器用なイシス
暦の上では冬の始め。小春日和の晴れ空の元、イシス達一行は南へ向かう街道を馬に乗って進んでいた。街道から見える麦畑では、播種の準備だろう、農民が肥料や石灰を撒いている。
「寝てる?」
「寝てますね」
急に静かになったイシスの顔をトマシュと人馬の女の子、エルナが覗き込むと「スーッスーッ」と寝息を立てていた。
「相変わらず鐙を使ってないのに、よく落ちないな」
そうなのだ、イシスは鐙に足を掛けずに、器用に寝ていたのだ。
「いや、トマシュ。イシスは一応は起きてるみたいだぞ」
同行しているショーンが気付いたのはイシスの尻尾。
会話の中でイシスの話題が出ると、パタパタと尻尾で返事をしていたのだ。
「まあ、半分寝てるが正しいか」
イシスの尻尾が、またパタリと動いた。
「って、ニナ。ダメだって!」
ニナが馬の上から身体を乗り出し、イシスの尻尾に手を伸ばそうとしたのをフランツが止めた。
「む~………」
まるで本物の猫の様な仕草をするイシスに、猫好きのニナが思わず手を出してしまったのだ。
「………?」
寝惚けたイシスがトマシュの方を向いた。
「うわっ!」
イシスの右目に瞬膜が掛かっていたので、トマシュは驚いた。
何度か目をパチクリさせた後、イシスは“はっ!”とした顔になった。
「み、見た?」
「う、うん」
イシスが顔を反らした。
「べ、別に気にしてないよ」
「あ、ありがとう………」
「長ぇーな」
クヴィル族の領地とその隣のヴィルノ族の領地を隔てる関所の手前で一行は足止めを食らった。
「何時間経ったよ?」
「まだ、2分」
ショーンがクヴィル族の鍛冶ギルド謹製の懐中時計で時間を見ているが、実際のところ数分しか経っていなかったが。
「ったく、何だってんだ」
丘の向こうに関所が在るのだが、長い行列が数キロに渡り伸びていたのだ。
“何か事件か?”と、デイブとトマシュを斥候に出したが、姿はまだ見えない。
『どう?』
『それが、道が混んでてまだ着かないよ』
イシスが念話で確認するも、関所に到着できていなかった。
『聞いた話だと、かれこれ1時間ぐらい進んで無いとか』
「何か、1時間ぐらい止まってるらしいよ」
フランツが羊皮紙の束を取り出した。
「何か通る予定が有ったか?」
冒険者ギルド経由で告知された輸送計画。主に公用で使われる荷馬車の輸送情報のリストだった。
「定期便はさっきすれ違ったし、崖崩れかな?」
ケシェフの街周辺は、先々代の魔王が神獣ヨルムンガンドと争ったときに出来た巨大な窪地に位置する関係上、特に妖精の泉が在った西側と今向かっている南側の街道は山道を登る必要があった。
どちらも大型の荷馬車1台を通すのがやっとなので、通常は時間毎に片側通行で通すのだが、公用の荷馬車は時間に関係無く通れ。ケシェフの街と街道の行き先、ヴィルノ族のビトゥフの街の各ギルドには荷馬車の輸送計画が配られていた。
「あ、ニナ。待ちなさい!」
待つのに疲れたニナが、馬を降りアガタと追いかけっこを始めていた。
『あ、ヴィルノの騎士団の荷馬車が通るよ!10台も。護衛はヴィルノ騎士団のフィリプ卿の兵士だ。もうそっちに向かってるよ』
トマシュ達が足止めの原因と接触した。
「フィリプ卿の兵士が荷馬車と一緒にこっちに来るって」
フランツとショーンが顔を上げて、腰に掛けていた双眼鏡を取り出した。
急に現れた騎士団の荷馬車に道を開けようと、丘の上では人々や商人の荷馬車が移動しようとちょっとした騒ぎになっていた。
「あー、アレか」
稜線から、フィリプ卿が使っている旗。下半分が赤地、上半分が白地に鷲の紋章が描かれた旗を掲げた騎兵二人が見えた。
「フサール………と言うより、騎兵隊だな。フィリプのじい様の部隊で間違いないな」
クヴィル族の騎士団と違い、金属製の鎧では無く。布地の軍服にサーベル。果てはマスケット式騎兵銃と前近代的な騎士団など、フィリプ卿以外に居なかった。
「しっかし、あの人も良く前世の部下を掻き集めたよな」
「そうは言うけどよ。俺らも“ロン”が仲間になったり、何だかんだで集まってるだろ」
ショーンが昨日の出来事を思い出していた。
トマシュの親友、アルトゥルがロンことロナルド・ハーバーだった事が、昨日判り。何で名乗り出なかったか聞いたが、「そっちこそ判りやすくしとけ」と怒られたのだ。
「フィリプ卿みたいに旗とかで判りやすくするか?」
フィリプ卿の部隊は“ポーランド軍旗”を掲げ、各地で戦功を重ねた結果。前世の亡命ポーランド人部隊の関係者が多く集まっていた。
「でもよ。星条旗とか染めるの手間だから高くつくだろ?かといって星とか落下傘だと何処の国だかわかんねえし」
話している間も騎兵が通りすぎ、マスケット銃を担いだ兵士が通りすぎ、箱を大量に積んだ8頭立ての荷馬車が通りすぎていった。
「てか、何を運んでるんだ?」
わざわざ8頭立ての荷馬車に、フィリプ卿虎の子の元ポーランド軍の転生者が護衛に着いていたのだ。フランツは興味が無さそうなフリをしながらも、兵士一人一人と荷物を観察していた。
「金か何かかもな」
「まさか~」




