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はるか ワケあり転校生の7カ月  作者: 大橋むつお
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第六章 おわかれだけど、さよならじゃない11

はるか ワケあり転校生の7カ月


62『おわかれだけど、さよならじゃない』





 ファミレスで早めの夕食をとったあと、ホテルにチェックイン。

 

 高そうなホテルだったらと心配していたんだけど、真由さんがリザーブしてくれたのは、こぢんまりとしているけど品のいいビジネスホテル。

 先生の部屋とは向かい同士。このへんに真由さんの気配りを感じる。分かるでしょ、隣同士だと、こういうビジネスホテルって音が聞こえるんです。


 先生は電車の中でも、ファミレスでも、芝居の話やバカ話はしてくれた。

 しかし、午前中の千住でのことは、なにも聞こうとはしなかった。

 わたしが話せば聞いてくれたんだろうけど、わたしも整理はついていなかった。

 でも、わたしの心の痛みは十分に分かってくれている。無関心のいたわりが嬉しかった。


「ほんなら、明日の朝飯で会おか……ま、なんかあったらいつでもノック……部屋に電話してこいや」


 そう言って、先生は向かいの部屋へ。


 ドサッ! ベッドにひっくり返ってみた。


 …………なにも湧いてこない。


 胸がなんかしびれている。


 本当はとても痛いのかもしれない。でも麻酔がかかっているようにしびれている。

 午前中のできごとが、とても遠いことのように思われた。ほんの数時間前のことなのに。

 荒川の土手で泣いたことも覚えている、もちろん。

 でも、あのとき爆発したわたしの心……大きな穴が開いている。

 その穴は空虚なんだけど、爆発したときの衝撃は不思議に蘇ってこない。

 時間がたてば、それはまたやってくるかもしれない。

 だから、いまのうちに考えよう、決着のつけ方を。

「おわかれだけどさよならじゃない」にするために。


 わたしは、あの群青のポロシャツを渡しそこねていた。


「……そうだ!」


 わたしは思いついて、小さなテーブルにホテルの便せんを載せて思い浮かんだ言葉を書き始めた。

 一枚書きそこねて、二枚目でスマホが鳴った。


「はい、はるかです……」

「あ、わたし真由。ごめんね遅くに」

「いいえ、すっかりお世話になっちゃって」

「どうだった、お父さん」

「ええ、元気でした。突然だからびっくりしてました」

「はるかちゃん、あなた自身は?」

「大丈夫です、気持ちにケリがつきました。先生には少し面倒かけましたけど」

「そう、声も元気そうだしね」

「はい、いつものわたしです!」

「うん、みたいね。よかった。場合によっちゃ、そこまで行こうかと思ったのよ。もう大丈夫だと思うけどなにかあったら電話してね」


「ありがとございます……おやすみなさい」


 簡潔な電話だった。真由さんの性格と、ケリのついたわたしの気持ちが簡潔にさせたんだ。

 振り返って、手紙の続きを書こうかとテーブルに目をやるとマサカドクンがいた。


――ウ。


 便せんを指してなにか言いたげ。


「大丈夫、クダクダは書かないわよ。今の電話みたく簡潔にね」


 書きかけの二枚目もバッサリ捨てて、三枚目。一分足らずで書き上げた。


――ウウ……。


 マサカドクンはなにか言いたげであったが「大丈夫」と心の中でつぶやくと、フっといなくなった。


「さ、テレビでも観よっか!」

 しばらく観てないなあ。と、時計を見ると……。

「え、もうこんな時間!?」

 なんと日付が変わりかけていた。


 明くる日は、ノックの音で目が覚めた。


「はい……」

「ネボスケ、先に朝飯いってるぞ」


 慌ててダイニングに下りると、先生は食後のコーヒーを飲んでいた。


「すみませーん……」


 そして朝食をとりながら、互いの一日の行動を確認した。


 先生は横浜の出版社に、わたしは由香と会ってアリバイの資料をもらうために、スカイツリーにだけ寄ってすぐに帰ることにした(ほんとはスカイツリーじゃなくて、もう一度南千住に寄るんだけどね。そのことはナイショにしておいた)


 と、かくして、十二時半には新幹線に乗ることができた。待ち時間の間に真由さんにお礼のメールを打っておいた。ポロシャツは仲鉄工のおじさんにあずけた、あの手紙とともに。


 手紙に書いたのは、けっきょく一行だけ。


――おわかれだけど、さよならじゃないよ。はるかなる梅若丸――


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