11:何があったのかはよく知らない
大学に受かって数日して、母さんの異動を知らされる。それも、海外。だいぶ前から予想はできていたことらしいけどそれだったらもっと早く教えておいて欲しかったと思う。だって海外って言ったら大したことだ…
卒業式の終わった後、僕は浜口くんにメールで呼び出される。夕方に崖下市のファミレスで待ち合わせ。浜口くんは今、崖下市に住んでいる。現在寿海市在住の僕にわざわざ来いという傍若無人さはいつものことだ。密会の時も、毎回毎回僕が金を払って電車に揺られて浜口くんのもとへ向かうのだ。別に不満があるわけじゃない。今、金は密会にくらいにしか使っていない。有り体に言うなら、貢いでいる状態だ。いや、服買ってあげたりしているわけじゃないけど、まあ女の子に会うために金をつぎ込むってそういうことなんじゃないかな?貢ぐって悪いことように聞こえるけど、欲しいものもやりたいことも今特にあるわけでもないから別にいい。
約束の時間通りにファミレスに着く。先に着いていた浜口くんに、「遅〜い」と責められる。浜口くんは崖下高校の女子制服に身を包んでいて、髪も引っ越す前よりだいぶ伸びた。女子が女子らしい格好をしているという当たり前の状態。しかしそうでないことを2年間続けてきた浜口くんにはそんなに当たり前でもない状態。初めてガケコウの制服を身に纏った浜口くんを見た時、彼女に、僕は「結局今までの2年間はなんだったの」と尋ねた。彼女は「どうでもよかったんだ、でももう今はどうでもよくないから。私、ミス本気マン」とわけのわからないことを言う。「それって男?女?」「あはは。マンは人間って意味として使ってもいいんだよ、多分」「へ、へえ〜」多分としか言ってないから実際のところはわからないのだけれども、別に調べるということはしていない。
パフェを美味しそうに食べる浜口くんに、僕は言う。
「今日は一体どうしたの?」
「門出の日だからお祝い。さっき乾杯したでしょ?」
「うん、でも僕、ずっとここにいてもまずいんだよね、母さんとも帰ったらお祝いするだろうし」
「だいじょぶだいじょぶだーいーじょーうーぶ、そこまで遅くはならないよ」
「ならいいけど」
「なんならもう一回やっとく?」
と言うので空になったグラスにわざわざジュースを注ぎに行って、席に戻る。
「卒業おめでとう」
「大学生になってもがんばろーねー」
「うん」
「でも、せっかく何もない春休みだし遊ぼうねー」
「うん」
「かんぱーい!アクト・ツー!」
「乾杯」
チン、と音を鳴らしてグラスをぶつける。ゴクリとそれを飲んで、浜口くんは食事を再開する。僕もアイスクリームを食べる。時折会話を挟みながら食べ続けると、食器は空っぽになる。それからしばらく喋って、グラスのジュースを飲み干して、金を払って店を出る。「送るよ〜」と浜口くんは言うけど男が女にこうして送られるってなんか変な感じだと思う。でも別に断ることもせず駅まで並んで歩く。
しばらくそうしていると、スマホをいじっていた浜口くんが、「あ?」と素っ頓狂な声をいきなり出したので、僕は奇異の眼差しで彼女を眺めてしまう。
「ねねね、寺内くん、これ見て」
僕の服の裾をぐいぐいと引っ張り、スマホの画面をこちらに向ける、少しいつもと違う浜口くん。
『変死事件、新病か?』と書かれた記事。
「それに、こっちも」
すいすいと画面を移動させて、再度こちらにそれを向ける。
『変死事件多発、被害拡大か』とデカデカと載せられたゴシック体。
「ね、岬野咲じゃないのにまた人が死んでるんだよ、おかしいね」
何も全くおかしくない。岬野咲を全滅させたから今度は別の的に死神が狙いを定めたのかもしれないし、僕らが岬野咲を追い出され、移住したから、それぞれそこに僕たちを介して死が運ばれたのかもしれない。まあ、それより。
「それより、さっきの『病気』って」
「ん、えーとね、『人間の細胞自体が死に向かって自滅し始めるようにあらかじめプログラミングされていて、地球が体内環境を良くするためのアポトーシスを…』ってこれ、なんか全然病気って感じじゃないね。タイトル間違えてんじゃん。なんか、あれみたい。地球温暖化って別に人間がどうこうしなくても周期的に地球自体があったかくなるようにできてるからなんだぜーみたいな」
「あー、うん、そー、言いたいことはわかった」
「ねー」
例の記事が本当のことかどうかはともかくとして、変死は止まらない。自殺や殺人、事故、食中毒、病気、原因不明なもの、死因に問わず、全国各地でドクロに憑かれた死者の数が増大する。勿論、崖下でも、寿海でも被害者はポツポツ現れる。
