2:和気藹々とした4分の1の五分の一
「へえ、寺内くんもそのアプリ入れてるんだあ。面白いよねえ」
「まあ普通に。浜口くんはランクとかどんくらい?」
「マスターランク」
「へえ、やりこみすぎじゃね……ちょっと引いたわ」
「いや、引かないでよ! 僕、サービスの始まった時からやってるからさ、やりこみは分からないけど、他の人よりはやってる自信があるよ」エッヘンと胸を張る浜口くん。
「あ、そ……」
「今度対戦しない?」
「いやいや、マスター様なんて相手になりませんよ、所詮あっしはBランクでございまさア」
「うざっ!」
昼休み、暇を持て余した僕がアプリで遊んでいると浜口くんが話しかけてきて、楽しく会話をする運びとなった。受験生とは思えないこの体たらくーー周りの人たちはみんな勉強しているというのに……まったく。
「恥ずかしくないの?」
「え、ええ?」
浜口くんと、喋るくらいには仲良くなった。テロ事件から三週間。僕たちのクラスは約四分の一の人数に減った。半分は死に、残りの半分弱は病院通い……銃弾がかすった、一発もらったとかそういう人もいるにはいるが、…主に心の怪我によるものでだ。ただでさえ人数が減ったうえにクラスのカースト上位たる人間が何人か死んだりして学校に来ていないので、教室内はやたらめったら陰鬱な雰囲気になっている。ので、あまり大声で話すことができるような場所ではない。それでも、小声であるとはいえ明るくしゃべっているのは僕らくらいなものなのだが。そういえば、浜口くんは別に以前と何か変わったようなそぶりを見せないな。いや、以前をそもそもあまり知らないけど、テロの影響を何か受けていそうかといえば、そうでもなさそうだ。むしろ明るくなっていやしないか。あんな風に突っこみをいれるような性格だっただろうか。いやまあ、彼の性格なんて何も知らんけど。結局何もかも僕の主観だった。
「ーーそれにしても、幸運だったよね、寺内くん」
「ん? うん」
「……なんのことかわかってる?」
伸ばした髪の毛をかきあげながら、困った顔をして僕をじっと見つめる浜口君はなるほどとても可愛い。やたらと小柄な肉体に目がぱっちり真ん丸大きい童顔は中性的だ。いや、むしろ女にしか見えない。男からも女からも愛でられて、周囲にわんさか人が寄って、とても賑やかでうるさかった理由がよくわかった気がした。もう戻らない過去。
「いや。ごめん、聞いてなかった」
「サボっててよかったね、って言ってるんだよ」
「ああ……何? 責めてるの?」
「いや、持ってるね、って話」
「ふーん」
本当に持っているんだったら、僕は連絡網が回って来たときに寝てなんかいなかったと思う。そして、机の上の花瓶をどかすような真似もしていなかったと思う。僕ら三年二組は現在、岬野咲高校じゃなくて開区奈落高校の教室を一部借りて勉強しているから教室の机上には花瓶は別にのってないけど、もしそのまま同じ校舎で勉強していたらどうなっていたのかな、と思う。きっと、教室の半分以上の机に花瓶がのっているその光景はとても凄惨なものだろう。それを見たら流石の無関係な僕でも少しは落ち込むだろうか。まったくテロに関わりもしていない、クラスメイトに友達もいなかった、傍観者ですらない、この僕でも……。
もうすぐ、伊藤くんが死んでから1ヶ月経つ。月命日にはお参りに行こう。
僕も死ぬのだろうか。
当たり前だ、人間はいつかは必ず死ぬ。でも学生のうちに死ぬなんてことは珍しいことだと思うし、社会的にも、若い年齢のうちに死ぬということそれ自体、あまりよろしくない。養ってもらってる身のまま死んでちっとも社会貢献しないんじゃあ、ねえ。
