13:こんなつもりじゃなかったのに
そのうち、教授たちのなかでも、権威のある方々は密航し海外へ、そうしなかった人たちは死に絶えるか大学に出てこなくなり、学生たちも大学に出てこなくなり、来るにしても待ち合わせ場所に使うとか、その場で遊ぶとかで、大学はもはや勉強する場所でもなくなる。いつかのために勉強している人もたまに見かけるけど、次の日には死体になって転がってたりするし、なんともやるせない。それが死神の仕業なのかどうかはわからないけども、ドクロマークによって形成された死の流れというものは、もはやとどまるところを知らない。最近は頻繁に殺人事件も起きており、そのほとんどの死体にドクロマークは彫られていない。どうせ死ぬのだからと自暴自棄になってみたりで、強盗の件数も増えるけど、そもそも銀行に人はいないし、お金を手に入れたって意味がなくなってきている。それほどに急速に人は減っている。死体を処理する人も死んでいるから、どうにも死体は普通に、そこらに転がっている。
こんな風になってしまえば、外国陣営も、当初はバッシングを受けてはいたけども早々に日本を封じ込めてしまって大正解だったと思っているかもしれない。変死がペストのようなウイルス性のものであるにしろ、死神の意思であるにしろ、そんなものを世界中に広めさせるにはいけない。
それでも、無事大陸や南洋諸島なんかにたどり着いた密航者や、封じ込め以前に海外渡航したものから感染したのか、それともそうなるようになっているのか、死神印の変死事件は、外国でもあちこちで起き始める。それで、密航については監視が厳しくなるし、あっち定住でない日本人は続々と政府の指示により銃殺されているらしいと聞く。母さんは無事だろうか。多分、絶望的だろう。しかし、死んでいては欲しくない、とは思うものの僕に出来ることなんてないから、死んでいないでくれと祈るしかない。
死は相手を選ばない。
各国の首脳が、テレビ会見の途中に倒れたりする。
死んでゆく生物も、もはや人間に限らなくなってくる。熊や狐、、馬、羊、猿、鶏、犬や猫、猪も死ぬ。原因不明…とは言うものの、もはやその原因を探ることができるものも少なくなって来ている。
そんなテレビも、そのうち観られなくなる。携帯も使えなくなる。ラジオでは、まだ細々と何かやっているけど、いつそれもなくなるかわからない。情報源は、ほとんど断たれる。
でもそんな中、僕、寺内剣貝と浜口兵庫はまだ生きている。
今か今かと自分たちの番を待ちながらも、ドラム缶でお風呂を作ったり、人のいない温泉街に越したりして、風呂に困らない生活を送っている。毎日露天風呂だ。
食事にもまだ、なんとか困ってはいないけど、まあ、時間の問題だろう。
今日も、物資を略奪に来た四名の男女の不意をつきゴルフクラブで頭を殴って絶命させ、燃やして埋めてしまう。これで何度目かはもうよくわからない。アァ、慣れたものだ、と思いながら運動で流した汗や返り血、死臭を落とすために温泉に浸かっていると、兵庫も白くて細くて綺麗な肢体を惜しげもなく見せつけつつザッパ〜ン!と飛び込んでくる。最近ではこれが、毎日のパターン化している。
「ケンちゃん」
「何、兵庫」
「星、綺麗だね」
「そうだね」
メガネもコンタクトもつけてないからよく見えないけど、僕は兵庫の話に合わせて、そう頷く。
思うに、兵庫は連日の殺人と家族のことで少し情緒不安定気味だ。あまりストレスは与えないほうがいい。良い気分にしてあげておいたほうがいい。
支えないといけない。
✳︎
「もうどうせ私たちも死んじゃうんだよね」
「そりゃ人間、いつかはね」
「そういうことじゃなくて」
「うん」
「私たち、殺されるのかな」
「さあ」
「散々殺して来たもんね、殺されて当然だよね…」
風呂から上がって、浴衣姿で布団の上に二人で寝転がって喋っている時も、突然そんな風に泣き始めるから、僕は背中を向けている彼女を後ろから抱きしめる。
「お母さんもお父さんも相生も明石もいなくなっちゃったし、今度こそ私だよね」
「……」
「ケンちゃん、私ね」
「うん」
「死ぬの、怖い」
兵庫の声も、肩も震えているから、僕はそれを抑えるように、しっかりと抱きしめる腕に力を入れる。
「そんなの誰でもだよ」
「誰でも怖いんだから仕方ないってわけ?」
「いや、そういうんじゃないけど」
「みんなが怖くても怖くなくても、私は怖いよ。みんなとか、他の人なんて関係なくない?」
「ごめん」
「いいよ別に。だって、ケンちゃんは怖くないんだもんね。わからないんだもん、仕方ないよ」
「何言ってんの、そんなわけ…」
「最初は、似てるからって建前で近づいたけど、関われば関わるほどに、私とは全然違うってわかったし」
いやいや、それはこっちの台詞なんだけど…え、なに?まさか、もしかしてだけど、別れ話切り出されてるの、これ?
