第二章 高安山の目玉オヤジと青いバラ・3
はるか ワケあり転校生の7カ月
12『ガラガラガッシャーン!』
ポチャン…………意外に大きな鯉が跳ねた。
コミセン(コミュニケーションセンターの略)という市役所支所の一二階が図書館になっていた。
あっという間に、読みたい小説やエッセーが五六冊見つかった! ってか、本のほうから「読んでくれー」と、わたしの目にとびこんできた。
すぐにでも借りたかったんだけど、まだここの図書カードは作ってはいない。作るには身分証明が必要なのだ。わたしはまだ生徒手帳ももらっていない。
「オレのカードで借りたろか?」
「え、いいんですか!?」
「オレ今七冊借りてるから、三冊しか借りられへんけどな」
二三分悩んだ末に三冊を選んで、借りてもらった。
「ありがとうございます!」
お礼を言って振り返ろうとしたら……。
「こらあ、走ったらあかんでしょ!」
五歳くらいの女の子が、キャッキャッ絵本を抱えながら走ってきた。
それを避けようとして、わたしは、転んでしまった。
不幸なことに、転んだ先に身の丈ほどのラックがあった……。
ガラガラガッシャーン!
ラックは雑誌やチラシを派手にまき散らしながら倒れてしまった。
キャー!
と、叫んだ……ところまでは覚えていた。
気がつくと、天井が回りながら目に入った。で、大橋先生の顔。そして心配げな図書館の人たち。
「ごめんなさい」
と、母親に頭を押さえつけられて謝る女の子。
「ほんまに、ごめんなさいね」
と、その子の母親。
「救急車よびましょか」
と、メガネに腕カバーの司書のおじさん。
わたしは、ソファーに寝かされていた。
「あ、もう大丈夫ですから……」
ほんとは身体のあちこちが痛かったんだけど。ホンワカの意地に賭けて、わたしは見栄をはった。
図書館近くの神社まで、大橋先生に自転車を押してもらって休憩。
気づくと、狛犬の横にマサカドクン(昨日から、現れすぎ!)
しきりにわたしの左手を指している……やだ、わたしってラックからこぼれたチラシを握ったまんまだ。いそいで左のポケットに突っこむ。
「なんや、ついてない一日になりそうやなあ」
「厄落とししよっと」
拝殿に向かい、ガラガラを鳴らし、お財布から五百円玉を出しかけ、百円玉に替えようとした。
「おっと……」
「シブチンやなあ、お賽銭で悩むかぁ」
「違います、この百円玉は東京駅で駅弁買ったときのお釣り。今年出たばかりのピッカピカ。ラッキーと思って残しといたんです。で……わたしの東京での最後の思い出」
わたしは、東京での未練を、ひとつだけ残して、「エイヤ!」てな感じで、百円玉に託して投げ入れた。
背中に先生の笑顔を感じながら、ひとつだけお願いをした……。
「先生少し聞いていいですか!?」
くるりと振り返って、ホンワカ笑顔で聞いた。
「なんや?」
「先生って、劇作家なんですよね?」
「よう知ってんなあ」
「今朝、ネットで検索したんです」
「ああ、イッチョマエの本書きに……ほかの奴っちゃたら見えんねんやろけど。はるかには、だいたいの見当はついたやろ。お母さん同業者やさかいに」
「ええ、正直なとこ……で、真田山でコーチのアルバイトなんですか?」
「ハハハ、あれは五万四千円や」
「え……安い月給」
「あほ、年俸や」
「ボランティアなんですか?」
「ギブアンドテイクや。きみらの面倒見る代わりに、いろいろ……オレの本演ってもろたり、実験台になってもろたり」
「わたしたち実験台なんですか!?」
「気ぃ悪うせんといてなぁ。部員二人だけ(ああ、山田先輩とタマちゃん先輩)の絶滅寸前のクラブを立て直す壮大な実験や。コンクールで一等賞とる! とらせる! そのためのマネージメントやら、メソードの実験」
「一等賞ですか!?」
「うん。目標は分かりやすいほうがええ。はるか、しばらく演劇部付き合えへんか?」
「え?」
と、真顔に返す言葉も無いわたし。




