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12:誰だって赤色

僕は兵庫のロングヘアをシャンプーして、シャワーで泡を洗い流す。髪の量が多くてなかなかぬるみがとれない。僕が兵庫のきれいな髪を丁寧に丁寧に扱っていると、彼女は僕に話しかける。


「やばいんだよやばいんだよ聞いてよ、もう〜」

「なになに」

「小泉くんがさ、酔って眠っちゃったケンちゃんを部屋まで連れてきてくれたんだけど」

「うんうん」

「あ、っていうか寝ちゃうくらいまで飲んじゃダメだよ、まだ未成年でしょ、なんか当たり前みたいな感じだけど〜」

「うんごめん」

「いいよ、次は気をつけてね。ってあぁ、話戻すけどさ、ケンちゃんを連れて来てくれたまではまぁ飲ませた側の当然の義務であるとはいえまあいいんだけどさ、問題はその後でさ」

「うん」

「ありがと、湯船入ろっか…ふー、さすがに二人でだとちょっと狭いね…でさ、ケンちゃんを布団に寝かせた後、小泉くんの様子がなんだかおかしいな、と思ってたら、いきなり後ろから抱きついてきたわけ」

「ひどいな」

「でしょ?やめてよー、って言っても全然聞く耳持たないしさ、なんか固いの当たってたしその後もお尻触ったりして…」

「で、殺しちゃった?」

「うん。でも、私、あーでもしなきゃ犯されるところだったんだから仕方なくない?」

「まぁ、そうかな」

「歯切れが悪いよ、ケンちゃん。小泉くんのこと、殺すまでしなくても良かったんじゃないかって?私が犯されても良かったんだ、ふーん。ケンちゃんのことを思ってやったことでもあるんだよ?起きたら自分の彼女がレイプされてたとか寝取られてたとか最悪じゃん?それにケンちゃんなら、まだ大丈夫でしょ?」

「たしかに」

「じゃ、言うことあるでしょ」

「殺させちゃってごめん」

「そうじゃないよ、謝らないで。私がやりたくてやったことでもあるんだから」

「ありがとう」

「どーいたしまして!でも、だーかーらー」

「おつかれ、頑張ったね」

「うん!ありがと!でもよかったー、あの服、結構前に買ったやつだったからさ」



小泉の身体にザクザクと何度も何度も死ぬまで包丁を突き刺したらしい。そうしているうちに血まみれになったのを今僕がこうして洗っていたのだが、こんなのは応急処置みたいなもので、血の匂いって多分結構取れにくい。実際には取れていても気になりそうなものだ。まあ、本人は今満足してそうなので、それでいいんだけどさ。

2人ですっぽんぽんになって一緒に湯船に浸かっているというこの状況プラスきめ細やかな白い兵庫の肌プラスしなやかな肢体プラス濡れた髪プラス赤く染められた頬プラスの潤んだ瞳で僕は興奮必至だ。けれども流石にそんなことをしている場合じゃないかな、と思うが、当の兵庫はすっかりやる気で、まぁ、やってしまう…。


風呂から上がって湯気立ち上るくらいあったまってのぼせかけて心地よくなったところで、僕はあまり心地よくない作業に取り掛かることになる。そう、小泉の死体の片付けだ。まず死体をどうにかして、床の血を拭かないといけない。染みになってしまってるかもなぁ、なってるんだろうなぁ、と思うと憂鬱だ。目に入るたびにこのことを思い出してしまうのだ…カーペットでも買おうかなあ。


「ごめんね」

と彼女は言う。

「面倒で、イヤなこと手伝わせちゃって、ごめんね、あと、殺しちゃってごめんね、小泉くん、私を無理やり手篭めにしようとしたとはいっても、ケンちゃんと仲がよかったのにね、本当にごめんね、ごめんね…」

言っている最中に兵庫の瞳からぽろぽろと涙が溢れる。兵庫が泣いたのを見るのは何気に初めてかもしれない。あの、血も涙もない頭のおかしい娘だとばかり思っていた浜口兵庫がまさか泣くだなんて思わないよ、普通。頭がおかしくてもおかしくなくても、情緒不安定になるときはある。兵庫の場合、今がそれなのだろう…。他人が死んでもなんとも思わなくたって、死ぬのを見るのと自ら手を下すのでは少しは違う。答えを見ただけじゃ、似たような問題を解けないのと一緒のことで。実践しないとわからないことや、感じられないことって、確かにある。

