第五章 ピノキオホールまで・12
はるか ワケあり転校生の7カ月
51『いよいよ本番』
問題は、この四百席の客席をどう埋めるか……。
本番は平日だから、タキさんやお母さんを呼ぶわけにはいかない。
吉川先輩は、あの人がわたしをコンサートに呼ばなかったのと同じ理由で呼ばなかった(後で分かったんだけど、由香は声をかけてくれていた)結局は、由香を含め三人ほどになりそうだ。
立秋はすぎたとはいえ、まだ真夏の暑さの中、リハを終えてA駅へ向かう。
「まだまだ暑いなあ」
乙女先生が豪快に汗をぬぐう。
ところどころ、並木の下に短い地上での生を終えた蝉がひっくりかえっていた。気がつかないところで確実に季節は移ろい始めているんだ。そして人の心もね。
かすかな季節の移ろいに気づいて、ちょっと得意になっていたわたしは、その人の心の移ろいにまでは気が回っていなかった。
リハを終えて、大橋先生のダメは一つだけだった。
「稽古は本番のつもりで、本番は稽古のつもりで」
これは、『ノラ』の稽古に入る前にも言われた。
まあ、本番を直前に気合いを入れたぐらいのつもりでいた。
が、そうではなかった……。
そして、いよいよ本番の日。
一ベルが鳴ったとたんに、心臓がバックンバックン。
日頃「あんなもの」と軽くみていたAKBや乃木坂が偉く思えてきた。
緊張緩和のために、基礎練でやった脱力をやってみた。呼吸もそれに合わせて穏やかに……なったところで、本ベルが鳴った。
リハで慣れていたはずなのに、照明がまぶしい。
そして、まぶしさの向こうの客席にたくさんの人の気配と視線。
あ、ここで、見慣れた(という設定の)スミレの姿を見て、軽く声をかけるんだ。
「こんにちは……」
そして、目線はその向こうにある(という設定)桜の並木に向かう――まだ咲かないなあ――と、思う。
「え……」と、スミレが反応。
『ジュニア文芸』を見つけたときと同質のときめきが湧き上がってくる。
それからは、ほとんど集中できて芝居が流れ始めた。
宝塚風の歌のところでは、思わぬお客さんからの拍手。タマちゃん先輩は、アドリブでニッコリと頭を下げる。やっぱキャリアの差! 新川で、紙ヒコーキを飛ばす、クライマックス。
「すごい、あんなに遠くまで……!」
「まぶしい……」
実感だから言いやすかった(視線の方角にシーリングライト)。カオル(わたし)の身体が透け始め、お別れのときがやってきた。
『おわかれだけど、さよならじゃない』テーマの二部合唱。
「あなたと出会えた、つかの間だーけれど……いつまーでも、いつまーでも……忘れーない……♪」 ソプラノのまま、息の続く限りの余韻。
感極まって、涙が出る。稽古では出なかった感動の涙が……。
そしてラスト。キャスト全員(といっても三人だけど)で歌と踊り。
それに合わせて客席から沸くように手拍子!
もうサイコー!!




