工房訪問
「ロケットはイギリスで生まれました、ドイツの発明品では有りません。イギリスのオリジナルです。少々、遅れを取りましたが、今が巻き返しの時です」
鍛治ギルドに存在する、ヨルム達が言っていた“妖精も入れない工房”の奥。
カエとニュクスは、ライネの父であり鍛治ギルド代表でもある、ビスカ氏から“ロケット砲”の説明を受けていた。
「なんか、お前の親父。車のセールスマンみてえだな」
「元は自動車修理工だったんだけどね」
転生者だということで、アルトゥルも喚ばれていた。
「どうぞご覧下さい。3インチロケット砲です。大きいでしょう」
部屋の一角に置かれたロケット砲は8つの発射筒が横一列に並んだ固定式の簡易な物だった。
「ああ、仰らないで。命中率は低いですが、投石器や大砲とは違い安価で量産が容易、数で相手を圧倒できます。ロケット弾の弾頭も榴散弾から榴弾、徹甲弾に対空砲弾と数多く計画されています。どうぞ、手に取ってください。良い大きさでしょう。簡素な設計で量産性が良いですよ」
模型の長さが80センチは有るロケット弾をカエとニュクスは手に取りくるくると回し見る。
事前にアルトゥルから“ロケット砲”について聞いていたが、想像より小さいので2人とも驚いていた。
「飛距離は?」
「2マイルを見込んでいます」
ニュクスの質問に対する答えが曖昧なので、2人はビスカ氏を見た。
「残念ながら、実際に発射したことがありませんでして。屋外でやろうにも、ロケットの飛翔は目立ちますので」
カエがこっちを見たので、アルトゥルは「そうだよ」と肯定した。
「煙と音を立てて派手に翔ぶもんだから目立つんだよ。だけど、遠くから撃っているのが判るから心理戦に使えるし、低い命中率も数でカバーできる」
「此方は先ほどのロケットを応用した攻城兵器になります」
次に見せられたのは巨大な2枚の車輪にロケットを取り付けた、奇天烈な外観の兵器だった。
「車輪の間には1000ポンドの爆薬が装着しており、ロケットの噴射で車輪が転がる事で城壁を破壊する兵器となります」
「コレもテストは………」
カエの質問にビスカ氏は「ええ、残念ながら」と答えた。
「次に機関銃の試作品になります。口径は.303。毎分1200発は撃てます」
「テストは?」
「室内で出来る範囲のテストは行いましたが、野外でのテストも行う必要があります」
「………ん?帆か?」
カエが机に置かれた布切れを触った。
「ああ、それね。落下傘だよ」
「落下傘?」
ライネが説明する。
「空気抵抗を利用して、高いところから降りるときに使うんだ。コレは捕獲したズヴェルムに乗る騎乗兵が安全に降下出来るように作った試作品だけど。僕とアルトゥルはコレを背負って敵陣のど真ん中に降りたりしてたんだ。あと、この模型だけど」
ライネが手の平サイズの模型を手に取って説明を始めた。
「中に兵士や物資を載せた状態でズヴェルムに牽引させるグライダーで、敵地後方に部隊展開が出来るかアルトゥルと検討してるんだ」
眉間に皺を寄せつつ、カエとニュクスはグライダーの模型を観察する。
「なあ、“ズヴェルムに牽引させる”って話だが、地面を這わすのか?」
予想外の質問だったのでライネは笑った。
「いやいや、空を飛ぶんだよ」
「空を?」
ニュクスが“なに言ってるんだコイツ”とライネに冷たい視線を送った。
「この羽なんだけど。航空力学上、羽の上部と下部で長さが違うと、揚力が発生するんだ。鳥の羽と仕組みは同じだよ」
そんなものなのか?
想像が付かない2人の興味は違う物に移った。
「あれは?」
次にニュクスは荷馬車程の大きさがあるレシプロ式の蒸気機関と渦巻きポンプを指差した。
「あれが蒸気機関になります。実際に動かせるのでお見せ致します」
模型だけ見せるより、動くものも見せた方がいいだろうと工房に用意された蒸気機関は、隣に置かれたポンプが貯水槽から水を汲み上げ、隣の貯水槽に水を送るようになっていた。
「よーし、起動してくれ!」
ビスカ氏の合図で、工房の見習いがバケツでポンプ本体に呼び水を入れ、準備が整ったところで助手達がボイラーと蒸気機関を結ぶパイプに設置されているバルブを思いっきり開け放った。
ギュルギュルと蒸気がパイプを通る音が響き、やがてポンプに到達した蒸気が4つのピストンを次々に押し上げた。
「おお、蒸気の圧で筒を圧して下げて………ほう………」
実は魔王とニュクスは元居た世界で蒸気を使った、自動ドアや装置の類いを見ているのだが。
「ピストンの往復運動を回転運動に変えるのか」
クランク軸の類いは初めて見るので、2人して細部を良く観察していた。
ゆっくりと動いていた歯車の回転が速まった所で助手がレバーを操作するとクラッチが繋がり、蒸気機関の動力がポンプに伝わった。
「回転動力で水が………しかし、スクリューポンプにしては平面だな」
カエが知ってるポンプは、長い筒の中に収まったスクリューが回り、液体を掬い上げるアルキメデスの螺旋か、シリンダーを手で押す手押しポンプだったが、“渦巻きポンプ”と呼ばれたそれは、巻き貝の様に平たかった。
「コレは螺旋が液体を掬うのではなく、羽根の回転で遠心力が発生し」
ビスカ氏が聴音棒を指し棒の替わりにし、パイプに繋がった巻き貝の口の辺りを示した。
「遠心力で高まった圧力で水を吸い上げます」
「歯車を使うのね。トルクが足りないからですか?」
「いえ、トルクは十分なのですが、回転数が足りないのと、ギアボックスの試験を兼ねて設置しています。渦巻きポンプはあまり高いところに揚水できないので、鉱山で使うときはスクリューポンプになります」
「しかし、暑いわね」
狭い部屋と言う訳ではないが、如何せん、地下でボイラーを焚いているので室温は40℃を越えていた。
「すいません、妖精に見られない様に地下に作ったのでどうも熱が籠ってしまいまして。実際に設置するときは、もう少しマシになるかと」
「まあ、しょうがないわね」
カエとニュクスもヨルムンガンド率いる妖精に見られたく無いと考えており、地下工房での実演になったが。
「しかし、何時までも隠し通せんな………」
「陸上で大きな工房を建てて大々的にやる?」
神聖王国で技術の進歩が確認され、核開発の噂も飛び交っている。
小さい工房でチマチマと技術開発し、自己満足に浸る場合ではない。
戦場で必要なのは豪華絢爛な鎧と名工が鍛えた剣を装備した1人の英雄ではない。在り来たりだが丈夫な鎧と多少粗悪品だが連戦に耐える剣を装備した1000人の訓練された兵士なのだ。
ロケット砲や蒸気機関の他に色々な兵器や機械類の展示品はあるが、開発を進める為にも地下に作られた小さい工房ではなく、大きな工房で大々的に実験をした方が良いのは明白だった。
幸い、ヨルムンガンドは技術の進歩を止めるつもりは無いようなので、実験施設を造るのも悪くはない考えだとニュクスは考えていた。
「そうだな、考えておこう」
「そいつが良いだろうな。プルトニウムを造る黒鉛炉は此処でも何とかなるかもしんねえけど。他の作業が出来なくなっちまうよ」
プルトニウム239を製造する黒鉛炉は正直、夢のまた夢だが、工房で造るには大きい上に、関連素材の製造法の再現や製造場所の確保なしに進めることなど不可能だった。




