救出
「あの人大丈夫なんですかね?」
「まあ、その時はその時よ」
「ええ…」
階段を降りる途中でホセはブレンヌスを心配したが、ゴーレムの女は大して心配してないのか、素っ気ない返事をした。
「ま、良いか」
最悪、リシャルドが閉じ込められてる部屋の近くに在る
城主の寝室の隠し通路から脱出すれば良いので、ホセは深く考えないことにした。
「砂だ!急げ!」
城の上部に出る通路付近では、兵士達が何とか消火しようと躍起になっていた。
砂を掛けて消火を図るが、魔法具の火弾から相当量の油が撒き散らされた影響で、火勢は衰える様子はない。
「おい!水はよせ!」
「えっ!?しかし……」
兵士の一人がバケツに入った水を掛けようとしたのを他の兵士が止めた。
「高温の油に水を掛けてみろ!一気に蒸発した水が油と火を撒き散らして火災が拡がるだろ!」
通常の気圧では水が100℃で蒸発するが、燃えている油は300℃を優に越えている。固形物を相手にする通常の火災では、水が可燃物の表面に纏まり付き酸素を含んだ空気を遮断する“酸欠状態”と液体から気体に変化した時の“気化熱”で火元の温度を下げるが、相手は液体だ。
高温の油に水が触れて、気化するのは同じだが、気体になった水は液体時の1700倍もの体積になる。所謂、水蒸気爆発だが液体の油は気化した水に吹き飛ばされ勢い良く飛び散る。
それを防ぐための砂なのだが、数が足りないので現場の兵士は城中を砂を求めて走り回っていた。
余談だが、仮に油の温度が低くても、水が油に浮くので、火が着いた油があらぬ場所へ流れ出してしまう。
「魔術師を連れてきました」
兵士の一人が魔術師の女を連れてきた。
「あ、あの、何でしょうか………」
魔術師と言っても、普段は調理作業をしている女だった。
「氷魔法を使えただろ。それで、火を消してくれ」
「ひ、火をですか」
調理で菓子類を振る舞う時があり。その時、魔法で氷菓子を作っているのを兵士が思いだし、呼び寄せたのだが。
「そんな無茶です!」
そんな事をしたことがない魔術師の女は嫌そうに耳を垂らし、尻尾を股の間に巻いた。
「やったこと有りません!」
「出来なくても良い、やってくれ」
「はぁ!」
ブレンヌスの突きを騎士は難なく躱す。
「ちっ!」
そして、空かさずカウンターで剣を水平に振るので、ブレンヌスは耳を倒し身を屈めた。
「ぬぅ」
ブレンヌスは身を屈めた動きのまま、騎士の足許に滑り込み、巴投げの要領で騎士を投げ飛ばして見せた。
「やるなぁ」
投げ飛ばされた騎士は身体が地面に着くと、クルリと一回転し、ブレンヌスから十分に距離を置いてから立ち上がった。
そのまま、2人は剣を構え十分に距離を開けると、動きを止めた。
ブレンヌスもそうだが、騎士の方も久々に骨の在る相手と真剣勝負が出来ているので、どこか楽しんでいた。
「鋭っ!」
「応っ!」
先に動いたのは騎士だった。
雷撃の様に鋭い上段からの斬り掛をブレンヌスは剣を両手に握り直し受け止めるが。
「どりゃあ!」
騎士がブレンヌスの顔面に頭突きをしてきた。
「むう!」
「っ!」
ブレンヌスの顔面だった場所が掌に変形し、騎士の頭を掴むと身体ごと持ち上げ壁に押し付けた。
「おのれ!やはり化け物か!」
投げ飛ばされた辺りから、ブレンヌスが息をしていない事を騎士は見抜いていた。
元々の頭だった腕と右腕の間に、頭が生えてきても騎士は眉ひとつ動かさなかった。
「むうぅっ!」
騎士の頭を掴んでいた手を騎士が叩き、何とへし折られてしまった。
地に足が着くと、騎士は左手で腰に真横に差していた短剣を抜きつつ、右手に握った長剣でブレンヌスの下腹部を突いた。
刺さる寸前にブレンヌスが飛び退いたので、長剣は空を切ったが、騎士は距離を取ろうと下がるブレンヌスを追い、走りながら長剣と短剣で斬りかかる。
