第三章 はるかは、やなやつ!・4
はるか ワケあり転校生の7カ月
22『天王寺七坂を歩く』
四天王寺の山門の前を西に向かって四車線の坂が下っている。
西に傾き始めたお日様が晩春の空をホンワカとにじませ、街全体がパステル画のように縁取りを柔らかくしている。
「これが大阪の原点サ」
「ここが?」
「この山門から、向こうの松屋町通り(マッチャマチドーリ)にかけてを逢う坂と書いて、逢坂。それが大阪の地名の元になった。もっとも昔はこんなに広い道じゃなかったけど」
「そうなんだ。大阪って、名前のわりに坂のない街だと思ってました。だって、昔は土偏の坂だったのに」
乏しい知識を総動員して背伸びする。
「昔はこのあたりが海岸線で、このあたりから見える夕陽がとてもきれいなんで、ここから北の方を夕陽丘っていうんだ。新興開発の分譲地みたいな名前だけど、ナントカヶ丘って地名じゃ、ここが日本一古いんだ」
博学ぅ、さすが生徒会長……。
「ここから北にかけて、七つの坂があって、天王寺七坂っていうんだ。ちょっと歩くけどいいか?」
「は、はい」
それから二人で北に向かい、少し行って愛染坂を下る。
途中に愛染堂。
かわいい山門をくぐると、境内は意外に広い。
正面の金堂には愛染明王。「愛」の字がついてるわりには、全身真っ赤。手が六本もあり、憤怒のお顔。正直おっかない。解説通り、愛欲を悟りに昇華させるのにはこれくらいのおっかなさがいるんだろうなあ。
奥に行くと多宝塔、大阪市で最古の建築物で、秀吉さんが造ったらしい。こんなものが街中に平然とあるとは、大阪もあなどれない。
金堂の前に戻ると、向かって左に哲学の石。二人で座ってみる……なんだか賢くなったような気がする。
右に、腰痛封じの石……これは後日お母さんに教えてあげよう。
クルリと振り返って、吉川先輩が指をさす。
「あれが愛染かつら。桂の木にノウゼンカツラが絡んでいて、恋愛成就のご神木なんだぜ。夏になるとオレンジ色の花がいっぱい咲くんだ」
「へえー、すてき……」
ちょっとトキメク。
「願掛けしてみようか……」
「え!?」
おおいにトキメク……同時にとまどった。
気づくと、周りに三組ほどのカップル。
オジャマ虫になりそうなので境内を出る。
さらに坂を下ると右手に大江神社のワッサカした木々が覆いかぶさっている。
左はS学園。環境いいー……。
松屋町通りに出て少し北へ、キョロキョロしてると横から声。
「こっち、こっち」
大通りから、東に上る可愛い坂があった。「口縄坂」と石碑が立っている。
口縄坂は幅二メートルくらい。途中でクニって曲がっていてそれが蛇みたく見える。口縄って、古い大阪弁で蛇のこと……って、今までの分も含めて吉川先輩の説明。
淀みなく、過不足なく、七坂とその周辺についてあれこれ解説してくれる吉川先輩。
なんだかテレビの旅行番組みたい(ヘヘ)
口縄坂を登り切ったところには『夫婦善哉』で有名な織田作之助の文学碑があった。織田作は、まだ読んだことがない(アセアセ……)
「これ、織田作の文学碑。今年で生誕百年だ」
サラっと指さす吉川先輩。
わたしなんかよりずっと読書家なのかなあ……(もう、冷や汗)
ゆるりとSの字になった二車線の学園坂を下ると、道沿いの石垣の上にOJ学園。
ここも環境がいい。わが真田山学院高校とは雲泥の差。ま、有名私学らしい。公立じゃ勝負になんないよね。
部活のさんざめきが、かすかに木霊して降ってくる……なんだか青春ドラマの一コマみたい(……フンイキ~)
切り通しの石垣の隙間には、早くも紫陽花が密やかに蕾を付け始めている。
ふたたび松屋町通りに出て少し北上。源聖寺坂を上る……小ぢんまりとしたお寺が続く。
新幹線で素通りしただけだけど、京都ってこんな感じだろうか。お茶のコマーシャルにこんなシュチエーションがあったっけ……フフフ、黄八丈に桃割れの髪にしたくなってきた(江戸時代の町娘の姿よ♪)
振り返ると、大阪の街並みに夕陽が美しく落ちていく。
さすがに、四回も坂の上り下り。うっすらと額に汗、自然に顔が下を向いてしまう。
「少し休もうか」
「うん……」
と、顔を上げたら……数秒かかった。
目の前の三階建てが……その種のホテルだってことに。




