地下通路の大蛇?
「では、質問が無いようなので部族会議を閉会する」
議長が閉会宣言をして部族会議は終わった。
「では魔王様。執務室まで案内いたします」
「うむ、頼む」
他の部族長や騎士がすり寄ってきてもめんどくさいので、魔王はエミリアに案内されいそいそと議場を後にした。
魔王は再び魔法で聞き耳を立てているが、幸いなことに魔王の要望にどう応えるか部族長同士で話し合いが始まっていたので、ゴマすりに来る者は居なかった。
「あー、疲れた」
「魔王様、何か手慣れてましたね」
「昔とった杵柄さ、前にも何度か議会に立った事があってね」
「………………」
エミリアが呆けた顔をして、魔王の顔を見てきた。
「なに?」
「いえ、議場だと何か、爺くさ。(違う)年寄り。(違った)………年配の方の様なしゃべり方だったので」
何気ない会話では見た目通りの仕草や言葉使いの場合が多いが、議場では一貫して年配者のような雰囲気だった
「うーん、魔王としての立場が有るからね。それに、遠方から来ている議員の方々に対する礼儀も有るしね」
出入口をスルーして地下へと続く階段を降り、 扉を開けると廊下に出た。
「何で地下?」
「安全の為に集会場と街の重要な施設を結ぶ地下通路です。表に野次馬がいて危ないと思うので今日はここを通ります」
そういえば明るいなと見上げると、天井から吊り下げられた籠の中味が光っていた。
「アレは?」
「光石です。少しの魔力で光って熱もでないので照明として使われているんですよ」
『何か、捻りの無い名前だなあ』
と念話で文句を言いつつ廊下を進み、一つの扉の前で止まった。扉の横に掛かっている木札には“ウラム家”と書かれていた。
「誰の家?」
トットットントンとエミリアがノックをした。
「クヴィル族のミハウ部族長のご自宅です」
ガチャガチャと音がして覗き窓が開いた。
「何のようで?」
「ポーレ族のエミリア・レフです。魔王様をお連れしました」
覗き窓から見える目が魔王を向いた。
「約束と違う。通すのは案内人を含む二人だったはず。しかし、四人いる」
「え?」
『あら、バレたね』
『はてさて、何者かしら?』
ただ者では無いと、魔王と姉妹は感覚を研ぎ澄まし、万が一に備えた。
「あの人は魂を三人分持っている。だから約束と違う。通りたくば、あの人が持っている魂を二人分置いていけ」
「こらー!!何しとっかー!」
「ひぃえ!」
扉の向こうから叫び声がしたと思ったら、覗き窓から覗いていた人物が居なくなった。
直後、物が倒れる音と共に違う人が覗き窓から此方を見た。
「エミリアさん。…と魔王様ですか?」
「はい、そうです」
「今開けます」
再びガチャガチャと音がし、一瞬音が止んだ。
「…え?今の何?」
目の前の出来事が何なのか判らず、魔王はエミリアに尋ねたが、エミリアは恥ずかしそうに苦笑いしていた。
「あー…、その。ミハウ部族長の家で働いている妖精さんが最初に出たみたいですが、後から侍女さんが来てくれた…ようです」
『アレが妖精か、初めて見た』
エミリアの説明に魔王は首をかしげたが………。
………長い。
「長くない?」
「おかしいですね、普段は直ぐに開くのですが」
音が止んでからしばらく経ったが扉が開く気配がない。
「ところで魔王様、さっきの妖精さんが魔王様を見て“魂を3人分持っている”と言っていましたが。どうゆうことなんですか?」
「妹達の魂を死霊術で私の身体に憑依させたりして遊んでた影響で、3人の魂が混じっちゃってるからかな?今も3人でこの身体を使ってるし」
「っ!」
エミリアが大慌てでドンッドンッドドンと扉を叩いた。
「先に言ってくださーい!」
覗き窓が開いた瞬間、エミリアが中に叫んだ。
「開けないで下さい!!魔王様が3人分の魂を持っているので、扉の前にいるのは4人です!2人じゃありません!!」
「開けちゃったよ!!」
中からの返答を聞いてエミリアが頭を抱えて塞ぎ込んだ。
「もうおしまいだー!」
「えっと、何がどうしたの?」
直後、廊下全体が暗くなった。
!
