お支払は金貨10枚と銀貨7枚になります
「止まれぇいっ!」
象の頭の上で仁王立ちしていたリーダー格のヒヒのゴーレムが発した号令で、盗賊12名を連行していたゴーレムの一団はその場に停止した。
走り始めてすぐに盗賊達が倒れ、ろくに進むことができなかったので、結局ゴーレム達は盗賊のアジトに有った荷馬車に盗賊を乗せて走り続けていた。
「うっぷっ!」
乗り心地など一切考慮せずに、象が木々を薙ぎ倒した後の獣道を突っ走ったのだ。揺れに揺られ続けた盗賊の何人かは荷馬車の外に顔を出し、吐き始めた。
ヒョウが象に飛び乗り、空を見上げているヒヒの元に歩み出た。
「どうかしたの?」
ヒョウの声は女だった。
「鷹が何かを見つけた」
急降下してきた鷹が象の頭に着陸すると、報告を始めた。
「隊長、この先で人が襲われています。追手と逃げている人影を確認できましたので、迂回をする必要があります」
「追手は盗賊か?」
「いえ、身なりからして追手は騎士のようです。追われているのは身なりの良い人猫の娘っ子です」
ヒヒは集落の方を睨み付けながら、思案しだした。
「妙だな、様子を探るぞ」
振り替えると、他のヒヒ2匹はグロッキーになっている盗賊の背中を擦っていた。
「貴様等はここで待っておれ!」
ヒヒ2匹に命令を出すと、ヒヒのリーダーは鷹とヒョウを連れ集落へと走った。
「どうするつもり?」
「我が王からは現地民と接触するなとは言われていない。助けるぞ」
ヒョウは“また厄介毎に首を突っ込むのか”と半分諦めていた。
「居たぞ!」
馬に乗った従士が2人、森の中を逃げる人猫の奴隷を追い掛けていた。
「右から行け!」
逃げる奴隷が追っ手を撒こうと走る方向を変えるが、追う従士は的確に指示を出し合い、じわじわと距離を詰める。
「はぁっ!はぁっ!」
逃げる人猫の奴隷の歳は20程だろうか。そもそも長距離を走ることに慣れてない人猫だが、必死に逃げていた。
「女は殺すな!ガキだけだ!」
従士の狙いは奴隷の捕獲と彼女が抱いている赤ん坊の“処分”だった。
「うっ!」
今までは上手く姿を隠しつつ逃げていたが、とうとう回り込まれた。
「ふっおおおおっ!」
正面に現れた従士が奇声を上げながら槍を構えた。
…………反射的に彼女は左へ飛び出してしまった。
今まで意図して避けていた、“見通しの良い場所へ”。
「やれ!」
槍を構えていた従士の指示で、もう1人がボーラを回した。
*ボーラ:縄の両端に重りを着けた捕獲道具。投げると両端の重りが遠心力で広がり、回転しながら飛ぶので、脚に引っかけて転倒させる。主に狩猟で使う。
縄の真ん中を持ち、従士が振り回したボーラが風切り音を出すと、女奴隷に向け投げつけた。
女奴隷が転倒したのを確認すると、従士2人は真っ直ぐ彼女の元へ馬を走らせた。
「手間取らせやがって、売女が」
先に馬から降りた従士は、這って逃げようとする女奴隷の足を踏みつけた。
「おい、悪魔を渡せ」
「いやっ…!」
剣を抜き、従士の1人が赤ん坊を引き剥がそうと屈んだ。
「貴様、何をしている!」
突然、屈んでいた従士は肩口を掴まれ後ろに引き倒された。
「な!?」
「うわあああっ!」
もう人の従士の叫び声が聞こえ、声のした方角から獣の呻き声と骨を噛み砕く鈍い音がした。
「赤子に手を掛けようとするとは………貴様それでも人か!」
従士が今際の際に見たのは怒りに任せて、自分の首を握り潰す毛だらけの人間。
従士はヒヒに首を握り潰され絶命した。
「き、金貨10枚に銀貨7枚………?」
宿を出ようとしたところで、ボーイに見せられた領収書にフランツは声を漏らした。
「はい、お部屋にお運びした夕食と朝食の他にレストランでのお食事代となります」
「っ~~~~~~~!」
“一体何をこんなに飲み食いしたんだ!?”と険しい顔をショーンとデイブに向けた。
「ちょっと、待ってくれ………」
フランツは大急ぎで、村役場に向かった。
「イヤイヤイヤ、宿代はフィリプのじいさん持ちだって言ってたでしょ!」
「そうだよ、レストラン代は別だなんて思わないよ」
慌てて村役場に駆け込み、フランツが持つ冒険者ギルドの普通預金でしはらえたから良いが、危うくエルナ辺りを売りに出すところだったのだ。
「あー、俺も確めなかったのは悪いさ。てか、金貨10枚以上ってどんだけ飲み食いしたんだよ」
ちょうど村の門を通り過ぎたので、フランツは門番をしているフィリプ卿の部下を横目で見つつ、恨み言のように言った。
「え!?10枚?」
ショーンは指折り数えた。
「ちょっと多くない!?」
「…何!?」
「俺とデイブでそれぞれで金貨2枚と銀貨2枚。だから、金貨4枚と銀貨4枚だよ。エルナとニナはクロワッサンとソフトクリームにクレームブリュレで合計金貨1枚。俺達だけで金貨5と銀貨4枚」
フランツが領収書を取り出して確認すると、他にワインやブランデー等の酒類、コーヒーが2杯、ケーキ類や幾つかの肉料理が記載されていた。
「おい、じゃあこの酒類は?」
エルナが遠巻きに領収書を眺め。
「これ、イシス様とトマシュ様です………」
と、か細い声で、誰が原因か教えてくれた。
「んな!?」
フランツ達が振り向くと、イシスはニナに抱かれた状態で寝ているようだったが。
「起きてるね」
ショーンが気付いたが、イシスの耳は申し訳なさそうに真横に倒れていた。
「道だな」
「道だね」
「標識もあるじゃん」
本来なら街道の途中で脇道にそれ、獣道になる道を延々と進む筈だったのだが、フランツ達の目の前には馬車が2台も通れそうな道が出来上がっていた。
「ったく、いつの間に造ったんだ?」
妙に手際が良いと怪しんでいる間も、鉱山向けの資材を乗せた荷馬車が3人の脇を通り、森の奥へと向かっていた。
「標識からすると、開拓地の村まで10キロってとこだね。どうする?昼前には着いちゃうけど?」
ショーンの指摘通り、順調なら2時間も掛からない距離だ。
「着いてから決めるさ。例の転移事件も調べたいしな」
「ん!?」
デイブが何かに気付いて辺りを見渡した。
「トマシュ達が居ないぞ!」
気付けば、標識の前には3人しか居なかった。




