第二章 高安山の目玉オヤジと青いバラ・1
はるか ワケあり転校生の7カ月
10『朝のあれこれ』
土曜の朝は、お母さんのいびきで目を覚ました。
「また、徹夜……」
お母さんは、いつでもどこでも、パソコンさえあれば仕事のできる人なんだけども、やっぱし、集中してやれるのは夜のようだ。
それにしてもねえ……この寝顔。口を半開きにしてヨダレを垂らして……。
よく言えば「女戦士の休息」なんだろうけど、亭主の立場を想像して観察して見ると……「百年の恋も冷める」だよ。
「お母さん、風邪ひくよ」
娘として、一応声だけはかけておく。
あろうことか、お母さんはbreak wind(ブレークウィンド。分からない人は辞書ひいてください)をもってこれに応えた。
ま、ほっときゃ、そのうち自分で寝床にいくことは分かっているので、わたしはさっさと着替えて、いろいろやって(女の子の朝の身じたくなんて、「いろいろ」としか言えません)トーストにスクランブルエッグこさえ、コーヒー片手にテレビを付けると、驚いた……。
チェシャネコ、いえ福田乙女先生が出ていた……。
「あ、これが神沼恵美子……ねえ、お母さん。これが昨日言ってた……」
女戦士は、すでに着替えてベッドで爆睡されていた。
ピーピー
洗濯機が任務終了のシグナル。
洗濯物を抱えてベランダに出てみた。ここに越してきて、朝に洗濯物を干すのは初めて。
「山が近ーい!」
高安山は起伏の少ないダラーっとした山で、あんまり情緒はない。でも、目の前に緑が広がっているのは気持ちがいいもんだ。
「ん?」
山の上に目玉オヤジがいる「なんだ、あれ?」と思っているうちに干し終わちゃった。
部屋にもどってスマホのチェック。
ひょっとして……やっぱしきていない。
…………思い切った!
夕べの制服姿を付けて、これで最後の送信のボタンを押す。
「はるかのリセット……元父へ!」と……本文。
由香から、返信のメールだ。
―― とってもカワユイぞ! これでますます友だちだね! ――
背景にきちんとかたづいた由香の部屋、そして本人のドアップ。
「さすが、由香……」
でも、メールだと標準語なんだ……フフ。
と、次になぜか母上のメール。なになに……。
――ごめん。以下のものを買っといて……(以下、さまざまの生活用品のリスト)お金はパソコンの横の封筒。ホームセンターは検索したのを地図プリントアウトしといた――
今朝は、借りた新刊本読もうと思ったのに……と、母の部屋を睨みつける娘であった。
時計を見ると、まだ九時。ホームセンターが開くのにはまだ間がある。
わたしは部屋にもどってパソコンのスイッチを入れた。
パソコンが立ち上がるまで(って、言葉としては変だよね。パソコンは立ったりしないもん。起動とか稼働とかが正しい表現だと思うんだけど、起き抜けのボーっと血圧の低い状態から、シャキっとして「立ち上がる」って感じで、わたしは好きだ。で、わたしのパソコンはお母さんのお下がりで、お母さん同様で、血圧が低い)トランプ占いをやってみた。
出てきたカードの組み合わせをマニュアル本で調べる。
「意外な出会い」と分かったころで、わがパソコンの血圧が正常値になった。
「大橋むつお」で検索してみる……。
「おお、意外に有名人か!?」
三百件近く出てくる。数的には、お母さんといい勝負。本業は劇作家。著作は共著こみで七冊。上演実績はそこそこ、でも中高生の演劇部がほとんど。食えないだろうな、これじゃ……。
おっと、時間だ。大阪に来て最初の休日、やることはいっぱいある。
越してきた日に買ったオレンジ色ということだけが取り柄の中古自転車にうちまたがり、ホームセンターをめざしてペダルを踏む。
角を曲がるためにカーブミラーに目をやる。ミラーの中にちらりとカラスが映った。アホー……と、一声残してカラスの飛び去る気配がした。




