審査官「書類を出してください」
ずーん↑ずーん↓ずーん↑ずーん↓
「で、今度はなんだよ!」
関所に着いたら着いたで、女性陣がなかなか関所を通りすぎて来なかった。
「何分経ったよ?」
「もう、10分」
正式な書類一式を魔王の署名付きで貰っているので、こうも時間が掛かるとは考えられなかった。
「ちょっと見てきます」
埒が開かないとトマシュは様子を見に行った。
「キマイラ………と言われましてもね」
通行審査をする小屋の中で、審査官の男はカウンターに頭を抱えていた。“なんだろキマイラって”と。どう見ても人猫の少女なのだが、種族の欄が“人猫”ではなく“キマイラ”と記載されていたので書類上、不備になると思い通行を躊躇っていた。
「出身は?」
「アレキサンドリア」
(何処!?)
「職業は?」
「死霊術師です」
(え?)
「ギルドに登録は?」
「ケシェフの冒険者ギルドにしてます。コレが書類です」
出された書類と質問の答えは矛盾がないが、知らない地名や職業が怪しいので余計に通すわけにはいかないのだが、付属書類が問題だった。
“魔王 グナエウス・ユリウス・カエサル・プトレマイオス”と“ポーレ族 部族長 マリウシュ・レフ”の名前が連名で記載されているので通さないといけないが。その様な止ん事無き人が通るなど聞いていないので子供のイタズラか関所破りの恐れもあった。
「すみません、何か不備でしょうか?」
先に通した連れの少年が心配そうに顔を出した。
「少し、書類の確認をする為、待っていただきます」
念のため、ケシェフの街に確認の為の魔法具“伝令ツバメ”を飛ばす事にした。
「そっちの部屋でお待ち下さい。何でしたらお連れさんも一緒に居て良いですよ」
待機室の場所を指で示し、審査官は次の通行人の審査に入った。
審査官の男が小屋の壁を突き破る形で据え置かれた魔法具“サケビガイ”の屋内側、巻き貝の先端に手を翳すと屋外に飛び出た貝の口側から『次どうぞ』と、声が出た。
小屋の中に“パカパカ”と不思議な足音をさせた少女が入ってきたので、審査官は眉を潜めた。
「書類を出して」
「はい」
名前:エルナ
種族:人馬
職業:奴隷(主人:イシス)
“通行許可”の判子を押す寸前に、“人馬”の文字が見えたので審査官は書類と少女を3度見返し、席を立った。
カウンターで見えなかったが、下半身は馬だった。
「え!?」
思わず審査官の男が声を出した。
「ええぇぇ………」
何で“人馬”が“人”の通行審査を受けに来たのか………。
家畜管理法で人馬は馬の亜種として扱わねばいけないのだが、主人の少女が間違えたのか?
外国人だから家畜管理法を知らずにとんでもないことをしたのでは?
審査官の男は親切心から注意しようとイシスを喚ぶことにした。
「イシスさんちょっとお願いします」
「はーい」
ひょこりと顔を出しカウンターの前まで来たイシスに審査官の男が優しく質問をした。
「その………人馬がどういう扱いをされているか知っているかな?」
少女を泣かせないと、審査官の男は慎重に言葉を選んだ。
「家畜管理法の第4条で人馬を家畜として扱うように明記されていたのは知っています。ですが、昨日魔王から第4条の執行停止を勅命で出しているので」
審査官の男は「う~ん」と悩んだ。
「昨日出たのか。それだと後何日かは此方の審査じゃなくて、隣の荷馬車用の審査窓口に行って貰うことになるね」
イシスが首をかしげた。
「え?何でですか?勅命が出てるのに」
審査官の男が壁に掛けられた地図を指差しながら説明してくれた。
「魔王様からの勅命だとしても、ヴィルノ族部族長の政令かヴィルノ族の民会での法案修正が要るんだ。せめて政令が出ていればヴィルノ族として、こっちの人用の審査窓口を通っても問題ないけど、出てない以上は………」
行政上の手続きが間に合っていないので、審査官の男が独断で手続きをする訳にはいかないのだ。
行政は立法権を持つ議会が決めた法律に基づいて権限を行使する以上、勅命が出てから執行するまでに、どうしても時間が掛かる。
人狼諸部族の場合。
①魔王が勅命を発布
②各部族長が勅命を賜り、その勅命を元に各部族の民会で関連する法律の修正案の提出と採択
③法案の修正がされる前は部族長が政令を出すか、各地方自治体の政令で対応しても良い
④緊急性を要する場合のみ魔王が勅命をもって各行政機関は対処を命令出来る
となっていた。
何故ここまで民主的なのかと言うと、初心者魔王が割り当てられる事が多い人狼諸部族では内政をそのまま人狼に任せ、魔王が戦争にだけ集中できるようにとの配慮だった。
「ヴィルノ族部族長………チェスワフさんの政令が有れば良いんですよね?」
「そうだけど、恐らく出るまで………」
審査官の男が「時間が掛かるはず」と言いかけたが、急な出来事に驚き言葉を飲み込んでしまった。
イシスにそっくりな人狼の少女が初老の男性を“お姫様抱っこ"した状態でいきなり現れたのだ。
「一体なんだ?………関所か」
「連れてきたわよ」
イシスも驚いたのか声を上げた。
「連れてきたって………チェスワフ部族長を!?」
あろうことか、ニュクスがヴィルノ族部族長のチェスワフを滞在先のケシェフの宿から理由も言わずに連れてきてしまったのだ。
法律の枠内でしか行政の対応が出来ないので、後手後手なのはしょうがないです(ホントはダメだけど)




