変な案内板
「ん!?」
あの後は何事もなく、夜明けと共に獣道を遺跡へと進んだのだが、出発して1時間程で案内板を見たフランツが馬を止めた。
「なあ、もっと先だろ?何でこんな所に案内板が在るんだ?」
古ぼけた案内板には“ファレスキ”と書かれた矢印型の板と、“ОКБ…”と掠れた文字で書かれた矢印型の板が2枚掛けられていた。
「確かに………、沢を越えた先だったから可笑しいな」
ショーンの記憶でも、こんな場所に案内板なんか無かった。
「間違いじゃなくて?」
デイブは違和感を感じなかったが、ショーンとフランツは違うと言い切れる程の違和感を感じていた。
「案内板は本物みたいだが、もっと先だった」
「じゃあ、この道は何だよ?」
デイブが指差した先には獣道から西へ伸びる別の道が在った。
「方向も大体こっちだったし。合ってるんじゃないの?」
「いや、待って」
ショーンが地図と方位磁石を見比べた。
「案内板がある辺りは進行方向が南を指すんだけど、ここは西北西を指してる」
大森林の一帯は“地磁気異常”で方位磁石が出鱈目な方向を指すが、地図にその場所毎にどの方角を指すか記録してあった。
「ほら、案内板の辺りは南を指す事になってるでしょ」
「確かにそうだけどさ。じゃあ、何でこんな所に?」
「まさか、ドイツ野郎か?」
顎を撫でながら、フランツは嫌な記憶を思い出していた。
「うへぇ…」
「え?何かあんのか?」
「ああ、昔ちょっとね」
ショーンは看板を指差しながら説明を始めた。
「最初はノルマンディーだったなあ。ドイツ軍が撤退して行く時に、こんな感じの案内板を抜いて別の方向に刺して行ったんだ。お陰でロン達と一緒に同じ所をグルグル回って、間違えてドイツ軍の物質集積所に迷い込んじゃってさ。まあ、怒ったフランツが砲弾を集積していた小屋に火を着けたから凄い騒ぎになったけど。まあ、その。ドイツ軍って時間稼ぎか嫌がらせのつもりで看板を抜いて差し替えるんだ」
『イシス、誰か見てる!』
『ええ、2人。近付いて来た』
フランツ達が話している間に、北の方角から誰かが近付いて来たのだ。
「まあ、先に進んで本当の道に行くぞ」
フランツの指示で全員が再び北を目指して進み始めるのを遠巻きに見ている様子だった。
『どうする?』
『フランツさんに教える。ただし、唇を動かさない様に念話で』
『フランツさん、振り向かずに聴いてください。誰か居ます』
イシスからの念話が急に聴こえても、フランツの反応は尻尾をパタパタと動かすだけだった。
『聴こえてるの?』
『多分………。進行方向の左手に見える岩陰です。そこに2人』
「あっ!トマシュ、あそこに誰かいるよ!」
こっそりと、フランツに教えていたのに、ニナが不審者に気付き声を上げた。
「え?何処?」
「え?」
「こんな所に誰も」
ニナ達が指差した岩陰から黄色い信号弾が打ち上げられた。
「敵襲!」
フランツが叫ぶと、デイブとショーンは馬から飛び降り、物陰に隠れた。
「ニナ、こっち」
アガタはニナを馬から降ろし、一緒に乗っていたイシスも飛び降りると、物陰に隠れた。
「数は判るか?」
「4人………いえ、8人。まだ増える、12人以上。取り囲まれてる」
トマシュとフランツも馬から降りて隠れたが、あっという間に囲まれてしまった。
「元来た道は?」
「ダメです5人居ます。正面は4人」
ショーンが頭を上げると、取り囲んでいる1人と目が合った。
「パンツァーファウスト!!」
ショーンが叫んで、伏せたのでデイブが顔を出すと、男がロケット弾を発射した。
「RPG!!!」
フランツも伏せたので、アガタとトマシュはニナを押し倒し、イシスはエルナを押し倒す形で一緒に倒れた。
男が放ったロケットは木に当たり。吹き飛んだ幹の破片が降り注いできた。
「ドイツ兵だ!」
「ベトコンだ!」
ショーンとデイブが同時に叫び、木が音を立てて倒れた。
「いや、どっちだよ!」
フランツの突っ込みの後、「Lege die Waffe nieder!」とドイツ語で武器を捨てろと声が聞こえた。
「何でドイツ野郎がRPGを持ってるんだよ!」
