第四章 二転三転・9
はるか ワケあり転校生の7カ月
39《頬をつたう涙をいつまでも照らし出す真夏間近の夕陽》
え?
職員室の前まで来ると、乙女先生の罵声で校舎が揺れるようだった。
「ちゃんと生徒らは時間通りに集まっとったでしょうがな!」
「しかし、空気を読ませることも、教えなあかんのんとちゃいますか!」
どうやら、相手は細川先生のようだ。
「どんな空気やのん!?」
「あんな写真撮影は水物です。流れと空気があります。一生でいっぺんの卒業写真、笑顔で写してやりたいやないですか。もうちょっと早めに来て空気読むことも教えなら……」
「あんたなあ、あの子ら二分前には集合しとった。自分が勝手に早よした流れ止められて、山田に八つ当たりしてただけやんか!」
「ちゃいます。僕の時計は三時ちょうどでした。僕のは、あくまでも指導です!」
「けっこうな指導やね。怒られた山田らも、写される側やねんよ。それに気ぃついてた、他のクラブのもんがよそのクラブに混ざって何遍も映っとたん!?」
「それは顧問の責任でしょ!」
「なんやてぇ!」
「まあ、お二人とも、アメチャンでも食べて……」
竹内先生が間に入ったようだ。
どうしょう……
わたしはプレゼンの鍵を返しに来たのだ。
「どないしたん?」
穏やかな声に振り返ると山中先輩。
「実は……」
「ほんなら、うちが返してきたげるわ」
「でも……」
「大丈夫、うち透明人間になれるさかい」
山中さんは、そーっと職員室のドアを開け……。
「失礼しまーす……」
ほんとうに透明人間のように気配を消して、あっという間に鍵を返して出てきた。
「ほな、うち少林寺の方行ってくるさかい……」
山中さんは気配を消したまま行ってしまった。わたしは帰ろっと……。
「だれや、そこに居るのは!?」
尻に帆かけて(われながら古い慣用句。でも実感です)わたしは、下足室に突進した。
こないだは、ここで吉川先輩に声をかけられたんだけど、今度はわたしが声をかけた。
「ちょっと、ルリちゃん」
「え、なにぃ?」
「なんで、さっき写真に入ってきたのよ」
「なんでて……あかんのん?」
「あかんも、ヤカンもないわよ。あんたね!」
大阪に来て、始めて人のこと「あんた」呼ばわりした。
「なに言うてんのよ」
「クラブ辞めたばっかで、よく入れたもんね!」
もう止まんない。
「だれのおかげで、台本替えるハメになったと思ってんのよ。本が決まって一ヶ月、ずっと稽古してきたんだよ。それをプッツンプッツン、便秘ウサギのフンみたくしか稽古にこないで、挙げ句の果てにハイサヨナラしちまったんだよ。年末の大掃除のゴミのほうがよっぽど礼儀正しいわよ。思わない? 捨てたら二度と戻ってこないもんね。いったい、どのツラ下げてクラブ写真に入れんのよ!?」
ついさっきの職員室のように空気が張り詰めてきた。
「あんたに、なにが分かんのよ! あたしらは演劇学校の生徒やないねんさかいね。あんなムズイことやりながら部活なんかしとないわ。あたしらクラブに息抜きに来てんねんよ。そこのとこ間違わんといてね!」
「あんたには、責任感てものがないの!?」
「ふん、優等生ぶってからに。あたしら家帰ったら、家の用事して、弟のめんどうみて、おまけにこのごろは週三日のバイト。進路のこと考えたら、勉強も手ぇ抜かれへんねん。そやから部活は息抜き、それがY高の部活や。それで、思い出のクラブ写真にも写ったらあかんのん、あかんのん!? しょせん、しょせん、あんたは東京のお嬢ちゃんや、部活に青春かけられる苦労知らずや!」
駆け出そうとしたルリちゃんの腕をつかんだ。
「……上等な口きくじゃないのよさ」
「またにしとき……」
タマちゃん先輩の声に、わずかに手の力が抜けた。スルリとその手を抜けて、駆け去るルリちゃん。
「待て、ヒキョーモノ!!」
今度は、わたしの腕がつかまれた。意外に強い力だった。
「またにしときぃ……な」
強い力は、すぐに弱くなった……でも、そのタマちゃん先輩の手を振り切ることはできなかった。
夕陽が恨めしかった。
頬をつたう涙をいつまでも照らし出す夏本番間近の夕陽が……。




