集会場での騒ぎ
ランゲは騒ぎを聞きつけ集会場の入り口を確認しに来た。
「外の様子は?」
「ダメです。噂を聞きつけた野次馬が殺到したので閉められました」
部族会議が行われる集会場の外に民衆が集まり、正面入り口は封鎖されてしまったのだ。
「なんだって?一帯は封鎖することになっていただろう?」
そもそもの計画では、集会場の在る地区一帯が出入り禁止になり、野次馬が入れないようにする手筈だった。
「ランゲ様、裏口は開けてあります」
もう一人の従士が戻ってきたので、ランゲは考えた。
「もう、部族会議が始まってしまう…。2人は魔王様を迎えに行ってくれ。会議の方はミハウ部族長に時間稼ぎをお願いして何とかするよ」
「「ははっ」」
「今日の所は顔合わせ程度なので、時間は掛からない筈です」
と、エミリアから聞いていた魔王だったが、群衆に阻まれて集会場の中に入れずにいた。
(今回は、ポーレ族による損失の埋め合わせについて提案したい!)
集会場では部族長達の民会が始まっていた。
「民会はどのくらいの間隔で開かれるの?」
「基本的に月初めに一回だけ開催されます」
「定員は?」
「部族長18人と騎士階級、自由人階級から約200人です。今日の民会は魔王様が出られるとのことで、全員参加しています。後、見物人も居ますので混みあっているみたいです」
“混み合っている”と言われたが、集会場の正面に在る広場を埋め尽くす群衆に阻まれ、全く向こう側が見えなかった。
「もしかして、この人だかりは野次馬? 」
「恐らく、普段から陳情に来る人は居ますが、ここまで集まったのは見たことは無いです」
「おい!中に入れろ!」
「引っ込め!」
群衆が誰かに罵声を浴びせてるのが聞こえ、魔王は必死に背伸びをしたが、周りの人の身長が高いせいで背中と尻尾しか見えなかった。
「あの、何の騒ぎでしょうか?」
エミリアが遠巻きに群衆を眺めている男に騒ぎの原因を聞いた。
「衛兵が集会場を閉鎖したせいで入れないんだよ。ちくしょう、魔王様を一目見たかったのに」
『ちょっと魔法で跳び跳ねるか』
『目立たない?』
魔法で少し脚力を強化して魔王は跳び跳ねた。群衆から飛び出す形で集会場の入口を見ると、確かに槍を持った兵士が三人見えた。
「うわ、なんだ!?」
「ちょっと、魔王様!?」
『ちょっと、高さが足りないか?』
魔王がもう一度跳び跳ねてみと今度は兵士の一人と目が合った。
「え!?魔王?」
「ん?」
魔王が着地して周りを見たら群衆の視線が魔王に集まっていた。
『え、何?』
『え、何?』
「え?何?」
魔王とその姉妹からすると身体強化で一時的に高く跳んだり、速く走るなどは基礎中の基礎で、大したことはやっていないつもりだったが、周りの群衆からすれば、子供が出来る筈は無い大技だった。
『ええ…っと、逃げる?』
『賛成』
なんか知らんが、面倒なことになったと、魔王はエミリアの腰に腕を回して抱き寄せた。
「ちょっと、魔王様!?何を?」
「跳ぶよ」
「え?きゃっ!」
魔王はエミリアを抱えた状態で垂直に跳んでみせた。
「うわ、わー!高い、高いです!!魔王様、下ろして!!」
魔王は集会場の二階部分の高さに到達した所で風魔法を使い、エミリアを抱えたまま集会場の方に吹き飛ぶ。
「ぎぃやぁぁぁぁぁーーー!!!」
エミリアが叫び声を上げたせいもあって、群衆の目が余計に集まってしまった。
「何だ、あの娘は!?」
「魔女か!?」
「魔王だってよ」
『あ、ヤバイ。兵士が槍を構えた』
出入口を守っている兵士からすれば、叫んでいる女を抱きかかえた状態で飛んでくる奴など、不審者以外の何者でもなかった。
「と、止まれ!!」
『止まれるかボケー!こっちは風圧で吹き飛んでるだけなんだぞ!!』