「面白い!」
ブレンヌスが高笑いと共に右手を突き出すと爆発が起き、騎士は吹き飛んだ。
「ぬうっ!」
吹き飛ばされた騎士が剣を構え直しブレンヌスを見ると、ブレンヌスは剣の他に手斧を構え向かってきた。
「ここだ」
ホセがリシャルドが閉じ込められてる部屋の扉に付けられた覗き窓を開けた。
「おい、リシャルド俺だ。今開けるぞ」
返事がなく、姿が見えなかったが、どうせ部屋の隅にでも居るのだろうとホセは深く考えずに鍵を刺した。
「あ!」
「え!?」
何と、鍵を回したら鍵が真ん中で折れてしまった。
「いけね、間違えた」
ホセは折れた鍵を抜くと別の鍵を差して解錠した。
「コレ、倉庫の鍵だわ」
ゴーレムの女は無言のまま、ホセの後頭部を軽く小突いた。
「おい、リシャルド?」
ホセが中に入ると、ベッドと椅子だけが置かれた狭い部屋に誰もいなかった。
「どういう事?」
「いや…え!?」
ホセは幅が数十センチしかない明かり取りの窓から白い尻尾が出ているのを見た。
「ホセか?助けてくれー!逃げようとしたら動けなくなっちゃった!」
「………アレがリシャルドだわ」
「あらまあ」
「いや、嬢ちゃん。危ないって」
一方、盗賊達と逃亡奴隷のヤニーナは揉めていた。
「危なくても行きます!」
城で火の手が上がったので、ヤニーナがどうしても城に向かうと言い出したのだ。
「ダメだって。………あんたらもそう思うだろ?」
判断を仰がれ、ヒヒのゴーレム達はそっぽを向いた。
「手を上げろ!」
突然、藪の中から小銃を構えた集団が出てきた。
ヒヒのゴーレムと盗賊達は言われるがまま手を上げたが、盗賊達は手を縛られているので何とも間抜けな絵面だった。
「………誰だお前ら」
「猿が居るぞ」
「ど、奴隷です!リシャルド様のヤニーナです」
ヤニーナが名乗ると集団は小銃を上に向けた。
「君がヤニーナか、無事だったのか。私達は奴隷解放戦線の戦士だ」
藪から出てきた人猫の兵士の一人がヤニーナに駆け寄る。
「一体何が有った?合流地点に姿を表さないからてっきり……」
「子供の事がバレて、慌てて逃げ出したのですが、追い付かれて。危うく殺される所を魔術師の人に助けてもらって。それで、リシャルド様を助けてと頼んだのですが、城が火事に」
「もう大丈夫だ。私達が何とかする」
藪から次々に奴隷解放戦線のメンバーが出てくるので、盗賊達は震えた。
「何で、こんなところから、出ようと、したんだ!」
リシャルドを引っ張り出そうと、ホセは右半身を窓に突っ込み、腰のベルトを掴むと思いっきり引っ張っていた。
「ほら、兄さんが家を出たときに。この窓から出たから………」
「その時、お前の兄貴は子供だろ!大人のお前が通れるわけ無いだろ!」
手こずるホセの腰に腕を回し、ゴーレムの女が引っ張ると、リシャルドはようやく窓から出てきた。
「うわ………汚い………」
「あーこれで拭いとけ」
数十年前にリシャルドの兄が通って以来、掃除をされていなかったので全身埃まみれになっていた。
「ま、良いや。ヤニーナと娘は無事だ」
「本当か!?」
リシャルドはホセに詰め寄った。
「何処に居るんだ!?」
「おいおい、落ち着け」
「2人は近くで待ってるわ。さあ、此処を出ましょう」
リシャルドを助けた以上、長居をする必要はない。
「そうだ出よう」
ホセとリシャルドが部屋から出ようとしたが、ゴーレムの女は窓の付近を手で触れてから、向こう側を覗いた。
「一体何を」
「待ってて」
ゴーレムの女が窓の付近を蹴り、壁に大穴を開けた。
壁の向こうは外回廊になっており、火は回っていなかった。
「此処から出ましょう」
ゴーレムの女が外に出て行った。
「…誰あの人?」
「さあ、ヤニーナに頼まれて来たらしいけど」




