6:死に運ばれる骸骨
僕と浜口くんが学校に着いたのは始業の5分前だった。始業といっても、そこからホームルームまでに20分ほどの空き時間が存在するから、僕の感覚としては実質25分前じゃああるのだが……。そんな事を、以前、まだ浜口くんが男だと思っていた時に、家は近いくせしてなぜいつもギリギリなのかときかれたので言ってみると、
「何言ってるの? バカなの?」
いやあ、おっしゃる通りでございます。
午前中の授業が終わり、時は昼休み。あぁ〜、やっと終わったぁ〜。とか心の中で安堵しつつも、僕はカバンから弁当を取り出し、机の上に置くーーーー……前に、その腕をはっしと誰かに掴まれる。だ、誰だ!
「ボクだ!」
浜口くん! お前だったのか…いやまあ、僕に話しかけてくる人なんて浜口くんくらいしかいないけど。あれ、自分で言っててなんか少し寂しい。でも逆に捉えてみよう、浜口くんは女の子だ。男子の制服着てるし別に確認もしてないけど、女の子だ。女の子と二人っきりなんて、何をどうあがいても最高じゃないか。でしょ? だから僕は寂しいやつなんかじゃないはずなんだ。←気持ち悪い。でもやっぱり、友達がいないっていうのは少し寂しいものだった。だって、浜口くんはあんまり友達って感じじゃないからだ。いやでも、それだと、友達ってなんなんだろうなぁ、と思う。伊藤くんと浜口くんの違いといえばたくさんあるけども、最もわかりやすいものはといえば、性別か。僕は所謂、異性間の友情を存在しないと思っている人、なのかもしれない……あれ言ってる人見たらちょっと引くんだよなあ、生理的に。本当、なんとなくだけど…。でも僕はそんな人でありたくないから、たとえ無意識下でそう思っていたとしても、口では否定し続けるし、心の中でも否定し続ける。だがやはり浜口くんは友達なんかじゃないのだ。じゃあ一体、なんなのだろう? しかしそんな事をいくら考えても僕の足りないオツムじゃ多分永遠に答えに辿りつけないだろうから、僕はひとまず考えるのを放棄する。
ところで、今僕たちはどこに向かっているのだろう。
浜口くんに腕を掴まれひかれ、教室を出た僕たちは、どこかに向かっている。この使い慣れない校舎にはどこに何があるのかなんて一切わからない僕は、一切の迷いがない浜口くんの歩みに感心するばかりだ。職員室前を通って、印刷室の前を通って、トイレの前を通って、入ったのはただの空き教室。
……え、なんかエロい。
なーんて、考えるはずもない。浜口くんが伏し目がちに、重々しい表情をしているこんな状況下、そんなクソみたいにゴミみたいにクズみたいに下卑たことを、考えていいはずもない。なぜだかはよくわからないが、目の前で、浜口くんが、心底気落ちしたような表情を作っているのだ、そんな雰囲気でもない。ちょっとは真面目にやらないと。
「…とりあえず、食べよっか」
「うん」
僕らは椅子に座って弁当を机の上に開く。
僕の弁当箱は透明なプラスチック製のジップロックコンテナで、海苔とご飯にほとんど冷凍食品という、忙しい母さんが朝早くから作ってくれたのだから感謝しないといけないと思いつつ、やっぱり適当だなあと思う内容な弁当なのだけれど、いつも必ず入っている玉子焼きは、甘くて、とんでもない絶品だ。母さんの玉子焼きはめちゃくちゃ美味い。だから僕はいつも、玉子焼き以外の、冷食と米から手をつける。
「ふー」
全て食べ終わった浜口くんが、コーヒー牛乳を一口飲んで、深く息をつく。僕も、玉子焼きを飲み込んで、弁当箱を片付ける。何か話をされるのかと思ったら弁当を食べ始めたうえ、やっぱり雰囲気は重々しいから、弁当を食べている間、僕らは一言も言葉をかわすことがなかった。浜口くんが話しかけてこないから、僕も特に話せなかった。僕の会話が、いつもこんなに相手からのアプローチに依存していただなんて……。
愕然としている僕に、
「どうしたの? って、なんできかないの?」
と、不思議そうな浜口くん。
「え…」
「いつも教室でご飯食べるのに、いきなり理由も説明せずこんなところ連れてこられたら何なんかなー、って思うでしょ?」
エッチなことだと思ってました。
「えーっと」
「ねえ」
「ど、どうしたの…?」
浜口くんからの圧力に屈し、言われた通りにする僕。今までの重苦しい顔なんかは、全て演技だったのかもしれないと悟る。浜口くんって演劇部か何かだったっけ?