わけのわからないままわけのわからなく突然に死んでいった吉田くんや若槻くんや田中くんや加藤さんたちは、今頃どうなっているだろうか。自分一人まったく痛い目も見ずにいやがってと背後あたりから恨みがましく僕を睨んでいるだろうか? 全員地獄堕ちだろうか? 単に、いなくなってしまったのか ……どうなるかなんてことは誰にもわからない。生きている限り、決してわかることはない。それを知りたいから死にたいと思うマッドサイエンティストじみたやつも世の中にいないとは言えないだろうけど、とりあえず僕はまだ死にたくはなかった。
✳︎
夜。まだ、テレビを点ければテロ事件のことをやっている。日本の歴史に残るであろう事件だ、そりゃあ1ヶ月なんてもんじゃない、まだまだ取り上げ続けるだろう。ドラマが始まるのは10分後だから‥‥‥もう少し観続けとくか。実際の被害者に直接インタビューしている。インタビューされる方にしてみれば災難だな。いや、案外目立ちたがり屋なのかもしれないけど。
今に限らず神様の権威によっかかって聖戦だとか言って殺戮を行ったり重要文化財をぶっ壊したり略奪を行ったりする輩などというのは昔からいるものだ。今大暴れ中のイスラームに限らず、キリスト教にだって、……神様信仰じゃないけども、仏教にだって。しかし基本、一神教だ。今回も多分、そのケースに当てはまる。それでやっぱ一神教ってクソだわという世論が蔓延して、現行その宗教の信者である者たちはそういうやつらは本物の信者じゃない! って否定して怒ったりするけども無駄で、差別、虐待されて肩身の狭い思いをすることになるのだ。宗教にはしょせん政治の道具でしかないという一面も確かに存在する。宗教も、神様も、政治や戦う理由や破壊のための道具でしかない……人を操るための口実でしかないのだ。とまあ、この世には考えるべきことと考えなくてもいいことが存在していて、今回の場合、これは後者に当てはまるだろう。なにしろ、物事が複雑になりすぎてどう足掻いても問題は解決しなくなっている。思考からポイするしかあるまい、考えても無駄なのだから……。
携帯がブブブと震えた。画面に表示されているのは、浜口君からのメッセージ。長年、僕のアドレス帳に登録されているのは母さんと伊藤君のものだけだったが、一昨日か昨日に、ついに新たな連絡先――――つまりは浜口君の連絡先がそこに加わったのだった。なんだか感極まるものがある。
『明日、朝早く来れるかな。』
僕はごろごろしてたい。
『無理です』
返信してから数分、再度携帯が振動した。
『そこをなんとか。』
『どうしても無理です』
お、ドラマが始まった。浜口君の相手をしている暇もないな。僕は震え続ける携帯を無視してテレビを食い入るように見つめる。ドラマ・『ちんぷんかんぷん方程式』は主人公の理系男子イケメン(まあ売れてる若手俳優は大概そうだけど。設定的には冴えないってことになってる)大学教授がなんやかんやと頑張る話だ。文系の僕でも面白いのだから、多分相当に面白い話なのだ。事実、少し前まではこれが放送された翌日には『ちんすう』の話題で持ちきりだった。伊藤くんがやたらと進めてくるから僕も視聴して、見事にこうしてハマってしまったというわけだ。この日だけは、僕も夜遅くまで起きるようにしている――。そんなわけで、思い出の作品である。笑いあり涙ありアクションあり恋愛あり雑学ありと非常に詰め込み過ぎというくらいに詰め込んだ内容は視聴者に『飽き』というものを覚えさせはしない。お、テロか。またこれはタイムリーなネタだなぁ、誰か止める人はいなかったのだろうか――〝ソートーエキサーイエキサーイターカーナール♪ エキサーイエキサーイコーコーローガ♪ ミー……〟――――……失礼、出ます。
「なんですか」
『何で無視するのさ!』
「え、ドラマが始まったから……?」
『あ、ちんすう? 面白いよねー、今僕も観てる!』
「はい。では、集中してるので、また後程」
『あ、うん、わかった』プ。
携帯をソファの上に投げ捨て、僕もその上から覆いかぶさるように寝転がる。