冗談じゃない、僕は兵庫と別れたくなんてないぞぉ!
というのはただの僕の本心で、兵庫がどう思っているかは別だ。そう、さっき彼女が言っていた通り。兵庫は兵庫の考えを持っていて、僕は僕の考えを持っている。兵庫は兵庫の想いを持っていて、僕は僕の想いを持っている。僕が兵庫と別れたくなくても、兵庫は僕と別れたいのかもしれない。僕がそれを受け入れたくないにしても、兵庫にはそんなこと関係ないのだ。
「ごめんねケンちゃん、私めんどくさいよね」
「いや、まあ、別に」
「別れたい?」
「いやだ」
「そっか、ケンちゃん私のこと大好きだもんなぁ…ごめんね、ひどいこと言って」
「何が?」
「そうだよね、気にしないもんね。わかんないならいいよ、…あのさ」
「何?」
「ちょっと一回離れて」
「わ、わかった」
きょ、拒絶された…と僕が思いつつ腕を緩めると、兵庫が布団の上に正座してこちらを見るので、僕もばっと起き上がり、同じようにして、兵庫に向かい合う。
兵庫の眼の周りは泣いていたからか赤くなっている。彼女の瞳はしっかりと僕の瞳を見据えていて、僕は気恥ずかしくなり、目を逸らしたくなる。
「実際、もう日本に限らず、世界中、どのくらいの人が生き残ってると思う?」
「案外、変死はもう収まってるかもね」
「それはない」
なんて即答するけど、僕はどうだろうと思う。あらゆる可能性について検討してもいいんじゃないだろうか…いや。今回の場合、これはただ僕に都合のいい風に考えてるだけか。常に悪い可能性を考えないと…。
「私たち、もう私死ぬともしれないんだよ。明日かもしれないし、今かもしれない」
「そうだね」
「私、後悔はあんまり残したくない」
「う、うん」
え、やっぱ別れ話なのかな、これ。もし本格的にその内容に突入したら、僕、なんて言えばいいんだろう。あんまり嫌だ嫌だって駄々こねてもカッコ悪いし…いや嫌なんだけどさ。でも、兵庫のためを思うと…
「あのね」
「うん」
ごくりという、唾を飲み込む音がやけに鮮明に聞こえる。兵庫の待たせる間が永遠のように感じる。そのなかで、僕は裁きの時を待つ。
「け、けけけけけ」
「けけけけ?」
鬼太郎?
「けっ、結婚したい!」
「は?」
兵庫の突飛な発想はいつも僕を混乱させてくれるけど、今回も例に漏れず、その通りだった。そういうところが良いんだけど、しかし、事実としては、ただただ混乱させられるし…ひとまず今は別れ話じゃなかったことを喜ぶべきなのかもしれなかった。
でも僕にそんな余裕はなかった。
頭ん中はもうパニックになっていて、どうにもよくなかった。
な、何か言わなきゃ。
兵庫が、前のめりになって僕の顔に自分の顔を超接近させて、鳶色のきらきらと綺麗な瞳で僕をじっと見つめ、返事を要求する。
彼女の吐息が顔に吹きかかる。ああ、なんか、ドキドキする!しかも緊張もするし、そんな雰囲気じゃなさそうだから性的な興奮はしてない。ということにする。
僕はいまいちうまい言葉が見つからなくて、「あ、う」とか曖昧な言葉しか出てこない。まるで、親しくない女の人と話す時みたいに。これじゃ、高校時代に逆戻りだ。
しかも、僕の口からなかなか賛成の言葉が出てこないから、徐々に兵庫の顔が不安めいたものになっていってるし、ああもう、何か!
何か、何か何か。
気の利いた、良い言葉…。
「えと、あー、と、う、…」
でも僕の語彙力や読者経験じゃいくら考えても脳みそ振り絞っても現れるのは頭痛だけ。この役立たず!とか自分で自分を責めても仕方ないし、よし、気の利いてなくていいから、何か文章を言うんだ。ただの肯定でもなんでもいいから…とか思うけど、心の奥底ではかっこいいこと言いたいって意思がまだくすぶっていて、どうにもならなそうだ…。
「え、えーと、式はいつにする?」
これは流石にないかな…って、あ。
言っちゃった。