「うん、それなんだけどね…」
また演技に戻ると、浜口くんは何かを言い出そうとして、言い澱み、二人っきりの教室に沈黙が広がる。
「いや、早く言ってよ。かわい子ぶってないで」
「ーーな、な、かわい子ぶってなんかないもん!」
『もん』じゃないよ、『もん』じゃ。なんか、これからは浜口くんのやる事なす事全部演技だと思って見てたほうがいいのかなぁ……。そもそも、男のフリをしてるのだって演技なわけだし。理由は知らないけど…。
はー、と息をついて、
「…」「ところでまた人が死んでるって知ってる? 寺内くん」「えー、いや、知らないけど」「だよね。うちの学校の話じゃないもんね」「うーん」
あんまりニュースとか見ないもんなあ。うちの学校ーーっていいのかよくわからないけど、ヒラコーで死んだら、流石にまあ、分かるか…。
「じつはね、それもあって今朝は寺内くん家に訪ねたんだ」
「………」
「何か言いたいことがあるんなら言ったら?」
「いや、関係あるかな、と思って」
「んー? ないかな? …まあいいけど、いや、あれよ?ボク、そういう話、君としかできないし」
まあ、たしかに。
「魂がね、取られてるんだって」「意味わかんないんだけど」「魂取られたみたいになってるんだってさ、被害者の人」「どういうこと?」「言った通りだけど…えーとね、突然倒れて意識不明になって、目とかはいつも通りに開いたままで、病院に運ばれた後しばらくして死ぬ…みたいな案件が多発してるらしいんだよね、市内で」「へえ。病気じゃなくて?」「原因も不明らしくてね、倒れた人の左手首には必ず黒いドクロマークが描かれてるんだってさ。刺青みたいな感じで」「っていう病気?」「なんか、さっきから病気にしたがるよね」「まあ」「でも、体には何の異常もないんだよ? 突然機能停止するんだって」「早すぎた老衰死みたいな?」「いや、老衰は病気なの?……いや、そこは何か超常現象が起こってるものなんだ、って普通考えない?」
考えるだろうか。
考えるものなのかもしれない。
「しかもそれがさ、若い女性にばかり起こってるらしいんだよね」
「へえ、じゃあ僕らには関係ない話だね」
「何でだよ!」
浜口くんがキレた。
「私のことを何だと思ってんの、ってかこないだカミングアウトしたばっかじゃん!」
「浜口くん、落ち着いて、落ち着いて、一人称が」
浜口くんはいつも男モノの服(制服以外見たことないけど)ばかり着ているのだから、女の子とみなされず、助かるかもしれないと思う。
それにしても。
死が伝染している。自殺、事故、殺人、よくわからない現象。やはり、米内松丸くんの件から連鎖するように、ちょくちょくと…この流れは、そのうち止まるのだろうか。他人の死に鈍感な浜口くんでも、自分が死ぬのは流石に怖いのかな、とか、思いながら、女性だけなんだったら大丈夫だな、と気軽に安堵することもできず、僕は怖いぞ、と思う。何事にも例外は存在するからだ。
早いところそんな現象はもう終わってくれと思う。僕には全く関係のない他人だけれど、人が死ぬのはやはり嘆かわしいことだ…悲しむ人がいるから。