輝けるセカイ
「でも一体、俺が死んだくらいで文明滅亡だなんて、世の中どうなってんだろうな」
どうなってんだろうなって…そもそも君が言い出したことじゃなかったっけ、独我論。
君の考えでいけば、それは所謂当然のことなんじゃないのかい?むしろ、徐々に(猛スピードではあるけども)人が絶滅してゆくこの状況の方が、君的にはイレギュラーなんじゃないのか?
「まあな」
っていうか、久々の一言がそれかい…もっと発言に気を配った方がいいよ、きみ。
「んー、死んじまってから自我ってやつが段々薄まってきてる気がする。考え方とか、性格とか、消えてきてる気がする…こうして夢に出て来られるのももうそんなにないかもな」
それは、嫌だなぁ。
結構楽しいのに。
「なんていって、起きた時には忘れてるじゃねーか」
そうだね。忘れたくないのになあ。
「ま、それに、浜口がいるから寂しくもねーだろ」
うん。
まあ、そうだけどさ。てか、こないだも言ったと思うんだけど、君がどうこう以前に僕が危ないよね。
明日もあるかわからないんだからさ。
「そこについては心配するな」
心配だよ。
まだ死にたくない。
「死なないから大丈夫」
は?
「寿命か病気か怪我のどれかでしか死なないだろうぜ」
マジで……て、嘘つけ。
適当言うなアホ。
「適当じゃねえよ」
じゃあ証明してみせろ。
みんなが死んでるのに僕が死なないなんてあるわけないじゃないか。気休めはたくさんだ。
「お前が今生きていることが何よりの証明さ。おっと、生きていることについて証明しろとか言われても無理だからな。そこは、お前が自分で納得するところだ」
僕が生きていることが証明?
なに言ってるんだ、サイコロを100回振り続けて1の目が唯の一度も出ていなかったところで、次の101回目に出ないとは限らないんだぞ、伊藤くん、そんなこともわからないのかよ。
「六面サイコロに7の目は存在しないだろ」
はあ?
「なんか違うんだよ、お前」
なんか違うってなんだよ。
「前にも言ったろ、ケンは例外だって」
例外?
「うん」
なんの。
「俺の存在の影響範囲外にあるっていうか」
はあ?
「だから俺が死んでもお前は死なない」
なんか普通に当たり前のことを当たり前に言ってるような気がするんだけど…
「世の中だいたい俺の思い通りだったのにな…特に人間関係に関しては。俺の言うことにはみんなウンハイイエスグッドイイネイイヨワカッタって感じで従ってくれるし、どんな問題も解けて、世の中思い通りだったし」
なに、自慢?
「いや。でも、お前はなんか違ったんだよなー」
さっきから違う違うってなんだよ。うぜえぞ。
「なんか辛辣過ぎない?お前。まあそんなお前が、とにかく、俺の思い通りにならない感じのことを言ってくるお前はなんか違ったんだよ。ズレが心地よかった」
だから、なんか違うなんか違うってなー。
「浜口だってそうだったんだぜ?あいつは俺の言って欲しいことを言ってくれるようなやつだった」
なにが言いたいのかわかんないけど…
「なんで浜口は死んでないんだろうな」
何だよ、その言い草は。兵庫に死んで欲しいってのか?
「ちげえよ」
じゃ、なんだよ。
「じゃあ言い方を変える。訊こう。どうして浜口兵庫はまだ死んでないんだと思う?」
そりゃ、…まだ順番が来てないからだろ。
「なんの?」
死ぬ順番。
「マアそうっちゃあそうだろうが…そういうことじゃない。浜口は本来だったらもう死んでいるはずだったんだ」
?死んでないだろ。
「うん」
え、まさか、本当はもう彼女は死んでいて、僕が今見ているのは彼女の幻影とかそういうことか、まさか。え、まさかの。
「いや、それはない」
なるほど。
そうか。
わかったぞ。
先ほど僕が言った可能性でないとするのならば、僕の考えでいけば、それはつまり。
✳︎
『僕が神だということだ!』
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「え、違う」なんて声をどこかで聞いた気がした。誰が言ったのか判然としない、でも、とても懐かしい声。それが何故か真新しい記憶として僕の脳内に保存されていた。でも、なにが一体違うというんだろう?