それはそうと、僕は一人暮らしを開始する。母さんが海外に異動になってしまった以上、借りていた部屋は一人で住むには広すぎるから別の賃貸契約をしたいんだと母さんに伝えると、「面倒くさいからヤダ」…金の無駄遣いって良くないことだと思うんだけどなぁ。進学して僕たちは一緒に電車に乗って大学に行って、一緒にバイトもして、サークルには別に入らなかったけど、また遊んだり、貯めた金で旅行に行ったりして、流石にそこまでの流れで浜口くんのことを意識し出さない僕でもなく…まあ、それまでにも、というより夏のあの日に初めて白いワンピースと野球帽姿で僕の目の前に現れた時ーーいや、女の子だって母校たる岬野咲高校にて告白されて、好きかもしれないとも言われた時から、既にもう…という気になっているけどどうだろう、遡りすぎだろうか。そんなことはなくて、ふと、「あ、僕浜口くんのこと好きかも」ってん具合に思いつきがごとく思ってそれがズルズル続いているだけなのかもしれないし、単に容姿に魅了されただけかもしれないけど、それは多分些細なことで、とにかく今、僕は浜口くんのことが好きだ。あのちょっと頭おかしい発言を偶にする浜口くんだけど、そこも含めて、いや、もはやそれがかなり好きだ。決心した僕はちょっとリッチな食事をしに行った時に、浜口くんに好きだ付き合ってくれと告白するけど、彼女は「えー、うーん」と悩んだそぶりを見せるので、あーだめだ終わったな、こりゃ断る台詞を考えてるんだなと思う。しかしそんな予想に反して、「うーん、…いいよ、ていうか私も好きだし〜」とか平然とした顔で言い出しちゃう浜口くんは、なんだか男らしかった…。しかし実は耳がやたらと赤くなっていて、あぁ、浜口くんも意識してくれてんだな、と思っていると顔に出ていたのか、「こら、ニヤつくな」と照れた感じのそぶりを見せつつチョップをもらう。むくれた感じの顔がとても可愛い。
付き合うといってもこれまでとやることはそう変わらないんだろうなあ(エロいことはそのうちするんだろうけどとりあえず今はまだ考えない考えない、だってエロ目的で付き合うわけじゃないし、付き合うっていうのは王と皇帝の関係みたいなもので形式上のもんだし)とか思って油断していると、浜口くんは、僕と同棲するとか言い出す。その時は冗談かなと思って適当に流していたけど、その日のうちに大荷物とともに我が家に乗り込んできたのでたまげて、なし崩しに同棲せざるを得ない状況になってしまった。家族(明石さん)の猛反対を受けながらも無理やりやってきたらしい。後でバレても怖いので一応母さんに連絡を取る。
『あー、いいよ。え、あの時の娘?い〜こ捕まえたねぇあんた!友達もあんま…いやそれはいいや、私の子だもんやればできると思ってたよ、仲良くやんなさいね、私今年は帰れないけど、勉強ちゃんとしなさいよ、それとたくさん遊びなさい、あと身の回りを清潔に……』
わかったと返事をして、浜口くんとの同棲がスタートする。家の中でささやかながらパーティをして、出前をとって、食べて、一緒に歌番組を観て、…なんてしていたら何故だかいい感じの雰囲気になって、熱い唇を交わす…だけに留まらず、自分でも訳のわからないまま衝動のままに、その晩中にお互い初めてのセックスをする。ことが済むと変な空気になったけど、それ以来はほとんど毎日のようにお互い性欲の権化と成り果て疲れて眠るまでセックスする。浜口くんはいつもと違って高い声で喘ぐし、ない胸部は触って見たら意外と柔らかいという新発見もする。浜口の小柄で熱くて、実際に触れると目測よりさらに小さく思える肉体をぎゅっと抱きしめると浜口くんも抱きしめ返してくれて、なんだか心地よくて、またキスをする。彼女は結構敏感で、どこを触っても、そっと触れるたびにビクッと肩を震わせててちょーエロい。そうして汗だくになって寝て起きて授業受けてセックスして寝て起きてセックスして授業受けてセックスして寝て起きてセックスして授業受けてバイト行ってセックスしてセックスセックス…いや、爛れてるなあとは思うけど授業は受けてるからいいか、とか正当化する。これが彼女と同棲するということなのか、としみじみと感じ入る。いや〜、本当幸せ。
浜口くん目的に寄ってきた男のうち何人かと仲良くなる。特に小泉という見るからに軽薄そうなイケメンとはよく交流を持つようになる。
ご飯を交代で作って一緒に食べて、朝から一緒にニュースやピタゴラスイッチを観て、日曜日には仮面ライダーを観て、一緒に大学に行って遊んで、…四六時中離れない僕たちは学内でバカップルと噂されているらしいと小泉から教えてもらい愕然とするけども別に変えるつもりはない。
