人馬の噂
ドワーフの大名が所有する下屋敷。
そこの若い主人は部下に造らせた新型鉄砲の試し射ちに興じていた。
「大川。赤葡萄酒用の葡萄を手にいれられぬか?」
「赤葡萄酒用の葡萄をですか?」
若くしてトントン拍子で出世し、今や杉平幕府の若年寄となった海野家当主の海野靖彦の一言に、側用人大川は「はて?」と首をかしげた。
一方、発言した本人は大川の事を気にせず、三町(約330メートル)先に置かれた的を一発で撃ち抜いた。
「悪くないな」
身長1メートル程度しかないドワーフのサイズに合わせて造られた新型鉄砲を隣の的に向け、遊底を操作し、二発目、三発目と次々連射した。
「数は幾つ用意できるか?」
直ぐに大川は頭を切り替えた。
「来年には三千挺。再来年には二万挺は」
「違う、葡萄だ」
何を考えているか掴み所が無い人物だが、何故、趣向品を求めるのか?大川は理解が出来なかった。
「速やかに、年に二百斗は葡萄酒を作れるように手を回して欲しい。間者をヴィルノの元に放っても構わん。金も十万まで出せ」
「ははっ」
理由判らぬが、命令された以上。大川は葡萄を手にいれるために、動き始めた。
「また寝てる」
関所を出てから随分と時間が経ち、陽も大分西に傾き出した頃。
トマシュが静かになったニナの様子が気になり振り返ると、ニナの胸に寄り掛かる格好でイシスが寝ていた。
「良く寝ますね」
エルナも思わず声に出した。
「猫だからかな?」
「いいけど、もう着くぜ」
目的地が近いことを告げたフランツの顔は真っ赤に腫れていた。
「治癒しようか?」
「あ?」
「真っ赤だよ」
ショーンに言われて触ると、頬に痛みが広がった。
「イテェ。アガタ、やりすぎだぞ」
「ふんっ!」
「人狼6人に人猫1人に人馬………?」
初日の目的地。ポレコニチェンレ村の入り口で一行は馬を降り、門番に通行許可許可証を見せていた。
「ああ、ちょっとピクニックにね。アイタッ!」
懲りずに軽口を叩いたフランツの足をアガタが踏んだ。
「チェスワフ部族長の命令で南の大森林の調査に向かう途中です」
ちゃっちゃと休みたいアガタはチェスワフから“面倒事対策”と渡された書類も出して説明した。
「冒険者か。宿は5件在るが、神殿がやってる宿は飯が不味い。泊まるならあそこの井戸の手前側の宿が良い。馬小屋も清潔だ。道具が何か必要なら向かいの雑貨屋がお勧めだ」
急にセールストークを始めた門番を無視しフランツ達は馬を引き、勧められたのとは違う、井戸の奥側の宿に向かう。
「あれ?良いんですか?」
エルナがフランツに聞いた。
「いや、あの宿。アイツの兄貴の宿なんだ。こっちの方が飯は旨いし、安いんだ」
フランツが親指で門番を指差した。
「は、はぁ………」
ちなみに、今向かっている宿は門番の姉が経営する宿である。
食堂を兼ねた宿屋のドアを開けると、“カラカラ”と来客を告げるベルが鳴った。
「2部屋空いてるかい?」
まだ夕暮れ前なので客は少なく、食堂の方は暇を持て余した地元の若者が3人酒を飲みながら、サイコロをしていた。
「いらっしゃい。あら、フランツ。ひさしぶりじゃない」
フランツ達に気付き出迎えたのは、白髪交じりの人狼の女将さんだった。
「いやあ、ずっと東の方で仕事しててね。男4人と女4人だけど、いけるかい?」
ぞろぞろと宿屋に入ってきた一行を女将さんが確認した。
「空いてるけど。人猫に………へえ、服を着た人馬の娘かい。噂は本当だったんかい?」
「噂?」
フランツが気になり、女将さんに聞いた。
「いやね、魔王様が人馬を解放して兵士にするために、家畜管理法の第4条を廃止するつもりだって騒動になっててね。ヴィルノ領は人馬の住む地域が隣にあるでしょ?せっかく取っ捕まえて調教した人馬を使ってる農家や鉱山が人馬を取り上げられるんじゃないかって、みんな気にしててね」
「それだけじゃねえよ!」
酔っ払った3人組が大声を出した。
「人馬なんかに武器を持たせてみろ!どうせ300年前みたいに直ぐに俺達を殺そうとするに決まってら!」
「えっ………」
エルナが2、3歩下がり、イシスの後ろに隠れた。
女将さんが“ふうっ”と鼻で溜め息を吐いた。
「あんな感じで若いのが仕事もしないで騒いでね、ったく。アンタらならそんな事は起きないって判るだろ?」
「まあな」
フランツが財布から一泊分の銀貨を出した。
「2部屋頼む。後………」
フランツが五月蝿い外野に聴かれないように小声で喋った。
「他に馬が7頭居る」
「いつもの部屋を使って。この娘は裏から回って。食事は部屋に届けるよ」
「恩に着る」
小声でトマシュに「エルナを裏口から入れろ」と指示し、フランツは奥に向かった。
「………コレが今の実情だ。人馬はまた反乱するんじゃないかって思ってる連中だらけだ」
フランツがベッドに乱暴に飛び込みながらぼやいた。
「フランツさん達は、そう思ってないみたいですね」
フランツ達の様子から、イシスは全員不満に感じている事に気付いていた。
「当たり前だ!人馬って言っても、人狼と対して変わりはしないよ」
デイブが文句を言っている間に、トマシュに連れられ伏し目がちのエルナが入ってきた。
「誰にも見られてないか?」
もし、誰かに見られたら面倒になるとフランツは気にしていた。
「うん、見られてない」
デイブが「大丈夫だ」と、エルナの頭を撫でた。
「あんな連中の言うことなんて気にするな。もし、やり返したらアイツ等と同じ、卑怯な人になるんだ」
エルナは小さく首を降りうなだれる。
「………俺達が居た世界は人間しか居なかったが、肌の色で人を差別しててな。肌が白くないと人扱いされなかったんだ。だが、俺は肌の色で差別してくる連中を見返してやろうと、勉強もいっぱいしたし、軍に入って国の為に戦ってきたから、今がどれ程辛いか判る。でも、人として正しい行いをしていれば、いつかは認めてもらえるんだ。だから君も正しいことをして見返してやれば良い」
デイブの言葉にエルナは「うん」と答え、涙を拭った。




