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奴隷解放と産業革命

「“2000年も経てば奴隷は必要なくなるのか?”ね。確かにそうだ。Industrial Revolution以降………。あー、クソ」

アルトゥルが「何て言えば良いんだ?」とぼやいた。


「どうしたの?」

「………対応する単語が判んねえんだ。こっちの世界でまだ使われてない単語だからポーランド語で何て言うのか………。英語だったら言えっけどよ」

転生者が多いので、一部で近代以降の発明品が出回ってはいるが。社会自体は中世程度のレベルで留まっているので、近代以降に作られた単語を知る機会がないのだ。


「別に英語でも構わんぞ。記憶させられたし」

魂から記憶を抜くのと逆の要領で言葉を刷り込まれているからカエは問題ない。ただ、実際に使う事が無かったので本人は今一実感が湧いてないが。


「あー、ただ。エミリアも居るからな………」

「それなら大丈夫です。神官になってから目の前の転生者が使っていた言語が判るようになったので」

神官の能力に関しては、“言葉が判らんと転生者を調べられないだろ”とロキが付与していた。

「と言うわけだ、無い単語は英語のままで良いし、何なら念話の要領で映像とか出してもいいぞ」


便利なもんだなと納得し、アルトゥルは説明を再開した。

「じゃあ、続けるぜ。産業革命以降、工業化の影響で生産性が爆発的に上がって生活が豊かになると、奴隷の需要が無くなったんだ。産業で必要だった労働力が機械に代替されたからよ。それと、奴隷に対する非人道的な行いが世論を動かしたんだ」

「世論をね………。具体的には?」


正直、問題になった事件が多いから、どれを例に上げるかアルトゥルは考えるために間を開けた。


「アフリカ大陸が在るだろ?」

アルトゥルが大西洋沿岸のイメージを念話で流した。

カエに配慮して、エジプトのアレクサンドリアやチュニジア等が色つきで表示してあった。


「アフリカ大陸の西側、此処から新大陸に一千万人以上のアフリカ人が奴隷としてプランテーションや鉱山に売られたんだ。そんな中、ある奴隷船で水不足が発生してな。病気で弱っていた奴隷から海に投げ入れて殺されたんだが、後になって殺した奴隷の保険金支払いを求めて裁判を起こしているんだ」


とりあえず、奴隷解放運動の切っ掛けになった事件から説明を始めた。

「保険金?」

「貿易船が、嵐に襲われた時などに棄てた船荷等に保険金が支払われる事がありますが」

貿易で財を成していたポーレ族は、海上保険の概念を既に持っていた。


「エミリアの説明通り、奴隷は家畜と同じ荷物扱いだったんだ。だがよ、上訴審で雨が降って水不足が解消されたのに奴隷を殺してたのが判明して、保険金は支払われなかった。で、その裁判の過程で奴隷がどういう扱いをされているか明らかになって、新大陸等の植民地奴隷に関心が集まったわけさ。調べてみると、どこも酷い扱いをされているのが明らかになって、奴隷制度を廃止するのが当たり前になったが」


アルトゥルが流すイメージが北米に移った。

(おいら)の国はちょっと遅れちまってな。特に南部は農業で奴隷を必要としてたし」

パッパパッパと南北戦争の絵と写真が出てきた。

「しまいには、南北別れて内戦だよ。北部は工業化が進んでいたけど、南部は遅れててな。奴隷解放で故郷が滅茶苦茶にされると南部側が激しく抵抗したせいでかなり人が死んだ。そんな中、北部の大統領が奴隷解放宣言を出して、その後、内戦で負けた南部の奴隷を解放はしたけど、長続きしなかったな」


今度は三角頭巾を被った集団がアフリカ系の人を吊るし首にしている写真だった。

「奴隷制度は無くなったけど、今度は人種差別が始まって、南部じゃ元奴隷がリンチにかけられたり殺される事件が起きたし、選挙権は無いしで最悪だったが。まあ、(おいら)が前世生きてた頃は多少は良くなったよ」


念話で送られてきたイメージがたち消えた。

「こんな感じで奴隷制度を廃止できたけど、人狼に奴隷制度を放棄させるのに南北戦争みてぇに強制するのは、後々になって差別とか別の形になって禍根を残すだろうな。やるんなら、自ら放棄させんのが一番だが………」


ふとアルトゥルは、姉妹が白湯を出したけど茶菓子の類いが用意されてないのに、今更ながら気付いた。

「ちょっと待ってくれ」

アルトゥルは立ち上がると近くの戸棚を開け、中を探した。

見つけたのは、コルクと蝋で封をされた瓶に入った乾パン。

元々は兵士の野戦食として備蓄されていた乾パンだが、保存期間が過ぎたので、「捨てるから持って行って良いぞ」と補給係りから貰った物だった。


「なあ、最初の方で言ってた産業革命を起こせばいいんじゃないか?」

戸棚から乾パン入りの瓶を取り出し、ペティナイフで蝋を斬りながら「う~ん………」と唸った。


「まあ、価値観を転換させるには、それ位の事をしねえといけねえが………」

念のため、乾パンがカビたりしていないか臭いをかぎ、大丈夫だったので、大皿に乾パンを並べつつアルトゥルは答えた。


「産業化はライネ達が目指しているけど………。直ぐには無理だが出来ねえ事はねえな」

乾パンが並べられた大皿とジャムが入ったポットに小さいスプーンを入れ、テーブルに置いてから席に戻り、アルトゥルは再び真剣な表情で説明を続けた。


「まず、ライネと話し合って出た結論だが。人狼はミハウ部族長達の農政改革のお陰で、人口が増えているんだ。ちょうど、イギリスで産業革命が起きた状況と似かよっていて。イギリスは有り余った農民を都市部の工場にや鉱山に労働人口として利用して発展した。それに倣ってスラムや農村の失業者を労働人口に使える。それにだ」


アルトゥルは身を乗り出し、小声になった。


「魔法が有るとは言え、核兵器の開発を短時間で終わらすなんざぁ、今の工業技術では不可能に決まってらぁ。ウラン濃縮にしても、プルトニウムの生産にしても、合衆国は多大な資材を一から用意して短時間で作れたんだ。ナチどもが何処かで行き詰まっている間に、此方が工業化しちまってさっさと通常戦力で叩くか、先に核兵器を作っちまった方が良い。幸い、人間の国は農奴制で産業革命に移行できる体制じゃねえ」


一気に捲し立てながら喋りきったアルトゥルはゆっくりと椅子に座った。

「ただ、産業革命で児童労働問題が出たし階級闘争が活発になったから、そっちの法整備も必要になるなぁ。後、頼みがあるんだが」


今度は両手の指先を鼻先で重ねながら神妙な調子で話しだした。

「兄弟で商人になりてえ奴がいるんだ。そいつが起業出来るようにしてくんね?」

はい、という訳で急に奴隷解放運動と産業革命ネタです。(当事者ではないアルトゥル目線なので独断と偏見を含みますが)


海の向こうの良く判ん無い植民地で奴隷が酷い目にあってると知って欧州で奴隷解放運動が盛んになる訳ですが。結局、植民地の現地人を奴隷同然の待遇でプランテーションで働くわけですが。

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