第一章 はるかの再出発・7
はるか ワケあり転校生の7カ月
7『ハシクレ』
ここで、ちょっと説明。
目の前で、アッケラカンとパソコンを叩いている坂東友子。つまり、わたしの母は、つい一週間前に離婚したばかり。
一週間前までは伍代友子だった。
離婚の理由はややこしすぎるというか、長年夫婦の間に蓄積されてきたものだから、説明不能。
でも、離婚に踏み切れた訳の一つがこのパソコンであることは確かなんだ。
わたしが、まだお母さんのお腹の中にいたころに暇にまかせて書いた小説モドキが、ちょっとした文学賞をとっちゃって、以来、この人は作家のはしくれ。
ほんとハシクレ。
「ハシっこのほうで、クレかかってるんだよね」
そう言って、怖い目で見られたことがある。
だって、本書きたって年に二百万くらいしか収入がないんだもん。
最初はよかったの。
だって、お父さんはIT関連の会社を経営していて、お家だって成城にあって、住み込みのお手伝いさんなんかもいたし……。
でも、わたしが五歳のときに会社潰れちゃった。
で、お父さんは実家の印刷会社の専務……っても、従業員三人の町工場。
でもでも、それでもよかった……いや、そのへんからかなあ。お母さんが稼ぐ二百万が、我が家にとって無視できない収入源になってきて……あとは、世間によくある夫婦の間のギスギス。
で、かくして夫婦仲の限界は、先週臨界点を超えてしまい、きっちり四十五分で決裂。
なんで四十五分って分かるかというと、大河ドラマの録画したのを、わたしが自分の六畳に見にいったときに始まり。終わってリビングにもどってみると、
「ようくわかったわ。はるか、明日この家出るから、寝る前に用意しときなさい」
……だったから。
二人の最後の夫婦げんかは、明日の天気予報を確認するように粛々と終わっていた。
わたしも子どもじゃないから、ヤバイなあ……くらいの認識はあったんだけど、そんな簡単に飛躍するとは思っていなかった。
お母さんが飛躍しちゃったのは(本人は、当然の結果だと思っているようだけど)この二百万円……でも、これじゃ、母子二人は食べていけないから、で、友だちの紹介でパートに出たわけ。
でも、まさか大阪までパートに来るとはね……。
作家というのは意表をつくものなんですなあ、御同輩……って、タキさんもなんか書いてる!?
「ああ、これか……おっちゃんも、お母さんと同業……かな」
「タキさんは、映画評論だもん。ちょっと畑がちがう……」
カシャカシャカシャと、ブラインドタッチ。
「せやけど……それだけでは食えんという点ではいっしょやなあ……」
シャカ、シャカ……と、老眼鏡に原稿用紙……アナログだぁ!
「おれは、どうも電算機ちゅうもんは性に合わんのでなあ」
ロバート・ミッチャムはポニーテールってか、チョンマゲをきりりと締め直した。
店を見回すと、壁のあちこちに映画のポスターやら、タキさん自筆のコメント。
さらにたまげたことには、ふりかえったカウンター席の後ろの壁は、常連さんに混じって、わたしでも知っているタレントさんや役者さんのサインやコメントで埋まっていた。
「へー、すごいんだ。これ壁ごとお宝ですね!」
「店たたむときは、これだけで、不動産価値があがる」
「タキさんて、えらいんだ!」
「身体がなぁ、もうアラ還やさかい、あちこちガタがきとる」
「そんな、ご謙遜。こんなに有名人のサインがあるのに」
「近所にラジオの放送局があるんでなあ、スタッフがゲスト呼んだときに連れてきよる」
「そうなんだ」
「この店やったら安いさかいなあ……ところで、はるか、学校はどないやった? もう友だちはできたみたいやけど……」
百年の付き合いのような気安さで、タキさんが聞いた。
「うーん……ボロっちくって、暗い感じ。でも人間はおもしろそう。今日会ったかぎりではね」
「どんな風にボロっちかった?」
原稿用紙を繰りながら、横目でタキさん。
「了見の狭い年寄りって感じ。ほら、こめかみに血管浮かせて、苦虫つぶしたみたいな」
「ハハハ、ええ表現や。たしか真田山やったな?」
「あ、わたし演劇部に連れてかれちゃった」
「え、はるか、演劇部に入んの!?」
お母さんが真顔で目を剥いた。