第二章 高安山の目玉オヤジと青いバラ・8
はるか ワケあり転校生の7カ月
18『中之島のバラ園』
その帰り道、地下鉄の駅を素通りして、南に向かって歩き出していた。
「ごめん、地下鉄乗りそびれちゃった……」
「ええやん、これ堺筋やさかい、ほっといても日本橋に着くさかい」
「日本橋まで歩くの?」
「くたびれたら、どこかで地下鉄に乗ったらええやん」
「そうだね……」
「それから、ニホンバシと違て、ニッポンバシ」
「ウフフ、だったよね」
大阪の地名はムズイんだよね。都島と書いてトシマじゃなくて、ミヤコジマ。放出杭全なんて、もうお手上げ。
「でも、はるかが東京帰らへんて分かって安心した」
「……でも、由香って鋭いかもよ」
「え……?」
「東京への未練は、近所の八幡さまにお賽銭といっしょに納めてきちゃった」
短くスキップして、一歩由香の前に出る。
「お賽銭?」
「うん、ピッカピカの百円玉にしてね……でも一個だけどうしても残ってんの」
「なに……?」
由香の怯えたような視線を背中に感じる。自分が、とてもケナゲな子に思えてくる。
「なんやのん?」
「ごめん……言ってしまったら、手からこぼれてしまいそうで、ごめんね」
「ううん、かめへんよ。はるかが大阪に居てくれることは、はっきりしたんやさかい! 今は、それだけでええよ」
「うん。言える時がきたら言うわね、由香にだけは……」
「ありがとぅ!」
スキップで、由香は、わたしの横に並んだ。
しばらく二人で歌いながら歩いた。カラオケみたく元気に、AKB48、スマップ、ももクロなどなど。大阪に来て、こんなに歌うのは初めてだ。
帰宅途中のOLさんたちが拍手をしてくれた。
いつもだったら、こんなこと恥ずかしくて、とてもできない。だけど、この時は平気ってか、とても自然だった。
「あ、すごい!」
ハイテンションの由香の横顔越しにすごいバラ園が見えてきた。
わたしたちは、中之島まで来てしまった。そして目の下に広がるバラ園!
うわあああ!
二人は子犬のようにバラ園に突撃した。
「わあ、すごいバラだ! バラばたけ! バラだらけ!」
「でました、はるかのおやじギャグ!」
「違うよ、韻をふんだのよ韻を!」
わたしたちは、子どものように(もう子どもじゃないんだよ! ってときもあるけど、使い分けます。この年代の特権)はしゃぎまくり!
「ねえ、知ってる、黄色のバラは友情を表してんねんよ。赤は情熱。白はえーと清純、純潔。ハハ、これはうちらに向いてないなあ」
「由香、魚屋さんなのに花に詳しいのね!?」
「うちの向かいが花屋さん」
「なんだ、そうか。でも大したものよ」
「あたしが、それともバラが?」
「言わぬが花ってね」
「なんや、その京都のオバハンみたいなあいまいさは。江戸っ子やったら、はっきりせえよ!」
「両方よ、両方」
「また、そんなあやふやな。黄色いバラに賭けて誓いなさいよ!」
「由香、おっかなーい!」
「アハハ……ねえ、由香。青いバラってないの? 青空みたいに青いの」
「バラに青はあれへんよ。花言葉はあるけど」
「なんての、青いバラの花言葉は?」
「不可能」
「不可能……」
急速にバラたちが色あせていくような気がした……。




