ずぶ濡れのデイブ
「あーもう、何だってんだ」
もろに水を浴び、ずぶ濡れになるばかりか、水圧に吹き飛ばされたデイブは泥水から這い上がろうともがいていた。
「あー、居た。大丈夫?」
かなりの水量だったのか、近くに居たショーンですら流されて行ったデイブを見失っていた。
「腰打った。痛ぇ………」
デイブが流れ着いた先は獣道を少し進んだ所に在る窪みだった。
泥まみれになりながらも何とか立ち上がり、デイブはよろよろと
窪みから出てきた。
「はっはっ…!へっくしゅ!!」
「God bless you………」
「大丈夫ですか!?」
毛布を抱えたエルナが走ってきた。
「寒い………」
ショーンがデイブの服を触ると、氷の様に冷たかった。
「うわ!何だこれ!?冷た!取り敢えず、服を脱ぎなよ。肺炎になっちゃうでしょ」
光石のカンテラを取り出し、イシス達は辺りを照らしていた。
「これ…氷だ」
アガタとフランツが立っていた場所に散らばっている、拳大の氷を持ち上げ、イシスは呟いた。
「多分、パイプの中で凍ってたんじゃないか?」
フランツが氷を蹴りながら話した。
「少し前まで寒い上空を飛んでたけど、トラブルか何かで落ちてきたから、浮力を得るためにバラストを棄てたんだろ。現に水を棄てたらあっという間に飛んで行ったろ?」
ニナが興味深そうに、氷をつついて遊んでいた。
「バラスト?」
知らない単語にイシスが反応した。
「あー、………俺達の居た世界に、気球とか飛行船って空飛ぶ乗り物が有ったんだ。空気より軽いガスを中に詰めた………ガス判る?」
「一番軽いガスは水素で次がヘリウムですよね?」
イシスは知っているのは意外だったが、説明が省けるとフランツは説明を続けた。
「ああ、そうそう。基本的にその2つの内どちらかを袋に詰めると、軽いから浮力が発生するんだ。だけど、ガスは温度変化で簡単に膨張したり萎むから、浮力が簡単に変わる。昼間は膨張して浮力が増えすぎると、袋に掛かる気圧が下がって、その内袋が破裂し。逆に日が落ちて萎むと浮力が無くなって、段々高度が下がり最後は墜落と」
「………つまり?」
アガタの方が話に着いてこれなくなった。
「浮きすぎた時はガスを抜いて、落ちてきたらバラストの砂袋とか重量物を落とすんだと」
テレビで聞き齧った内容だが、取り敢えず説明をした。
「さっきのは、多分トラブルで墜落しかけたからバラストの水を棄てたんだろ。で、俺達が偶々居たと」
「偶々でこんな目に遭ってたまるか!」
パンツ1丁で毛布にくるまったデイブが戻ってきた。
「どったの?」
「水をぶっかけられたんだ!」
大きなくしゃみをしたデイブの横で、ショーンは予備の濡れていない薪を並べていた。
「パンツも替えたら?」
ショーンの一言に、デイブは屈んでいたショーンの後頭部に尻尾を叩き付けた。
「フランツさんの居た世界に有るものなら、アレはヴィルノ族の物なんですか?」
人が殆ど立ち入らないとは言え、ヴィルノ族の領地に在る大森林を飛んでいたので、イシスはチェスワフ部族長の持ち物ではと思ったのだが。
「いや、この世界で空を飛ぶ乗り物は初めて見た。それに、似た乗り物で飛行船ってのが有ったが、あんな風に煙突が2本も上部に刺さってない。基本的に火気厳禁だったからな。ガスに水素を使っているせいで。多分、アレは形が似ているだけで全くの別物だろう。それにヴィルノ族の転生者が造ったんなら、船体の何処かに国籍マークか紋章を入れる筈だからな」
真上を通過して行った飛行船モドキは灰色一色。
他に、文字や機体番号の類いは見えなかった。