僕の今現在のこの、言いようもない確信のことだろうか?そう、確信だ。これが覆るということは決してないだろう。そう思えるからこその確信だ。
絶対に違えない。
僕はいつものように朝5時に眼が覚める。隣を見ると、裸の兵庫がすうすうと可愛い寝息を立ててまだ寝ている。あ、寝返りを打った。ごろん。あまりにも気持ちよさそうに寝ているので、僕はそれにぶつかって起こしてしまわないように、立ち上がって、躱す。兵庫が、「んむー」と唸る。一瞬、起きるだろうかと思いはしたけれども、また同じように寝息を立て始める彼女を見て、僕の口端は少し釣り上がってしまう。
ブッダガヤで釈迦が悟りを開いたときのように。
ムハンマドが啓示を受けたときのように。
僕が彼らのような偉大なる宗教家とか哲学者だとか預言者だとかそういうんじゃなくて、つまり、ある日突然。僕にとってはそれが今、この瞬間、目覚めた時だった。気づいたのはたった今なのに、こうなってみると、ずっと前からそうだったような気さえしてくる。僕の身体中に万能感が満ち溢れる。
僕は神だ。
神なんだから、神らしいことをしないと。
目を瞑り、感覚を研ぎ澄ます。
歯車が噛み合う。
僕は時間の概念を掴む。世の中の仕組みを、回り方をそれとなく感じ取る。
時間って過去から未来への一方通行なんかじゃないということを知る。
僕以外の時間よ遡れ。目的地は二年前のテロの日…いや。伊藤くんの…でもなく。米内松丸くんの自殺する前日だ。
あそこから、全てをやり直す。
兵庫が寝返りを打つ。「んー」と唸りもする。先ほどの逆再生だ。
そういえば、兵庫と付き合って…ていう事実もなかったことになるのか。子供が欲しいという約束も、守れなそうだ。またあの男装して弱々しい少年を演じていた頃に逆戻り。
でも、それでいいと思う。少なくとも、僕なんかと爛れた生活を送っているよりもマシだと思う。
過去の兵庫がいつか男装をやめて普通に男の人と付き合い出したりするとき、その相手はきっと僕じゃないだろうし、僕はそれをもしも見てしまったら嫉妬から死んでしまうだろうけど、でも、その男は多分僕なんかよりもずっといい人間で、マジなやつだろうから、そっちの方がいいんだと思う。兵庫は兵庫で言動がおかしかったりしたけどそれはほんのちょっとだけのことで、普通の人や良い人に触れることで改善されることのはずだ。そして、そんな良い人を兵庫ならきっと捕まえられる。頑張れ。でも個人的には伊藤くんだけはオススメしない。彼は良い男だけど、彼は彼でちょっとアレだから…まあ、僕といるよりはマシさ。それに、彼にとっては本当の君を受け入れることなんか容易なことだろうしね。うん、彼でも良いよ。それじゃ、最後に。
最後に、スヤスヤ逆再生の兵庫の柔らかい唇に、僕は自分の唇を押し当てる。
離れて、しばらくすると、時が加速度的に巻き戻り始める。ぐるぐるぐると太陽が昇って落ちて昇って落ちて、人が歩き回って、布団が片付けられて並べられて、とりあえず僕は学校にぽんと移動して、しばらく待っていると、もはや日の出日没がただのフラッシュみたいに高速になりつつあって、そして、設定した目的地に、僕は到着する。そこで、時間逆行を止めさせた。
周りはたくさんの制服を着た人間たちで賑わっていた。男子用学生服を着た兵庫…浜口くんもいる。
僕の姿は学ランに変わっている。久々だが、着心地悪いな、でも、きちっとさせられるこの感じ、悪くない。
今日が米内くんの自殺する日。つまり、勝負の日だ。彼には絶対に、死なせない。