『何か居るよ!』
廊下を更に進んだ先から何かが近付いて来る気配に魔王の妹が気付いた。
「何か来るけど」
「ヘビですヘビ!巨大な大蛇です!」
「何でヘビ?」
「先に告げた人数と違う人数が扉の前に居る時に開けようとすると、扉が施錠されて大蛇が放たれるんです!」
『何か聞いてたか?』
『『なにもー?』』
只のヘビなのか、それとも万が一ロキの部下なのかで対応が分かれるので、魔王は妹達に一応の確認をした。
「でもヘビだよね、殺したらダメ?」
「ダメです!ウラム家とケシェフの街の守り神なんです!」
神様“格”となると変に手出しができなかった。
『むー、神様か』
『となると、ロキの部下の可能性大かな?手は出さないでおこうか。じゃ、カエ。扉開けちゃおう』
『はいはーい』
「じゃあ、扉を開けるね」
魔王は扉に手をかざして魔法が仕掛けられているか確認した。
『あ、問題無さそう』
「ムリですー!ウラム家の…者しか………。開いた………」
「開いたー!」
「うわぁあぁあぁ」
中に居た人狼のメイドさんと床に倒れた子供程に小さい妖精のメイドさんが叫び声を上げていた。
「エミリア行くよ」
「はい!」
念のため、ヘビの気配を探ったが、扉が開くと同時に引き上げていった。
建物の三階の廊下を進んだ先の奥から2番目の部屋が執務室だった。
「こちらが魔王様の執務室になります。左隣の寝室と右隣のマリウシュ部族長の執務室に通じる扉がそれぞれ有ります」
エミリアに色々と説明をしてもらっていたが、魔王はそれどころじゃなかった。
『アレはあるのかな?』
『ああ、少し待て』
エミリアの説明を中断するのもアレなので、魔王はとりあえず気になることを質問した。
「何でまた、マリウシュ部族長の執務室もここに在るの?」
「クヴィル族のミハウ部族長から“ポーレ族の部族長を野外で仕事なんかさせられるかー!”って酔った勢いで半強引に貸してくださったんですよ」
『っちょと、カエ。急いでよ』
『まだ大丈夫だろ』
「ミハウ部族長て絡み酒なの?」
「おまけに泣き上戸で、良く大声でヴィルノ族のチェスワフ部族長やヤツェク長老を交えて朝までドンチャン騒ぎですよ。マリウシュ部族長に自宅内の執務室を貸したのも、きっと一緒にお酒を飲んでばか騒ぎがしたいからですよ」
『議場だとポーレ族に対して厳しい批判をしていたクヴィル族と擁護するヴィルノ族は仲が悪かったけど、部族長同士は仲が良いのか』
『カエ!』
『あー…判った判った』
「エミリア、トイレどこ?」
「トイレ?」
エミリアが固まった。
「もしかして、トイレ無いの?」
「何をする物ですか、代用できるものが有れば用意致します」
嫌な予感がして、魔王と妹達は黙った。
『水洗とは言わないけど、シリアの田舎に行った時ですら用を足すスペースはちゃんと有ったよ…』
魔王が生前の記憶で最悪なトイレ事情を思い出しつつ、覚悟を決めて質問した。
「用を足す場所なんだけど」
「え!?あ、ソコの隅っこの桶にしといて下さい」
身体が無い妹達が、比喩的な意味で手で顔を覆っているのだろうと魔王は思った。
「お、桶?病人みたいに?」
「?私達は部屋の隅で用を足した後は窓から投げ棄てています」
あまりの答えに、魔王は思わず砕けた口調になった。
「汚ねー!何だソレ!?下水道とか無いの!?」
「?」
「汚水や排水を川に流す暗渠だよ!無いの?まさか、道端に流して放置?」
「大きな通りには側溝が在るので、そのうち流れていきますよ」
『街中が臭いのはコレが原因かー!』
『ああ、道が泥濘でいたのって………おうっ………。サンダルはやめよう』
スラムだけが酷いわけではなく、街中も等しく不衛生だと気付き、魔王はせめて足元だけでも固めてしまおうと思い立った。