魔王も魔王で、落ちた先に微妙にスペースがあったので、そこに着地するつもりだったが、槍を突き立てられているので、着地することができなくなり、かなり慌てていた。
「どけー!」
「うわ、来んな!」
「ポーレ族が東門の外にスラムを築いたせいで、商業ギルドに損失が出ている件について、いい加減意見を言わして貰いたい!」
民会の開始と同時にポーレ族の弾劾を始めた他所の族長を尻目にヴィルノ族の部族長、チェスワフとポーレ族の長老ヤツェクが話しあっていた。
「魔王様は遅いがどうしたんだ?」
「慌てるなチェスワフ。エミリアがつれてくる」
毎度のことながら、どこか呑気なヤツェクの反応にチェスワフは苛立った。
「悠長に構えすぎだ。今だって、この一帯を治めているクヴィル族のミハウに弾劾されていると言うのに」
「慌てたところで問題は解決しまい」
一人、部下の報告を聞いていたヴィルノ族の騎士階級出身のフィリプが、会話に入り込んできた。
「不味いことになったぞ、二人とも。どうやら集会場の出入口は全て閉鎖されたらしい」
「何?」
「誰が指示したか判らんが武装した兵士が居ると」
「まさか、魔王様を民会に参加させないつもりか?」
どうも今日一日、計画通りに物事が進まないので3人とも目配せをして黙り込んだ。
「誰が糸を引いていると?」
「ミハウに恨みがある奴では?」
今でこそ、目の前でポーレ族の非難演説をしているミハウだったが、実はポーレ族出身でクヴィル族の古くからいる有力者の一族からの支持が薄く。また、本人が穏健派であるため、血の気の多い若者からは“弱腰”
と批判を受ける事も多かった。
「恐らくは、逃げた事にするつもりか、あるいは時間にルーズなイメージでも植え付けるつもりだろうか」
「それか、ミハウの長ったらしい演説からすると、魔王様が来る前に過激派の議員が横から弾劾決議でも通すつもりかもな」
「全くメンドクセェ。文句があるならサシで文句を付けに来いってんだ」
「チェスワフ、お前相変わらず物騒じゃな」
「あぁー!!」
議場に女性の叫び声が響き、議場内の視線が叫び声がした方に集まった。
「やぁぁぁー!!ひぃーー!!」
「エミリア、着いたよ」
着地地点に陣取った兵士の槍に突かれる直前に、短距離転位で集会場内に飛び込んで事なきを得たが。エミリアは気付いていないようだ。
「うわぁぁ!」
民会が行われている議場内に居ることに気付いたエミリアが飛び起き、慌てて衣服の乱れを直してから議長とおぼしき男性に正対した。
「魔王様をお連れしました」
「集会場に侵入者です!!変な魔法を使う子供が………あー!居たー!」
『うへ、どかなかった兵士が議場に入ってきたよ』
魔王の末の妹が嫌そうに言った。
「こんの、ガキ!動くな牢屋に放り込んでやる!」
「待ってください。彼女は私達が喚び出した魔王様で怪しいものでは有りません」
兵士を止めたのは若い男性だった。
「アレは?」
「マリウシュ部族長です」
『ああ、例の新部族長か』
『ん、議場に居る人が私に注目している間に機先を征すか』
「集会場が封鎖されていたので、少々強引だったが入らして貰ったよ」
本当は群衆の目から逃れたかっただけだが。
「もうよい。下がれ」
「ハッ」
エミリアが正対している男性が兵士に指示を出し、起立した。
「ようこそ、おいでなさいました。私がこの民会で議長を勤めさせていますラファエウ・カミンスカと申します。早速ですが、各部族長の紹介から行おうと思います」
『やはり議長だったか』
「魔王様、此方の席にどうぞ」
マリウシュに誘われ空いている席に座ると、議長から見て左手の席に座っていた部族長から順に自己紹介がはじまった。
エミリアの話ではポーレ族を抜いても17有るとの事なので、魔王はさっき聞き耳を立てた時に反抗的だった部族長と、ヤツェク長老を擁護しようとしていた人だけ、取り敢えず覚えることにした。