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はるか ワケあり転校生の7カ月  作者: 大橋むつお
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第一章 はるかの再出発・5

はるか ワケあり転校生の7カ月


05『ドドメ色』        



 プレゼンに入ると、由香が言っていた部長の山田太郎先輩と、タマちゃんこと玉城恵里菜先輩が行儀よく並んでいるのが目に入った。


「「失礼します」」


 と、二人そろって挨拶すると、いきなりファンファーレが鳴り響き、目の前が真っ白になった!


「まぶしい……!」


 目が慣れると、スポットライトがまともに当てられたことがわかった。スポットライトが消されると、その横にニューヨークヤンキースのスタジャンを着たおにいさん……よく見るとおじさんがドヤ顔で立っていた。


「どや、これが初めて舞台に立った時の感覚や。今の二人を見た印象はどないや?」


 二人の先輩に質問が向けられた。


「えーと……」


 と、山田先輩。


「えと……なんか、びっくりです……」


 と、タマちゃん先輩。


「どっちがや、見てたほうか? 見られてたほうか?」

「あ、両方……やと思います。なあ、由香ちゃん……あ、そちらは?」

「坂東はるか……さんやな?」


 と、ヤンキース。


 え、どうして……?


「乙女先生から聞いてた。たぶん転校生の子がくるて」


 うーん……油断のならない学校だ。


「まあ、そこ座って。まずは自己紹介。オレはこういうもんや」


 ヤンキースはホワイトボードを指さした。そこには、デカイだけでチョーヘタクソな字。


『大橋むつお』と書いてあった。


 そして、山田先輩の履歴書の「書きかた見本」のような自己紹介に移った。山田先輩、いわゆる自己紹介の部分は短かった。


「趣味は、鉄道です」


 で終わろうとして……。


「おお、自分はテッチャンか!?」 


 と、ヤンキース。そこから、山田先輩のウンチクがはじまり、調子が出てきたころに、放送部員とおぼしき女の子たちがぞろぞろ入ってきた。


 しかし、今度は、ファンファーレもスポットライトもなく、自己紹介がフツーに続いた。


「人生も芝居も最初が肝心や。芝居の場合〈つかみ〉という。面接やら、見合いやったら、この〈つかみ〉の 三十秒できまりや。ここでトチったら、そのあと取り返すのにその十倍の力がいる」


「あの、一ついいですか?」


 わたしは、ホンワカを忘れて挑戦的にこう言った。


「先生の自己紹介はまだのようですけど」


「そやけど、十分オレには興味持ったやろ?」


 ムム……わたしは二の句がつげなかった。


「乙女先生に言われてきた放送部の子ぉが大半やと思うけど、ここは、演劇に興味があると思て、話をすすめる。演劇てなにやろ……太郎くん」

「はい……演ずることによって、人に感激をあたえる芸術……やと思います」

「乙女先生から、そうおそわったんやな」

「はい」

「大正解! ほんなら、演ずるということはどういうことや、タマちゃん?」

「ええと……また……」


 タマちゃん先輩は、美しいまつげを伏せてうつむいてしまった。


「ほんなら、べつのこと聞くわ……梅干してどんなもんや?」


「え……丸くて、また、すっぱい……です」

「どんなふうに丸うて、どんなふうにすっぱい?」

「……」

「このくらいの大きさで、フニャっとしてて、赤くて……」


 困っているタマちゃん先輩を助けるように、由香が引き受けた。


「うん、それから?」と、ヤンキース。

「それから……」


 今度は由香がつまった。


―― 梅干しが、演劇となんの関係があるんだ!? ―― 


 思った瞬間先生と目が合って、反射的にしゃべっていた。


「梅干しってのは、梅の実を塩漬けにしたあと天日干しにして赤ジソの葉なんかといっしょに漬け込んだ漬け物の一種で……その、えと、干したり、漬けたりの過程で、脳みそみたくシワができて、そのシワに黒っぽく変色して、縮こまった赤ジソの葉がからんで、酸っぱさは、舌の奥の両側あたりからしてきて……」


 荒川の実家、三軒お隣の仲さんちのオバアチャンが、自家製の梅干しを作っていたので、わたし、歳の割にはくわしい。


「それで色は……」

「色は?」

「……ドドメ色!」


 すっかり酸っぱくなった口から、つばきと共にドドメ色が飛び出し、みんながどっと笑った……またやらかした。


「どや、みんなの頭の中に梅干しがうかんできて、口の中にツバ湧いてきたやろ?」


 言われてみればそのとおり……。


「これが芝居や。イメージ創って感じること。ほんなら、観てる人にも伝わる」


 なるほど……チラッと見渡すと、半分くらいの子たちが同じ顔つきになっていた。


「つぎ、左右の人差し指と親指をひっつけて目ぇの前にもってくる」

「ん……?」

「ほんで、右手に糸。左手に針を持ってると思いなさい。左利きのもんは、その逆……そうそう、目の焦点を合わせたら、そんな気が……」


……してきた。


「そしたら、その針の穴に糸を通す」


 おお……糸が通った! 部屋のみんなから、軽いどよめきがおこった。


「ようし、ほんならグランドにいくぞ。三分後、朝礼台前集合!」


 三分後、朝礼台の前に集合すると、ヤンキースは妙なことを始めた。なんだか、左手に持ったようすで……って、なんにも持ってないんだけど。右手で、左の「なにか」から端っこを取り出して、山田先輩とタマちゃん先輩に持たせた。二人とも「?」である。


「ええか、それは、縄跳びの縄。さあ、二人で回して!」

「はい……」


 二人は長さ五メートルくらいの(見えない)縄を回し始めた。


「縄が地面を叩くときにはちょっと力を入れて!」


 なんということ、みんなが見えない縄の回転を見てるじゃないの!


「さあ、残りのもんは、順番に入っていけ!」

「大縄跳びや!」


 由香が最初に飛び込むと、みんな次々にロープの回転の中に飛び込んでいった。

 六番目に飛び込んだ子がタイミングを外すと、みんなから「あーあ……」というため息がもれ、縄が停まった。


「惜しい、引っかけてしもたなあ。もっかいやるぞ!」


 もうみんな喜々として、この見えない縄跳びに集中しはじめた。


 十分ほどして、気がつくと、グラウンドで練習をしていた、野球部やサッカー部、陸上部の子たちが、ポカーンとして私たちを見ている!


「ああ、おもしろかった!」


 みんなうっすらと汗をかいていた。

 ヤンキースはまるで本物の縄をまとめるように巻いていくと、ごていねいに朝礼台の上に置いた。


「さあ、これで君らは、〈梅干し〉と〈針に糸を通す〉と〈大縄跳び〉の芝居ができるようになった。今日はここまで」


 解散するとヤンキースが寄ってきた。


「ドドメ色なんて、よう知ってたなあ(・∀・)ニヤニヤ」

「あ、あれは(;゜Д゜)」

 仲鉄鋼のお婆ちゃんがね……。


「アハハ、そういうギャップは大好きや!」


 わたしの説明も聞かずに行ってしまった……。



※・この話に出てくる個人、法人、団体名は全てフィクションです。



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