「エミリア、私の足に合うブーツを見繕って来てくれないか?」
「ええーと」
エミリアが右手の親指を器用に使って私の足のサイズを測った。
「直ぐに用意します」
『さてと、軍団を編成する為に、兵士一人辺りの必要経費でも捻出するかな。軍団規模の軍装一式をいきなり鍛冶屋に発注して街の流通が破綻したら事だし、春までに間に合うように随時発注するか』
現実逃避をするために、魔王は気持ちを切り替え仕事の事を考え始めた。
『装備が揃うまでは基本教練と…。下水道とかインフラ工事に充てるとして………投石機や攻城兵器の図面をここの言葉に翻訳する必要もあるかなあ』
『いや、先ずは人手を確保するか』
「お湯だよな」
「ちょっと、温いけどお湯だなあ」
灯りが消えて薄暗い部屋の中、交代時間が来て非番になった少年兵4人組が、魔王が入浴に使った岩風呂を覗き込みながら、温度を確かめていた。
「何でお湯が有るんだ?」
「魔王様が沸かしたんじゃないかな?ほら、この水溜まりから、魔王様からした花みたいな良い匂いがするし」
最年少のトマシュが指差した先は、魔王が血を落とす為に身体を洗った時に出た大きな水溜まりだった。
「かなりの量だけど、どうやって用意したんだろう?」
「あ、そうか。トマシュは聞いてないのか」
トマシュの疑問に一つ歳上のアルトゥルが答えた。
「エミリアの話だと魔法で出したらしいよ」
「え?この量を!?」
冒険者の中には、辺鄙な遺跡や森の近くで、水を創り小金を稼ぐ人が居ると聞いていた少年兵達は、魔王ならばこの量の水を創のは動作も無いことは、なんとなくは理解したが。
「どうやって、お湯にしたんだ?」
「カミルが使える火炎魔法は?」
「俺は無理だ。コップ一杯分の水ですら沸かせない」
コケ脅し程度の火炎を出せる程度のカミルは即答した。
「ライネ、水を出す魔法で創った水って熱いの?」
アルトゥルが簡単な水魔法を使えるライネに聞いた。
「基本的にちょっと冷たい水しか出せないよ、と言うか、この量の水を出すのがそもそもムリ」
ライネからしたら水を入れる革製の水筒を満たすだけの技量を持つ術士ですら珍しいのに、風呂の為にお湯を出す術士がいるという話自体がにわかに信じることが出来なかった。
「じゃあ、どうやって?」
実際のところ、風魔法で大気中の水分を集めて、断熱圧縮でお湯を温める、所謂ヒートポンプで温めたのだが、彼等は知るよしもなかった。
「まあ、良いか」
そう言って、カミルがズボンを下ろし始めた。
「どうしました?」
「せっかくお湯が有るんだ。尻尾のシラミ退治」
「あ、そうか。よし、俺も!」
軍隊の営内生活の天敵。それは………
水虫
インキン
そして、シラミだ。
嫌でも集団生活を行い、訓練や勤務で時間が取れない時にそれらは忍び寄る。
水虫、インキンはどちらも同じカビの一種だが、汚れた洗濯物。特に水虫患者の靴下をパンツと一緒に洗濯し、インキンに掛かる場合がままあるのだ。
そして、何故水虫になるかというと、水で濡れたブーツや靴下を勤務中や訓練中に乾かす時間など取れる事がなく。仮に靴下を変える余裕が有ったとしても、次に履くときまでに水虫菌が死滅するほどブーツを乾かす時間もスペースも無いものだ。
最後にシラミだが、兵隊と言えばお馴染みの坊主頭にして、清潔にしていればある程度は防げるが、彼等は人狼だった。人狼として、自慢の尻尾の毛を刈り上げることなど出来るわけがなく、そのせいもあり頭髪も人間の兵士とは違いやや長めでも良しとする雰囲気があった。
ズボンを下ろし、普段は鎧の中に隠している尻尾を出したカミル達は、持ち寄った木製のバケツにお湯を汲み、薬師から買ったシラミ退治用の薬を数滴瓶からたらしてから各々尻尾をお湯に浸けだした。
「あー………気持ちいい」
