5:そしてそのあと
湛えた微笑みとは裏腹に、浜口くんから発せられたなんとも恐ろしいその言葉は、まさか告白というやつだったのだろうか。
人生初の告白が、美少女ーーいや、少年ーーじゃなくて少女、でやっぱりあってるか。に、まさかなるとは思っていなかった。僕は告白をしもされもせず一生を終えるのだろうと、この歳ながらになんとなく思っていたからーーそれにしても、男じゃなくて女。それは浜口くんの自己申告ではあるけれど、えらく説得力のある言葉だった。そう言われると、これまで男だと思っていたのが間違いだったかのように、浜口くんはもう女の子にしか見えない。すべすべな白い肌も、小さな顔も、大きくて鮮やかな鳶色の瞳も、狭い肩幅も、華奢な肢体も、腰つきも、声変わりを経験していない高い声も、更には平たい胸でさえ、もう、何もかもが僕には、彼、いや、彼女が女の子であるようにしか思えなかった。彼女にそう言われたというだけで今までの認識を完璧に覆されるだなんて、僕の残念さをつくづく感じる。ここで、いやいや、今からの言ってることはあくまで自称に過ぎない、やっぱり浜口くんは男だ! 僕は僕しか信じない! とか心の底からいい放つことができればまた違うんだけどなあ。
それで、まあ。僕は今、浜口くんのことを避けに避けて避けまくっていた。 女の子だと僕にカミングアウトしながらも、他の人間には隠すつもりであるのかそれとも実は嘘なのか(いやそれはないか)、浜口くんはそれからも男子用の制服を身につけて登校し続けた。それでも変なところで頑固な僕の脳裏には既に、浜口くんが女であるというイメージが完璧に擦り付いており、いくら浜口くんが男の制服で一人称が僕であっても、あー、でもこいつって女子なんだよね、という感覚は一向に拭い去ることはできない。べつに僕が女性蔑視の男というわけじゃない。ただ、僕は女子とあまり話したことがないから女子と話すのは緊張するし、苦手だ。朝早くから岬野咲高校の教室で衝撃的カミングアウトを受けた後、僕たちは普通にそのまま再度バリケードを乗り越え、開区奈落高校に向かった。到着したのは、始業の30分前。いつもの僕からすれば考えられない程早くからの登校であるが、それを面白おかしく指摘してくれる友達も特にいないので、少し寂しい。いつものように休み時間などの合間合間に浜口くんと喋るけど、なんだかいつものようにーーというか、これまで浜口くんと話していた時のように口が回らないしどこか居心地が悪い。訳はわかっている。浜口くんが女子だと知ってしまったからだ。僕は女子と話せるスキルを持たない。よって、翌日からしばらく浜口くんと関わらないようにしようと決め、浜口くんが僕の方に来そうだったら逃げ出したし、兎に角、なるべく彼女とは行き遭わないようにしたのだ。そして、それはうまくいき、一言も言葉を交わさなかった。ただ、このまま卒業まで持つかは怪しいところだったが。
そんなこんなで一週間。
ついに堪忍袋の緒がぶち切れたようで、また彼女は僕の家にまで訪問して来た。朝早く、しかもまだ母さんが家にいる時間にだ。結果的には、卒業までどころか、一週間も保たなかったわけだ。僕の友達であるらしいと自己紹介した彼女を、母さんは特に疑うこともなく家に上げ、コーヒーまで出していた。更には興奮した様子でまだ寝ていた僕をゆすり起こし、「ねえねえなにあの可愛い娘! この時間に家に来るって相当迷惑だけど何者? あんたって友達いたの?」。とんだ言われようだ。僕にだって友達ぐらい、いたさ。
「じゃあ私はもう行くから、ちゃんと相手しなさいよ。行って来ます」と言って母さんが部屋を出て行くので小さく「行ってらっしゃい」と返す。……さて。寝巻き姿のままリビングの方に行くと、ちょこんと席についている浜口くんがいた。じと〜、と睨んで来るから、そちらに視線を向けづらい。鍋からあったかい味噌汁を椀に注ぎ、炊飯器からご飯を茶碗によそう。
「飲む? あったかいけど」
「いい。コーヒーいただいたし」
「あっそ」
朝食とともに僕も席に着く。浜口くんの向かいの席。久方ぶりに正面から見る浜口くんの顔は、むすー、として怒りに燃えているように見えるから、目を合わせづらい。
まあべつにいいけど。
僕が食べ終わるのを見計らってか気が向いたかなんでか、しばらく黙っていた浜口くんが口を開く。
「なんでボクのこと避けてたの?」
「さ、避けてたって、いうか」
