3:感情の方向
明日は、もちろんやってくる。
目を開くと、見知らぬ天井ーー……じゃない、リビングの天井だった。自分の部屋じゃないのは確かだけど別に見知らぬってわけじゃあ全然ないな、うん。寝ぼけてるなあ、反省、ハンセイ☆←気持ち悪い。ちんすうが終わった後テレビを消して、なんとなくゴロゴロしてたらそのままソファの上で寝てしまっていたらしい。母さんが帰って来たときにタオルを僕にかけておいてくれたようだけど、それは無惨にも床に放り出されてしまっていた。
「んー」
「あ、起きた? 早く支度しなさーい」
母さんは僕よりも早起きだ。僕も早く寝るだけあってなかなか早起きだけどそれよりもっと早起きだ。僕が覚醒したときには大体いつも弁当を作っている。作っていない日にはお金を渡されて購買でパンを買えと言われる。前ならそれでよかったのだが、ただ、今は使い慣れた学校に通っているわけじゃないので購買に行くというのは少し億劫じゃあある。まあ、途中でコンビニにでもやればいい話なんだけど、それだとギリギリの時間に生きる僕はコンビニが混んでた時に詰むからやっぱり購買の方がいいのだが他校だから気がひけるしああもうどうしたらいいんだろう! ちなみに今日の母さんは、普通に弁当を作っていた。取り越し苦労もご苦労様。
「んー……今何時」
「5時半くらい?」
「じゃ、まだ寝れるなー」
「起こさないで仕事行くよ、わたし」
「んー」
別にいいよ。起きられるだろうし。
✳︎
"ぴんぽーん"
「う」
しっかり眠ってしまっていた。ベルの音がなければこのままずっと、遅刻するまで眠りこけてしまっていたかもしれない。どこの誰だか知らないけど、うちを訪ねてくれてありがたく思う。
「ううー」
伸びをすると、ぼきぼきぼきぼきぼきぼき、という小気味の良い音が背中から聞こえた。
僕はソファから降りて、瞼をこすりながら玄関へと向かう。解錠しドアを開けると、そこには線の細い儚げな美少女……じゃないや、浜口くんが立っていた。いけない、まだ眠気が取れてないな。
「もしかして起きたばっかり? 迎えに行くって言ったんだからちゃんと準備しといてよ」
「え、ああ、そうだったね、うん、そうだった」言ってたなあ、そんなこと。
「何一人で納得してるんだよ〜、もしかして忘れてた?」
ぷりぷりと可愛く怒る浜口くん。忘れてました。
浜口くんは制服に身を包んでいて、対する僕は寝巻き姿プラス寝ぐせで髪があちらこちらすきな方向に跳ねている。浜口くんに責められるのも無理ない話だ。
「ごめんごめんちょっと待ってて」と言いつつ僕は急いで部屋に戻り、寝巻きの上から制服を羽織ってカバンを背負い玄関にまた戻る。寝ぐせは直していないがこの際仕方あるまい。ドアを閉めて、カギを差し込みひねって抜いてドアを引っ張る。よしよし、閉まってる。
「お待たせ」
「大丈夫、今来たとこだから」←意味不明。
いつもの通学路。ただ、いつもと違うのは、隣に一緒に登校する人間がいるということだ。朝特有のひんやり冷たい空気を鼻から吸い込んで体の奥にまで染み渡らせながら、僕は考える。さっきのよくわからんボケといい先ほどちょっと怒っていたときといい浜口くんはやはり、人が変わってしまったのではないだろうか。僕の中にあったこれまでの単に気が弱いというだけのイメージと、今現在彼に対して抱く印象が少しずつズレていっている気がする。まあ多分これが本当の彼であって、そもそま僕のイメージなんてものは僕のイメージでしかない利己的なものなんだろうけど。僕はそれでも気になるから、浜口くんに言う。
「なんか、あれだねえ」
「何、あれって」
「いや、よく考えたら、朝早くって言ってたけどあんまり早すぎないかなと思って」あ、しまった、こんなこといいたいわけじゃなかったのに。
時計を見ると、まだ6時半。僕の家から学校までは歩いて行ける距離だというのにこの時間に行くんじゃああんまり早すぎる。
「早くついた方がいいでしょ?」限度は例外なく何事にも存在すると思う。
「まあねぇ……んー、ああ、あと、よく僕の家わかったよね。あの辺道が入り組んでてわかりづらかったでしょ」
昔々、あの伊藤くんですら迷っていたというのに。「お前ん家遊び行きたいけど道わかんないから公園で待ち合わせしよーぜ」という旨のメールが何通届いたかわからない。あれ? これ、単純に伊藤くんが方向音痴なだけじゃね。
「そう?」
「…………そうじゃないかも」
「なんかおかしい寺内くん」
ふふと笑う浜口くん。楽しそうで何よりだけど…。
「なんか、楽しそうだね」
「そりゃそうだよ、だって楽しいんだもん」
浜口くんからはやはりテロ経験などどうとも思っていないようだ。というか、もしかしたら、彼は相対的に明るく見えるだけなのかもしれない。暗さの極みのような周りの、相対的に……。まあいい。
「実は僕、浜口くんはもっと暗い奴だと思ってたんだけど」
「あー、まあ、人間関係のしがらみがなくなったしねー」
「…………」
彼は、クラスメイトがいなくなって嬉しいのかもしれない……。
まあ、そういうこともあるか。
そう思うには、僕の心が少し浜口くんを怖がってしまっていた。