逃亡奴隷とキマイラの赤子
シューベルトの魔王を聴いて思ったのですが。
あの魔王変質者じゃね?
ニュクスは魔王の執務室で書類に目を通していた。
・学校の所在地
・教員
・開校日
・入校予定のポーレ第2連隊隷下の第5中隊に所属する少年兵の名前
・現在兵役についている中から選抜した者の名前
「結構、この通り進めて」
ニュクスは書類に“グナエウス・ユリウス・カエサル・プトレマイオス”と署名すると、御璽として使っているカエの指輪を朱肉に押し付け書類に押印し、脇に控えていたリーゼが書類を手に取る。更にリーゼの手から担当者に手渡された。
リーゼから書類を受け取ったのは、冒険者ギルド代表のエーベル女史。
彼女は魔法学校の管理を一任されていた。
「ケシェフに居ない入校対象者は如何なさいますか?」
「何人居る?」
「1人。トマシュ・ジュワフスキです」
“なんだ、アイツか”とニュクスは適当に思い付いた事を口にした。
「ジュワフスキはイシスに魔法を習っているから問題ない………。あーそうだな、彼がケシェフに戻ってきた所で、試合をさせてみよう。君達の教員か生徒どちらでも構わん。ジュワフスキと試合してみて負けたら……………。そうだな………」
生意気なトマシュを痛い目にあわせるか、冒険者ギルドを痛い目にあわせるか。どっちに転んでも面白いと、ニュクスはほくそ笑んだ。
「まあ、考えておこう。他に何か有るか?」
捕虜への暴行がバレて以降、何かと厳しい扱いを受けているので、エーベル女史はヒヤヒヤしていた。
「コーエン博士を中心に核研究チームの人選が終わりました。と言っても3名だけですが、実際に核爆弾の研究をしていた者です」
「そうか、下がって良い」
それだけ言ってニュクスはエーベル女史を下げさせた。
「よろしいのですか?」
エーベル女史が出て行ってから、ニュクスの素っ気ない態度が気になりリーゼは思わず訪ねた。
「構わないわ、冒険者ギルドの言っている事の裏付けが取れない以上、信用できないんだから」
(そう言うけど、私の事は信用してるんだよな………)
今一、ニュクスの基準が判らなかった。
バキボキと、獣が追手の従士と馬を食べる音が響く。
「はぁ…はあ…」
草が生い茂っているお陰で獣に姿を見られる恐れはないが、逆に獣の姿を確認すること出来ない。
(虎かな!?でも、虎はこの辺には居ないし、熊を見間違えたのかな!?)
一瞬だけ、猫科の尻尾が見えた気がしたが、彼女の故郷とは違い、この近辺には虎は居ない。
(虎ならお腹が減っていないと襲ってこないけど、熊は?)
虎と違い、熊を見たことが無いので逃げて良いのか判らなかった。
「大丈夫だから、ね」
胸に抱いた子供を落ち着かせようと、精一杯の作り笑顔をして語りかけた。
獣の出す咀嚼音が止んだが、離れる気配はなく、逆に近付く足音が聞こえた。
「大丈夫かい?」
まさか話し掛けられると思わず。逃げていた人猫の女は驚き、尻尾をパンパンに膨らませた。
恐る恐る振り替えると、ごくありきたりな旅装姿の背が高い黒髪の人猫の女が立っていた。
ゴーレムの豹が従士と馬を喰い、化けたのだ。
「アイツらはもう居ないから安心して」
ーまあ、腹ん中に居るんですけどねー
「怪我してるね。治すよ」
透き通る様な白い肌から北国の人だと判るが。顔や、ローブの隙間から覗いた素肌には古傷が幾つもあった。
「何処から来たの?」
質問されたが、恐怖で答えられなかった。
「言葉が判らんのでは無いか?」
もう1人、茂みの中から中年の人狼の男が出てきた。
こっちはヒヒのゴーレムが同じく従士と馬を喰い化けていた。
「あー、あ、あ…。こほん」
女の人が咳払いをして、色々な言葉で話し掛けてきた。
「………話してない言葉ある?」
10種類位の言葉で話し掛けられたが、どれも知らない言葉だった。
「あ、あの。言葉判ります」
逃げていた人猫の女が普通に喋ったので、人猫に化けたゴーレムは目を白黒させた。
「あら………。どこか他に痛むところはある?」
逃げていた人猫の女か首を横に振った。
「追いかけてきてたのは、盗賊?それとも何処かの兵士?」
「この辺を治めるイゴール卿の手下です………。私はイゴール卿の御子息、リシャルド様の奴隷です」
「あー、あ…!」
逃げていた人猫の女が抱いていた赤ん坊が短く声を上げ、両手足をパタパタと動かした。
「その子も大丈夫そうね」
赤ん坊はケラケラと笑い声を上げた。
「ん?人狼………いや、キマイラか。君の子か?」
男の人狼に化けたゴーレムが赤ん坊の尻尾が猫のソレなのに気付いた。
逃げていた人猫の女は、その様子から赤ん坊を取られまいと身体を捻り隠した。
「なぁに、心配するな。我らが使える王もその赤子と同じくキマイラだ」
「………この子と同じ人が居るの?」
「ああ、そうだ。ん!?」
鷹が再び鳴いたので、ゴーレムの男は空を見上げた。
「………まだ走れそうか?」
鷹は同じ所を右旋回し続けていた。
「追手だ。騎兵5………」
次に鷹は左旋回を2回した。
「歩兵2………」
最後に8の字を3回描く。
「弓兵3か、取り敢えず撒くぞ」
盗賊を残して来た所へ踵を返したが、逃げていた人猫の女に腕を引っ張られた。
「ま、待ってください!助けてください!」
「なっ!?」
“いや、逃げんだろうが”と。ゴーレムの男は困惑する。
「ご主人様が!この子の父親がアイツ等に捕まっているんです」
「………ふむ」
ただの逃亡奴隷を追うには大掛かりな追跡部隊、身なりの良い人猫の娘っ子、キマイラの赤ん坊に、“ご主人様”と呼ばれる赤ん坊の父親。
どう考えても、面倒事だった。
「待ってろ!話は後だ」
そう言うと、ゴーレムの男は追手の方へ走っていった。
「ちょっとっ!」
ゴーレムの女が困惑するが、ゴーレムの男は途中で振り返り「一捻りしてくる」と言い残し森へ消えていった。