線の動かし方。あらゆる点や面で、下町の人間はウェルスの人間にかなわない。
おれは、男の留守を狙ってマンションの部屋に忍び込んだ。こういうことは警察もやっていることだ。つまり悪意がない限り、犯罪ではない。
男の部屋は一見するとよく片付けられていた。清潔なDXワンルーム。
だがリビングの1角にデカデカと、金メッキをはった木造の祭壇があり、その上にウェルスの住民を神とみたてた像が飾ってあった。その像の回りには数種類の果物と、なにかの動物の肉が備えられていた。
生きている人間を神として崇めることは、下町でもウェルスでも禁止されている。
だが一部の下町の人間は、ウェルスの住民を神として崇めるのをやめようとしない。
彼らは、少人数のグループでそれぞれ独自の方法をとっているので摘発が難しいのだ。
男は地位からいって、ウェルスの住民への財産の無償贈与の疑いもあった。
おれはその日、朝から頭痛がしていた。結局そのグロテスクな祭壇を見たことで、家に帰る決心がついた。振り返れば、おれの人生は頭痛だらけだったような気がする。おれはすっかり頭痛に慣れていた。しかし頭痛はなかなかおれに慣れなかった。
おれは熱い風呂にはいり、強い酒を少し飲んだ。それから横になり、ぼんやりとテレビを眺めた。
テレビはある外科医のニュースでもちきりだった。
下町の腕のいい外科医(ウェルスにも顧客がいたらしい)が自分の弟の人格と脳の一部を、自分の腹のコブに移植して、逮捕されたのだ。コブはご丁寧に意思表示装置をつけられていて、ひっきりなしに兄を賛美しつづけてるという。自分の腹のコブに褒められるのは、どういう気持ちがするもんなんだろうな。
おれはテレビを見ながら、いつの間にか寝てしまったようだ。
夢のなかでおれの腹のコブが俺を見下ろして笑っていた。
お前なんかに笑われる筋合いはない、なにも分からないくせに。おれは怒って言った。
コブは「そうだ」と言って笑った。
「だが、おれはそれがわかるやつを知っているぞ。」
コブはそう言った。