「普段、お湯でシラミ退治なんかしたら怒られるからなあ」
ケシェフの街はポーレ族が避難してきても餓死者が出ることは無かったが、日用品の不足が目立った。その最たるものが煮炊きに使う薪だった。
ケシェフの街から少し離れた南方に森が在るには在るのだが、妖精が住み着いて居るので余り伐採が出来ないのだ。
さいわい、北の山脈に小さいながらも森が点在しているので避難民の家は建てられたが、充分な量の薪を確保出来ないので、薪を初めとした燃料費が高騰し、シラミ退治の為だけに湯を沸かそうものなら、古参兵に怒られるのだ。
「何してるの?」
「ひぃやぁぁぁ!!」
驚いたトマシュが尻尾を膨らました衝撃で、バケツが派手に飛んでしまった。
魔王に向かって。
「で、シラミ退治をするのに風呂の残り湯を使っていたと」
「はい………。ごめんなさい」
頭から薬入りのお湯を被った魔王に謝り通しだったトマシュがようやく落ち着いたので、魔王は事情を聞くことができた。
「もう良いって。転位魔法で戻ってきて、いきなり声を掛けた私が悪いわけだし」
当の魔王はトマシュから受け取った薬入りの小瓶が気になっていた。
色つきガラスの容器に、容器の口と当たる部分はコルクで出来ていて、持ち手の部分は同じく色つきガラスで出来た栓が着いた見事な細工がなされた小瓶だった。
「この小瓶は何処で?」
「街の薬師から買ったんです。次に薬を買うときに空き瓶を持って来ると安く買えるんです」
「街の薬師、か」
魔王が気にしていたのは、ケシェフの職人の技術力だった。生前、魔王が居た世界では色つきガラスの量産が始まり、ガラス製の容器が一般化しつつは有ったが、ここまで細かい装飾が施された物は初めて見たのだ。
「コレは?」
魔王が鳥とおぼしき装飾を指差してトマシュに訪ねた。
「ミミズクです。薬師がお店の看板に使っているのとおんなじデザインです。薬や医療を司る女神様の遣いだと言われてます」
「ミミズク………コレが………」
「見たこと無いの?っ!んですか?」
ついつい、近所の子供に話し掛ける風の話し方になったのをトマシュは慌てて訂正した。
「図書館や留学先で名前は聞いたことは有るけど、彫刻は始めて。フクロウに似てるとは聞いてたけど、なるほど………」
魔王はローマの女神ミネルバの事を考えていた。ミネルバはフクロウと一緒に描かれることが多い女神で知恵、医療、工芸そして魔術など様々な事を司る女神だった。
『ローマと同源………いや、たまたまかな』
などと考えを巡らしていた。
「っと、そうだった。君達、明日の朝から街中を案内してくれないかな?」
「案内、ですか?」
魔王はここに来た目的を思い出し、トマシュに質問した。
「エミリアだと何か問題でも?」
少年兵からしたら、世話役のエミリアが居るのだから、自分達が出る幕など無いと思っていた。
「エミリアは兵士の事情に詳しくないだろうから、君達にも同行して貰いたいんだ」
エミリアと一緒に街中を歩けると理解したカミルが目立たないようにガッツポーズをしたのを横目で見つつ魔王は話を続けた。
「鎧と剣を作っている鍛治屋と材木屋、石材屋に後は市場を見て回りたいんだ。良いかな?」
トマシュとアルトゥルそしてライネは互いに目配せをした。3人とも“女の買い物は長いし、荷物持ちだよな”“適当に言い訳して断ろう”と考えていたのだが。
「明日は非番だから、門が開く時間になったら4人で行きます!」
と、カミルが元気良く答えてしまった。尻尾をブンブンと音を立てるほど振り回しながら。
「ありがとう、それと質問なんだけど」
せっかくの休日がふいにされた3人を尻目に魔王とカミルが盛り上がっていた。
書き直していますが、加筆修正すると+1000文字は余裕で行くので分割するか、そのまま行くか…。
うーん、悩む…。