初めから浜口くん目的で僕の家にやってくる小泉は、キッチンで何かやっている浜口くんを見てにやにや笑いを浮かべながら、
「寺内って思ったより普通だよな」
と言う。
意味がわからない発言だったので、「はあ?」と疑問を呈した僕に、小泉はニヤついたまま、
「お前って雰囲気がこえーもんな。ヤベーやつって感じ」
「は?本当?僕ってそんな感じ?」
「はは、いやだからー、思ったより普通だって」
小泉の台詞から明石さんのことを思い出す。ヤバい、かぁ、こっちの意味もやっぱり悪いヤバいなんだろうなぁ。しかし、ヤバいっていまいち意味が判然としないし結局僕がどういうやつだと思われていたのかいまいち伝わってこない…。
「まぁ、お前みてえな冴えないヤツがあの浜口兵庫と付き合ってるってだけで、お前が普通じゃないヤツなんじゃ、って思うには十分な理由なんじゃね?しょ?」
「さあ、わかんない。そーかな」
浜口くんの後ろ姿をニヤつきながら見つめる小泉は、少し気持ち悪くて
気付けば、浜口くんからはあまり頭おかしい発言を聞かなくなってくる。高校時代で慣らしてきた僕には、それが少し寂しく感じる。今もまだ変死は続いていて、今度は海外に逃げようとする人が大勢現れたけど完全に外国からシャットアウトされて、日本人は日本から出られないようになる。ふざけているのかなんなのかわからないが、この今起きている伝染する変死現象とドクロマークの現象は当然同じものと捉えられて、『滅亡ウイルス』と名付けられ、それを公然とニュースなんかでも用いられるようになる。
「なんか申し訳ない感じだね」
「何が」
「いや、私たちの街からドクロ事件が起こったわけだし」
「うん、米内松丸くんの自殺から」
「あー、いつもの説だ。それはドクロマークとは一緒じゃないでしょ、さすがにー」
「でもあれから人が死ぬ事件が増えたわけだし」
「そーだけどー」
「ま、そんな辛気臭い話は無しだ。明るい話をしよう」
「えー、私たちの子供の話?」
「あ、流石にそこまでの覚悟はまだ今の僕にはないんだけど」
「へ〜、ケンちゃんはその程度の覚悟で私と付き合ってたんだ、ふ〜ん」
「ごめん」
「わぁかってるって、まだ今の僕には、でしょ?期待してるからね」
「兵庫〜!」
「きゃ!ははは!」
携帯がぶぶぶと震える。
「あ、小泉だ」
「私あの人嫌いー」
胸が小さいと以前に言われたのを気にしているのだ。バーカ、小さいからいいんだっつの。
僕は浜口くんのことを、下の名前の兵庫と呼ぶようになる。兵庫も、僕を下の名前、剣貝のケンちゃんと呼ぶようになる。
大学生で付き合っている人たちはどのくらい先のことまで考えているのだろう?先ほどのは軽口のやり取りから出たものじゃあるけれども、嘘というつもりも僕にはなかった。
教授が一人発狂して亡くなるけど僕たちは夏休みに入るまで大学に通い続ける。
夏休みになっても大学がないだけでやることはやる。
貯めたお金で少し長めの旅行に行って、観光して美味しいご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、まあやる。ことが終わった後も布団の上でずっとイチャイチャしながらテレビを観る。未成年だけど、お酒を飲んだりもする。そうして興が乗ってまたやって、眠くなって、寝る。そんな楽しい数日間の旅行を終えて家に帰っても当然まだまだイチャイチャするのだが、僕たちにはバイトが待っている。
それでバイトのない日やバイトの前や終わった後にはずっと浜口くんと一緒に遊んだらなんだりして…なんて。
そんなハッピーな日々は、淡々と終わりを告げる。
金髪でいかにも軽薄そうなチャラ男だけどイケメンな小泉は初志貫徹な男で、つまり、最初に僕に近づいてきた時の『浜口くん狙い』の意思をその時までずっと、持ち続けていたのだ。僕より年上な小泉はすでに成人していて、未成年の僕は飲みに付き合わされる。単純かつ効果的な小泉の策。自分は適度に飲みながら僕をベロベロに酔わせて眠らせる。そして意識がなくなった僕はそれから何があったのかをよく知らない。
ただ、兵庫に揺り起こされて目覚めると、そこには血まみれの兵庫がいて、血の海に沈んだ小泉の死体があった。
瞳は濁っていて、コレが動くことはもうないと、すぐにしっかり理解した。
兵庫が殺したのだ。そのことについては理解するのに、流石にもう少し時間が必要な気がしていた。