「別に…いいよ、僕は別にいいよ。だから、泣かないで」

言って、僕は兵庫を抱きしめ、彼女の後頭部を抱えるようにし、まだ少し湿った髪をすくようにして撫でる。

しばらくそうして、落ち着いたら作業を再開する。

仲良くしてくれるしあちらから絡んでくれるから応対していたけど、見た目はいけ好かなかったし、酔った時にする話といえば今何股中とかそういう女関係の、見た目をまるで裏切らない自慢…彼に気を許したことは、ただの一度もない。

友達になれるかもしれないと思っていた。

でも、友達じゃなかった。

だから、別にどうでもいい。

……まあ、これからは少し、寂しくなるかもしれないけどね。



しかし、作業の途中。死体を前に袋に包もうとしたりで悪戦苦闘している最中。ここで、僕は発見してしまう。

小泉の右手首の、ドクロマーク。



この殺人は、死神(≒春休みに見た記事によるところの地球?)によって仕組まれたものだとでもいうのだろうか。多分今も、日本の人口はガリガリと削れている。そんな状況でも僕は、いまいち死ぬ生きるについての考えははっきりしていなかったし、死ぬという実感は湧かなかった。しかし、今、ここにはドクロマークがある。今のが死神によって仕組まれた死なのだとすれば、兵庫も操られ思うように動かされていたとでもいうのだろうか?僕が兵庫をじっと見つめると、彼女は照れるように「な、なに、見ないでよ」なんて言いつつ目をそらす。手首。ない。首、ない。足、ない。

Tシャツをめくる。

「ひゃっ!?」

腹部、胸部、背中、ない。

ズボンとパンツを下ろす。

「こ、こらー!」

股関節、ない。太もも、裏表、ふくらはぎ、ない。

どこにもない。

「もう、なんなの」

なんて言いつつ屈んでズボンとパンツをあげている姿を見て、僕は思いつきで、兵庫の伸びた、まだ湿っている髪をまとめてどかす。

思いつきというのはたいていの場合うまくいくことが多い。今回の場合はうまくいって欲しくはなかったこと。

つまり、

あった。

うなじに小さく、真っ黒な、骸骨が。

「あ、あ、あ…」

声にならない声が、口から漏れる。

滅亡ウイルスはドクロマークが体に刻み込まれて死ぬという変死事件を説明するために無理やり作り出された架空の存在じゃああるが、少なくとも、ドクロと変死には何か関係がある。

…兵庫が、死ぬ?




いやだ!いやだいやだ!僕はまだ兵庫と離れ離れになんか、なりたくない!




「どうしたの?」

「いや…、なんでもないよ」

「うそ。なんでもあるでしょ。だって、声が震えてる」

「え…」

震える声でその指摘に驚く僕の手をギュッと兵庫が両手で掴んで、震えを抑えてくれる。

「私に言えないこと?」

と、優しい声で君は言う。

「うん…」

「じゃ、今はまだいいよ、教えてくれなくても。はい、さっきのお返し、ぎゅー」

手を解いて、それを今度は僕の胴体に回して言っている通り、ぎゅーと抱きしめられる。あー、なんか落ち着く…。僕はもう一度、兵庫の髪をかきわけ、うなじを見る。



「あれ?」



素っ頓狂な声を出す僕を、兵庫は怪訝そうな顔で見る。

「どうしたの?」

「いや、…なんか、うん」

兵庫のうなじにさっき見えた、あの少し大きめのホクロみたいな、しかしれっきとした死のマークは、消えて無くなっていた。ただの白い肌とうっすらと生えた産毛と髪の毛だけがそこにある。

「…はは、はははは」

「だから、どうしたのーって」

「ははは…いや、はー、よかった、なんか、安心した」

「え〜?変なケンちゃん」

そうか、見間違いだったのか。

僕もおかしな精神状態になってしまっていたらしい。まあ、仕方のないことではあるのだが、それでも、本当、縁起でもないな。


そのあと、真っ暗な中、山に潜って、深い深い穴を掘って、小泉の遺体はそこに埋めた。兵庫に言われて塩も振ってパンパンと手を合わせておいたので、きっと成仏してくれたことだろうと思う。な訳ないか。



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