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タダより怖いものはない

執務室で書類を見ながら、カエは考えていた。

「なあ、ナチ党員が捕虜の中に1人もいないんだが?」


捕虜にした獣人化症の少女、古城で捕まえた捕虜から神聖王国の神殿で捕まえた捕虜を全員エミリアが見て回ったのだが、ナチ党員は誰1人と居なかった。


「それから略歴を見てみましたが。そもそも、神殿で捕らえた人は全員転生者ですら有りませんし」

「だとすると、核兵器の話しは………」

ニュクスは腕を組み、天井を見上げた。


エルノ(・・・)さんの話しは狂言かしら?」

ミハウ部族長の孫として転生しているエルノこと、エドガー・コーエン博士の言っている事の裏付けが出来ないのだ。

これまでの話から、“核開発をするには多大な労力が掛かる為、神殿が組織だって開発をしている”と推測していたが、神殿の中枢にナチ党の痕跡がないのだ。


「しかし、鍛治ギルドからは、“転生前の技術の再現はかなり進んでいるので、我々も急がねば”と報告も有ります」

マリアの言うとおり、神聖王国は模型とは言え内燃機関の再現や、トランジスターの試作から、果てには自動小銃や水中銃を実現させているのだ。遅れているのは、転生者ではないマリアの目にも明らかだった。


「リーゼの周りにナチ党員は居た?」

質問されたリーゼは頭を降った。

「いいえ、ナチ党員が居ることは捕虜になってから聞きました。それまでは、“魔王の支配からこの世界の人々を護ろう”と、教え込まれていたので」


『実際のところは?』

『残念。本当に知らなかった』

リーゼが寝ている間に、ニュクスが夢を利用して調べてみたが、矛盾がないのだ。魂に負担が掛からない範囲で、イメージを流すとまるで連想ゲームの様に夢の内容が変わるのを利用しているのだが。

“鍵十字”から連想される夢は、前世の記憶。“家族”も同様。

今世に関わる記憶が出るのは“剣”や“魔法”等、この世界の品物。それも、純粋に人間を護ろうと日々訓練している転生者達の記憶ばかりだった。






「う~ん?」


突然、フランツ達が事件について話している部屋に、イシスが入ってきた。


「どうしたの?」

「何か………違和感が……」

トマシュの問いにそう答えると、イシスは部屋の真ん中に立った。


イシスの左耳は後ろ、左、右、前と倒れ。右耳は、右、左、前、後ろと。左右バラバラに倒し周囲を伺った。

イシスの正面には窓、右手には暖炉、左手はベッドルームと配置されているが、イシスはこの部屋の雰囲気がおかしいことに気付いた。


「っ!」

イシスは右手方向、暖炉が有る壁に歩み寄り、軽く手で触れてからしゃがみこんだ。

「えっ!」

「おい、まさか!」


イシスが壁の中に腕を突っ込んで見せたので、トマシュとフランツは思わず声を上げた。


「アイッ!」

イシスが壁の中から手を引き抜くと、人の足首が出てきた。そのまま放り投げると、タキシード姿の禿げた人狼のボーイが床に叩きつけられた。


イシスは耳を真後ろに倒し、尻尾が怒りで膨らんだ状態で右手で首を絞めた。

「貴様、何をしていた!!」

イシスが魔法で強化した腕力で首を絞められ、ボーイが「ぁッ!かっ!」と嗚咽を漏らす。


Arrêter!(止まれ)

壁の向こうから、更に二人。人狼と人馬のボーイがリボルバー式の拳銃を構えて出てきた。


「Hands up!」

人馬のボーイがイシスの頭に銃口を向けたので、フランツがリボルバー式の拳銃を構えて叫んだ。

「はわわっ!」

「わっ!」


急に修羅場になったので、逃げ出そうとしたアガタが椅子の足に蹴躓き、トマシュにぶつかった勢いのまま二人は倒れ込んだ。


「待て、バーグ警部。俺達はフィリプ卿の部下だ!」

人狼のボーイがそう叫んだが、フランツは銃口を人馬のボーイの頭から動かさなかった。

引き金に力を込め、後一押しすれば激鉄が落ちる状態でフランツは二人を良く観察した。


「ピエ・ノワールか?そこで何をしていた?」

ボーイが出てきた背後の壁が揺らぎ、壁が3メートルほど後ろに下がった。


「盗み聞きだ、済まない。魔王の妹君が鉱山に向かうなど、何か裏があると思ってな」


イシスが禿げたボーイの首から手を離し、ゆっくりと距離をとった。

それを見たボーイ2人が銃を下ろしたので、フランツも銃を下ろした。

「鉱山?何の事だ?」


フランツが聞き返して来たので、ボーイ二人は“しまった”と顔を歪めた。

「大規模な磁鉄鉱の分布が確認されたんだ。地磁気異常の原因を探しているときにな。それで、魔王様に鉱山を献上する予定だったが、妹君が先に此方に向かっていると聞いたんだ。警戒ぐらいするさ」


鉱山の事を知らないフリをして、カマを掛けてみたが、どうやら隠す気はないらしい。


「今回は別件で大森林の遺跡に向かうだけだ。途中、転移騒ぎを調べてくれとチェスワフ部族長から依頼されただけだ。明日には森に向かわせてもらう」

「そうか、騒ぎを起こして済まない」


そう言うと、ボーイ3人衆はいそいそと部屋から出ていった。

「ピエ・ノワールってアルジェリアに居たフランス人の?」

トマシュの上からアガタがフランツに尋ねた。


「ああ、フィリプ卿が前世の頃から仲間に引き込んでた連中だよ。あの爺、ポーランドに戻れなくなってからヨーロッパを中心に傭兵稼業で暗躍してるから裏社会に顔が利くらしい」

特に、アフリカ諸国の独立騒動で行き場を無くした者を囲い込んでいた。


ふと、フランツがアガタの方を見て、「あー…アガタ」と呟いた。

「えっ!?あー!ごめん!」

アガタの胸に顔を潰されていたトマシュが気絶をしていた。




「美味しい………」

宿に併設されたレストランで出された“白くて甘くてフワフワした物”。所謂ソフトクリームを2口食べ、エルナは感極まって言葉を漏らしていた。


表向きは完全会員制で上流階級しか出入り出来ない宿なのだが、実際は転生者同士が情報交換等に使う場所なので、従業員と客に異人種の差別意識は殆んど無く、人馬のエルナが普通に出入りできていた。


「コレも甘くて美味しいよ!」

同席しているニナが食べているのは焼プリンこと、クレームブリュレだった。


「お、見ろよ。コーヒー有るぞ」

「マジで!」

デイブがコーヒーをメニューから発見し、同席していたショーンは右手を上げ、ウェイターを喚んだ。


「お決まりですか?」

「コーヒーとトビマスのテリーヌ、仔牛のローストに、オニオンスープ、それとシュー・アラ・クレーム(所謂シュークリーム)」

興奮ぎみに注文したショーンに、デイブは英語で注意をした。


(頼みすぎだぞ)

一番高いコーヒー1杯で銀貨8枚、一番安いオニオンスープでも銀貨2枚するのだ。

(ほら、門番が言ってただろ?宿代は持つって)

(………ソレもそうかっ!)


「こっちは、コーヒーにトマトのファルシ、コンソメスープ、ステークフリットにイチゴのクレープを頼む」

「畏まりました」


厨房に戻るウエイトレスを尻目に、デイブはまだメニューを眺めていた。

「一度、経費ってヤツで腹一杯食ってみたかったんだよなあ」



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