「多分、他所の国だろうな」
「ドワーフとかじゃないの?」
ショーンが火打ち石を打ち付けながら話す。
「南から来たし、幕府の要人に怪しい人が多いでしょ」
「そんな事より、まだかよ」
「もうちょい待ってよ。なかなか着かなくてさ」
さっきから火花は出るものの、焚き付け用の杉の葉に上手く火がが移らない。
「さっきの騒ぎで湿気たんじゃ無いか?」
「いや、コレは濡れてない筈だよ」
ショーンが手間取っている間にデイブの唇が紫色に変色し始めたので。イシスが近くに落ちていた小石を手に取り、一言呪文を唱えてから焚き付けの中に投げ入れた。
すると、小石に触れている部分から白い煙が上がり、火が立ち上った。
「ふうぅぅー、温けえ………」
薪に燃え移り、火が強くなったのでデイブは焚き火の側に寄り、手を翳した。
「着替えは?」
エルナが焚き火の傍らに集め直した荷物からデイブの鞄を探したが、見当たらなかった。
「いや……持ってないんだ」
「はい!?」
何か有ったとき用に着替えの1つ位は用意しておくものだが。
「何で持ってないんだよ」
「この前、エルノが拐われた騒動の時に鞄と一緒に置きっぱなしにしちまったんだ。無いことに気付いたのも一昨日だったし」
あの時は、馬から荷物を降ろし。テントに着替えが入った雑嚢を運び入れた直後に狼男の襲撃が起き。落ち着く間も無く、城攻めに移ったので、すっかり忘れていたのだ。
「まあ、コレで乾かしますか」
ショーンが荷物から、調理に使う鍋などを吊るす棒を焚き火の側に設置した。
「フランツ、俺の鞄から蒸留水と綿棒取ってデイブに渡して」
「これか」
犬科や猫科の動物は耳の中に泥水が残ったままだと中耳炎になるので、川などに落ちた時の為に、洗浄用に蒸留水を用意してあった。
「って、どの瓶だよ」
鞄を開けると包帯や手術具、更には薬品の入った瓶が幾つも詰まっていた。
「ラベルに書いてるでしょ。蒸留水って」
“毎回、ショーンの奴は荷物が多いんだからな”と、心の中で文句を言いながら、“馬用胃薬”の瓶を退かすと、蒸留水の瓶が出てきた。
火を着けた後から、イシスがずっと北を見ていたので、トマシュは近付いた。
「何だったんだろ?」
「この先は遺跡と、ファレスキの街が在るけど」
トマシュが地図を見せた。
「距離はどれぐらいかな?」
「さあ、今まで誰も通らない場所だったし」
トマシュの言うとおり、ファレスキとビトゥフの街の間に広がる大森林には何もないが。
「ねえ、ここって道を通せば丁度良いと思うんだけど、何でないの?」
普通に考えれば、港町のファレスキと内陸の交通の要衝であるビトゥフを繋げれば経済発展は見込めるが。
「ああ…。うん。前にも何度か計画されてたみたいなんだけど。ポーレ族とヴィルノ族の騎士団って仲が悪くて。今はチェスワフ部族長がヴィルノ族を治めてるから表面上は協力出来てるけど、荒鷲の騎士団みたいなのは非協力的なんだ。この森もポーレ、クヴィル、ヴィルノの3部族が領土を主張してるから今まで手付かずだっただけだし」
「ねえ、“今まで手付かず”って話だけど。森の中の村は?」
クヴィル族は未だに健在で、弱体化したポーレ族を叩く形になる現状変更の取り組みを行うにはリスクがある。
「聞いた話だと、ヤツェク長老とミハウ部族長も協力しているって。転生者を中心にした街を造りたいからだって」
「ふーん。そう………」
(カエに聞いてもらうか)
カエにヤツェク長老から詳細を聞く事にし、自分はデイブの手助けをするために焚き火の方へ戻ったら。




