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いきなりお宅訪問

「こら、起きろ!」

実家でのんびりと惰眠を貪っていたアルトゥルは乱暴に揺さぶられた。


「うっうううー………」

「起きてよ!片付かないでしょ!」

同い年位の人狼の少女が毛布を引っ張ってみるが、アルトゥルは器用に毛布を身体に捲き込み抵抗した。

アルトゥルを起こそうとしている少女は一緒に生まれた兄妹の1人。アルトゥルが朝食を済ませないと台所が片付かないので、是が非でも起こしたいのだ。


「全く」

少女はアルトゥルから離れて、部屋のドアに手を掛けたが、諦めた訳じゃなかった。

「よしっ!兄ちゃんを叩き起こしなさい!」


ドアを開けると上は12歳から下は3歳位の人狼の子供が30人程待ち構えていた。


「きゃ~」

「んあ?」

半目を開けたアルトゥルが見たのは、雪崩の様に押し寄せてくる弟達。

「え!?わっ!」


枕を奪い取り、お構い無しに枕を叩き付ける者。

5人で力を合わせて毛布を引っ張る者。

ベッドの反対側からくすぐってくる者。

とりあえず、顔を引っ張ったり叩く者。


30人の弟や妹達は好き放題暴れてみせた。


「わ~!やめとくり!おきっから!」


早々に降参したアルトゥルだったが、弟達は聞く耳を持たず、気が済むまで遊ばれたのだった。




「こっちです」

エミリアの案内でポーレ族の難民が住むスラム街をカエは歩いていた。

執務はニュクスに放り投げ、何だかんだ気に入った街娘の格好でだ。

「ずいぶん、入り組むんだな」

初日に通りすぎたスラム街とは違い、西門の外に広がる丘に作られているスラム街は起伏が激しく、またバラックによっては2階建てどころか、3階建ての物まで所狭しと並び、道も所々狭くなっていた。


「3年の間で結構人も増えましたからね。最初は区画整理がしてあったのですが、冒険者ギルドや騎士団が助け出した難民が後から来るので」

狭い路地に、働き盛りの筈の男達がたむろしているのが見えた。

「失業者も多いですね。レフ家で資金を出し合って、パンなどを配給していますが」


泥濘んだ道が続くので、カエは意識して尻尾を高く上げていた。

この臭いからして、泥濘の原因はアレだと確信し、憂鬱になっていた。


「不衛生だし、火事が怖いな」

既に坂を5回登り、3回降っており。今は4回目の下り階段に差し掛かったのだが、なんと階段が途中で途切れ、3階立ての建物の屋根に続いているのが見えた。

その建物の右手には袋小路になった広場が見え、中心に井戸が鎮座していた


「灯りは基本的に光石だけで、食事用の煮炊きも極力控えるようにしています。それに、火事対策で井戸と貯水槽を配置しています。ちょうど、あの様に」


エミリアが指差した先に、木製の貯水槽がに置いてあるのが見えた。

「水は………雨水か………」

屋根や街壁などから雨樋が伸び、貯水槽に集められているのが確認できた。


「夏場とか、蚊が酷いんじゃないか?」

「ええ、なので週に一度は薬を入れて消毒してます」


トトトッと足音を立てながら、建物を繋ぐ木製の渡り廊下を渡ると、エミリアが立ち止まった。

「どうしたの?」

「あ、そのー………」


カエは嫌な予感がした。

「迷っちゃいました」

「………何故?」


エミリアが目の前に聳え立つバラックを指差した。

「だ、だって。先月は此所に家がなかったんですよ!」




「魔王様、フィリプ卿が御見えになりました」

冒険者ギルドに顔を出さず、殆どニュクスの秘書になったマリアが来訪者が来たことを告げた。


「ん、御通しして」

ニュクスは妖精の材木組合(ギルド)から出された請求書をリーゼに手渡した。


「入ります!」

キビキビとした動作でフィリプ卿と彼の副官が入室してきた。

一歩、執務室に入った所でフィリプ卿等はニュクスに正対しお辞儀をした。

「本日は魔王様にお届けする物が有り、参りました」


“何か有ったか?と、ニュクスは暫し考えたが思い当たらず、フィリプ卿は持参した革製のファイルを開きニュクスのデスクに乗せた。

「こちらが、私の部隊から拠出する物のリストになります」


リストには

・金500キロ

・銀10トン

・ヴィスワ金貨10万枚

・ヴィスワ銀貨100万枚

等と記載されていた。


「物質の拠出は部族単位で依頼したはずだが?」

ヴィルノ族で取り纏めずに、個人で持って来たと言う事は、すり寄りかとマリアは身構えた。


「ヴィルノ族として拠出しますと、文書で記録が残りますのでね。こちらは私とチェスワフの個人的な持ち物なので公文書には記載していません」

「ふむ………」

ファイルを右人差し指でトンットンッと叩いた。


「引き渡しは何時になるかね?」

「既に下に待たせております。命が有れば何処にでも…」

“もしかして、自分は裏金の取り引き現場に居合わせたのでは”と、マリアは気付いたが、今更部屋から出るわけにも行かず、目が泳いでいた。


「この事を知っているのは?」

「中身を知っているのは私の部下以外ではミハウだけです。ケシェフの兵士には武器とだけ言ってあります」

「……マリア、神聖王国の捕虜を収監している城塞に運び込んでくれ、ミハウ部族長にも“武器庫を借りる”と言って置いてくれ」


開いたままのファイルを差し出され、中身を見てしまったマリアは思わず「うわっ……」と声を出した。

「見ての通りだ、厳重な武器庫に入れといてくれ」

「は、はいっ!」


実家が裕福な商人だったマリアだが、膨大な金額に冷や汗をかきつつ、フィリプ卿等と共に部屋を後にした。


「何だったんですか?」

「ん?大した物じゃないよ、ちょっとした小遣いを貰っただけよ」

それだけ言い、ニュクスはまた書類を広げ始めた。




「まあ、フランツさんから話をしてくれと言われてきたんだが………」

紆余曲折有って、どうにかアルトゥルの実家にたどり着いたカエとエミリアだったが。


「お前、兄弟多くね?」

居間に案内された後も、アルトゥルの兄弟が遊んでいる声や音が四方から聞こえてきた。


「今のところ34人だけど。今日、また増えるんだ」

ガチャン!と何かが倒れた音がし、カエは驚いて耳と尻尾を膨らました。

隣の部屋からは「静かにしなさい!お客様が来てるのよ!」と叱る声が聞こえてきた。


何か気配がするのでエミリアが扉を見ると、アルトゥルの弟や妹達が「彼女?」「え!?ついに?」等と変な勘違いをしていた。


「まあ、良いか。本題に入るが………」

カエは一旦間を置いた。


「フランツさんは“奴隷解放について話し合ってくれ”と言っていたが、どういう意味だ?2000年も経てば奴隷は必要なくなるのか?」





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