ドラマ・『ちんぷんかんぷん方程式』の魅力は何と言ってもその多彩なキャラクターたちにある。主人公たる小手洲教授は1パーセントのひらめきを持っている所謂天才と呼ばれる男だけど言い間違い聞き間違い勘違いをよくする天然ボケで、謎解きの際にも話の途中まではボケたまま解き続けるので必ず行き詰まる。天真爛漫でかわいい女助手・不安坊が途中で小手洲教授の間違いを正す役割に大概位置しているのだが、如何せん彼女は小手洲が大好きすぎてあまりにもイエスマンなので途中まではまともに考えることすらせず、とにかく頷き続ける。調べ物をさせられる情報屋・彫歩道はとても優秀で小手洲教授に頼まれたことをすべて調べ上げてくれるのだけれど、結局すべて小手洲の勘違いから頼まれた情報であるので事件解決にはあまり役に立たず、それを無惨にも不安坊に告げられ、彫歩道が嘆くというのが定番のオチだ。基本的に謎解きが軸になってはいるが、恋愛がらみの話の際は謎解きは話の主軸に全くからまず片手間で済ませてしまったりギャグ回は突き抜けてギャグばかりで謎解きはあまりしなかったりするので、ミステリ要素はほとほと薄めである。小手洲教授は勘違いが消えた瞬間に謎を解き終わるため、このドラマは謎を解くというよりどこで小手洲教授が勘違いをしてしまったのかということについてかんがえるものだ。たった一つや二つではなく、他人の言葉を拾い上げるのに一文につき4つ5つ間違うので何とも複雑な事態に成り果ててしまう。ギャグ回も恋愛回も、全て話の発端は小手洲教授の勘違い聞き間違い言い間違いだ。どんな酷い間違いをしていたのかということについてネタにするのもこの作品の楽しみ方の一つである。ちなみに舞台は沖縄。この作品、どちらかというと愛称は『ちんすこう』の方がよく広がってる。入ってない『こ』の字を勝手に挟み込むのに抵抗を覚えて『ちんすう』と呼んでいるのは僕くらいなものだと思っていたが、そうでもないらしい。
〝ソートーエキサーイエキサーイターカーナール♪ エキサーイエキサーイコーコーローガ♪ ミーチビークアノーバショーヘ……〟――――失礼。
『またのちほど、じゃないよ! ドラマが終わったら寺内君、すぐ寝るじゃん!』浜口くんの時間差ノリツッコミ。
「通ですね」
『今反射だけで喋ったでしょ! 多分それ使い方違うよ!』
「よく知ってますね」
『意味ぐらい解ってるよ!』
「浜口くんは僕博士ですね」
『わかってるから……』
ハア、とため息を一つ。
『っていうか、なんだけど、メールだけならともかく、通話の時にまで敬語使うのやめてほしいな』
「え、なんか緊張しませんか」
『緊張? する?』
「……いや、よく考えたらしないかも」
『なんなんだよ!!!』
やっぱり浜口くん、皆が死んでから明るくなったんじゃないか。なんだか突っ込みが激しすぎる、気がする。あの伊藤くん以上だ。
テレビでは不安坊がライバルとバチってるシーンだ。二人ともよくCMにも出演する若手女優。枕営業って実在するのだろうか。するんだろうなあ。やだー。
『とにかく、話があるんだ。空いてる時間は?』
「え、」
放課後はすぐ帰ってすぐゲームしたいし……。
「昼休みとか」
『ああ、昼休みは駄目。僕、ごはんゆっくり食べてまったりとしたいから』
「……………」
おい。
『やっぱり朝かな』
「駄目だよ。起きれないし」
『じゃ、明日は早くから迎えに行ってあげよう』
「ええ」
『じゃ、そゆことで』
「え、ちょっと、うちの住所知ってんの」プ。
ふー、と長い息を一つつく。携帯を床に置いて、テレビの画面をぼーっと見つめる。ドラマはいったん中断、cmに入るらしい。
『早速この後勘違い! そして新たなる火種が……?』
と右下にテロップ。
おお、今回は一体どんな勘違いなのだろう。
わくわくが止まらない。
『ちんすこう』の中の登場人物の名前は世界史の教科書を適当に開いて決めました。