「避けてたよね」
まあね。
とか開き直りはしないけど、僕は言う。
「て、いうか、浜口くん、さん? は、どうしたの? こんな朝早くから、そそ、それに、他人なんてどうでもいいってんだし、別に避ける避けないなんて、気にしなくても」
「気にするよ? だってボク、寺内くんのこと結構気に入ってるし」
浜口くんの一体何サマかよくわからないような発言は鼻につかないこともないけど、あの日に実は他人なんてどうでもいい、唯我独尊と思って憚らない性格なのだと僕に明かした浜口くんは、以前に見せていた弱気で内気な性格の頃からもう既に勉強ができたりサッカーが上手かったりと確かに、伊藤くんほどではないにせよなんでもできるやつのようなところはあり、それをまるで隠したりはしていなかったし、活き活きとしてたし、注意深く観ていれば、性別の違いまではわからなかっただろうが、弱気でない本当の浜口くんの素顔が垣間見ることが、少しはできたのかもしれなかった。ただし、注意深く観るには距離が開きすぎだろうが。
「で、なんで?」
「いや、えー、あー、うん、んー……あ、んー、その、ねえ」
「早く言って。てか目ェ逸らさないで」
「んー、えー、いや、ほんと、」
「殺すよ」
「はい、女子との接し方がわからなかったからです」
声のトーンがマジだった。思わず敬語を使って、ダサいから言いたくなかったことをあっという間に口から垂れ流しにしてしまうほどに、今の彼女の台詞に僕はビビっていた……。殺されたくないから、浜口くんが仰った通りにしっかり正面を見据えると、彼女は真っ暗な瞳で僕を見返してきた。あえて形容するなら、人殺しのする目って感じ。つまり、その言葉は。ある程度仲が良さそうに見えたクラスメイトたちが目の前で死んでも特にどうにも思わなかったと言った浜口くんがする脅しとしては、説得力に満ち溢れていた……。
「なるほどね、ボクが女の子だってわかったから」「はい」「そうだね、確かに困惑するよね、ごめんね」「いえいえ、そんな事は」「でもね、今まで通りにただ適当に喋ってほしいな」「いえそんなおそれおおい」「学校行こっか」「先に行っててください、後から僕も行きますんで」「敬語やめてくんない?」「いえ、あのー、そう、敬語じゃないともっとどもりそうなので」「いや、ボクがやりづらいしさ」「はい、わかりました、わかったやめます敬語やめるよ」「………………やけに素直だね。感心感心」そりゃそうだ。だって僕は、殺されたくない。
「じゃ、早く準備してねー……っても、まだ時間はたっぷりあるね。用事もないし、そんなに早く家出る必要もないかな」
「…………」
「そうだ、トラソーやろうよ、対戦した事ないでしょ、たしか」
『トランスミグレイション・オブ・ザ・ソウル』。死ぬたびに主人公が変わるゲームで、死ぬ事でプレイアブルキャラクターを増やすことができるのだが、死ななければ操作キャラクターを入れ替えることができないうえに、それでいてよく死ぬゲームだから、なかなかストーリーが前に進まない。しかしそれを頑張って全キャラクターのストーリーをクリアした時には途轍もない満足感が襲ってくるものだ。といってもまだ僕は一人分しかクリアしていないのだが…。それだけでももうこのアプリ消そっかなってくらい充実感があったので、きっと全クリはもっとすごいはずなのだ。他者との対戦機能も備えているため、ソロプレイだけでなく複数プレイも楽しめる、スマホアプリにしてはかなり出来のいい逸品だ。有料だが、たった少しというものだ。思い切って金払って買う価値は確実にあるはずだ。少なくとも僕はそう思う。グラフィックも綺麗だし、強いていうなら音楽が少しちゃちいが…。
「よし、じゃあボクが募集するからね」「はいよー」
それからしばらく僕等は遊び耽った。浜口くんはやり込んでいるだけありプレイングも主人公のステータス自体も高いものを持っているようだった。結局何回かやって、僕が勝てたのはたった一回だけ。なんだかんだで圧倒的な強者にも勝てるこのゲームはゲームバランスもなかなかいい。
「とりゃ、それ! …へへ、楽しいね!」
「うん」
浜口くんは満開の笑みを浮かべていた。僕がそのようににこにこな浜口くんを見たのは初めてだったかもしれない。今までに見たことのない浜口くんのそんな表情はとても可愛く、
不覚ながらも、見惚れてしまった……
寝ぼけつつ投稿しますので間違い、あると思います