「ありゃ、パンツァーファウストだ。そのRPGのコピー元だよ!」
北側に居る男達が少しずつ近付いてくるのが判り、イシスとトマシュはお互いに顔を見合わせた。
「どうしよう、近付いて来た」
「フランツさん、転移してアイツらの後ろに回り込みましょう」
イシスからの提案にフランツは悩んだ。
「ニナとエルナを先に逃がせられ無いのか?」
「さっきから試してますが、遠くに転移しようとすると失敗します。ですが、見える範囲なら何とか」
普段なら転移先のイメージが浮かんで、安全かどうか判るのだが、何故か転移先のイメージが全く浮かばず。長距離の転移は危険とイシスは判断した。だが、目に見える範囲ならイメージが必要ないので、影響は受けない筈だ。
「よし、俺とショーンで行く。デイブ、アガタは可能なら援護してくれ」
「了解」
小銃を構えながら、ギリースーツを着込んだ男達は遮蔽物に隠れながら、ゆっくりと近付いていた。
本来なら、通行する人狼を監視するだけだったが。アガタに見付かったので、捕虜にすることになった。
しかし、威かす為に放ったパンツァーファウストを見たフランツ達の反応に警戒感を強めていた。少なくとも2人以上は転生者が居る。叫び声からそう判断し、火器での反撃を考慮し慎重に近付く事になったのだ。
ドサッ…
突然、真横から音がしたので振り向くと、仲間が1人仰向けに倒れていた。
最初は、久々の実戦でヘマをしただけだと思ったが、何処かに引き摺られて行ったので、男達は叫んだ。
「敵だ!」
「ぎゃあああぁぁぁ」
仲間がもう1人、襲われたのか、叫び声を上げた。
見ると脚に蔦が巻き付き、木に逆さ釣りにされていた。
「おい、後ろだ!」
逆さ釣りにされた仲間が叫び、指差された方向に居た男が振り替えると、イシスが居た。
「うわ!」
慌てて銃床で殴ろうとしたが、イシスに避けられ、胸を思いっきり突かれ、そのまま倒れ込んだ。
「Scheiße!」
最後の一人が小銃を向け、引き金を引いたが、死角からフランツが手を伸ばし、銃口が上を向いた事で当たらなかった。
「うっ………」
冷たい物が当たる感覚がし、喉元に剣を突き付けられたのが判った。
「スコープ付のKar98Kか、良い物を持ってるじゃないか」
フランツがそう言うと手を顔に翳し、男は意識を失った。
「例の遺跡だけど、問題が起きてしまって」
執務室で書類仕事をしているカエの元に、何とヨルムンガンド本人が訪ねて来た。
「朝早くに訪ねて来るだけの内容かね?」
正直、暇じゃないのだ。今日もこれから、鍛冶ギルドを中心に銑鉄を造るための高炉の建設と耐火煉瓦の製造についての会議が予定されていた。
「ご免なさい、その。………遺跡に派遣した妖精達が捕まっちゃった」
「………?」
ヨルムンガンドを睨み付けたまま、カエが机に乗り出した為、ヨルムンガンドは更に居心地が悪くなった。
「“神聖王国の兵士が遺跡を占拠して何かをしているらしい”って、念話で連絡が入ったけど。その後、音信不通になって。その、何か知らないかなって?………何か、村も有るって聞いたから」
『イシス、聞こえるか?』
念話で呼び掛けてみたが返事が無かった。
「イシスお姉ちゃん達が昨日の夜の段階で遺跡の方に向かっているのは判ってるけど、その無事かどうかは………」
「とんでもないことをしてくれたな。もう、君の手に負えて無いのだな」
カエの追い討ちに「その、ご免なさい」とヨルムンガンドは謝り、下を向いた。
「それで、どうしたいわけ?」
わざわざ、謝りに来た訳ではないだろうと、カエが会話を促すと、ヨルムンガンドは顔を上げた。
「神聖王国の兵士を追い出すのを手伝って欲しいな………って」
声の調子から、カエの機嫌が戻ったと思ったが、相変わらず冷たい視線を投げ付けてくるカエに、再びたじろいだ。
「まあ、君の手に負えない以上は、私が好きにしても良いのだな?」
「ええ、勿論」
その一言でカエが満面の笑みを浮かべたので、ヨルムンガンドは後悔した。“恥を忍んでロキに頼むべきだった”と。
「なら、大森林の遺跡を私の管理下に置かせて貰おう」
今更“ダメ”とは言い出せず、ヨルムンガンドは下を向いた。